voice of mind - by ルイランノキ |
──テンプルム アリアンの塔 4階
長い間沈黙が続いていたが、一番初めに口を開いたのはカイだった。
「これって……どういうこと? このアリアンのお腹の中にいた子供って……アールってことだよね? それで……アールは本当はこっちの世界の人間だったってこと? てゆうか……人間なの……?」
「なぁルイ」
と、シドは座り込んで俯いているルイを見下ろした。
「なんで隠した。なんでこれを隠そうとしたんだよ」
シドは手に持っていたアリアンの日記帳をルイの足元に放り投げた。
「…………」
ルイは苦痛に顔を歪め、口を閉ざしている。
「……信じてねぇのか」
ルイはその言葉に、顔を上げた。
「これを読んで、俺等がアイツのことを……恐れると思ったのか?」
「シドさん……」
「アールは……シュバルツとアリアンの子供なの……?」
と、カイ。
「その日記が本物なら、そう考えるのが普通だろうな」
「…………」
カイは複雑そうに日記帳を眺めた。
「これでアイツに秘められた力があることは証明できた。この世界に呼ばれた理由も。ただ、未だに覚醒しねぇ理由はわかんねぇな」
シドは腕を組み、机に寄りかかる。
「……ヴァイスはどう思う?」
カイは、一番大人であるヴァイスにそう訊いた。
「そこに書いてあることが事実で、アールのことを示しているならば、彼女には守る力と破滅の力が備わっていると言える」
「破滅……」
「その力を何に使うか。それはアールが決めることだ」
カイ、シド、ルイはヴァイスを見遣った。
ヴァイスは続けてこう言った。
「アールはお前たちを、裏切ると思うか?」
「思わない」
カイが即答すると、ルイとシドも、頷いた。
ルイは立ち上がり、日記帳を拾い上げた。
「取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。……アールさんには伝えるべきでしょうか。この事実を……」
「…………」
彼女はどう受け止めるだろう。受け止められるだろうか。自分の正体を恐れていた彼女が、冷静に真実を聞き、受け入れるだろうか。
──その時だった。ルイの携帯電話が鳴った。アールからかと思い、一瞬空気がぴりついたが、着信相手はミシェルだった。
「ミシェルさんです。──はい」
と、ルイは電話に出た。
『助けて……ルイくん……助けてッ!』
取り乱しているミシェルの様子に、ルイの表情が強張った。
「落ち着いてください。どうされました? なにがあったのですか?」
カイたちは顔を見合わせ、ルイを見遣った。
『モーメルさんが……死んでしまう……』
「モーメルさん……? 今、モーメルさんの家におられるのですか?」
『早く来てっ! アールちゃんの姿も無いのっ!!』
「すぐに伺います」
ルイは電話を切った。
「モーメルさん家に向かいましょう。ミシェルさんの様子がおかしいのです」
と、慌てて部屋を出るルイに、一同はついて行く。
「どういうことだよ……ばばあの家っつったら……女もいるんだろ?」
「それがいないと言うのです。それと、モーメルさんの命が危ないようです」
「詳しく話してよ!」
と、カイは叫んだ。
「僕も詳しく聞いたわけではありませんからっ。随分と取り乱しているようでしたし、すぐに助けに来てくれと」
「行くしかわかんねぇってことか」
一同は大慌てでテンプルムを出ると、運悪くそこにアサヒの姿があった。アサヒはゼフィル兵に捕らえられていたはずなのだが、怪我ひとつなく、何事もなかったように立っている。
「困るなぁ。勝手に行動されちゃ」
「アサヒさん……」
「あんたらが勝手にテンプルムに入っている間に俺は色々大変だったんだ。聞いてもらえる? 面白い話」
「今それどころではないのです。……アサヒさんはゲート魔法を使えますか? 僕等をゲートボックスがある町へ運んでいただけませんか」
「せっかく組織がここから森の外へ出るゲートを作ってくれてるんだ。そのゲートで森を出てペンテール村に行ってそっからロープウェイで──」
「んな時間ねぇっつってんだよ!」
シドは苛立った。
森を出てから村まではそれなりに距離がある上に、のんきにロープウェイに乗っている暇は無い。
「組織を離れた途端に強気だね」
ルイは自分が今手に持っているものを見遣った。思わず持って出てしまったアリアンの日記帳。
「アサヒさん、これはアリアンの日記です」
「日記?」
「塔に入ることが出来ましたので、そこで見つけたものです」
「…………」
「アールさんの正体が書かれています」
「おいルイっ」
シドはルイの考えを読んで阻止しようとしたが、ルイは言葉を続けた。
「僕等をゲートがある町へ飛ばしてくださるなら、渡します」
「よっぽど慌ててるみたいだからいいよ。ペンテール町でいい?」
「えぇ、もちろんです」
「じゃ、それこっちによこして」
ルイは少し躊躇したが、ミシェルの様子からしてモーメルの生死がかかっている。ルイは抵抗を感じながらも先に日記帳を手渡した。アサヒはパラパラと軽くめくり、古い書物であることだけ確認し、ゲートを開いた。
「助かります」
「行ってらっしゃい」
ルイたちはペンテール町の入り口前に飛ばされた。急いで町に入り、ゲートボックスへ向かった。
あの時のことは
よく覚えていない。
ただ苦しかったことは覚えてる。
凄く息苦しかった。ちゃんと意識して吸い込まないと呼吸が止まってしまう。
それから、身体中が痛かった。
全身の骨を粉々に砕かれたような感じ。
消えてしまいそうな意識を保つことに必死だったような気がする。
その間に何が起きていたかなんて
覚えていないし
そこに私の意志はなかったと思う。
ルイたちはモーメル宅のゲートに移動し、その場所の異様さに背筋を凍らせた。モーメル宅の玄関から真っ直ぐに崖の下へと繋がっている血溜まり。上空を覆う分厚い灰色の雲。ゴロゴロと音が鳴ったかと思うと、パラパラと雨が落ちてきた。
「誰の血だよ……この量は普通じゃねぇぞ……」
「…………」
ヴァイスは黙ったまま、崖の方に目をやった。
モーメル宅のドアが開いている。シドは刀を抜いて、家に近づいた。そして。
「……大丈夫か?」
「シドくん……」
血まみれのミシェルが、床に座り込んでいた。
ルイは部屋に入るとその不穏な空気と薄気味悪さに目の前が眩んだ。邪悪な空気が立ち込めている。
「ばあちゃん……? ばあちゃん大丈夫?!」
カイが床に座り込んでいるモーメルに走り寄った。顔を覆っている両手の隙間から粘り気のある血が滴り落ちている。
「ばあちゃん……? 怪我してるの? 見せて……?」
Thank you... |