voice of mind - by ルイランノキ


 因果の闇30…『voice RUI』


〜RUI Voice of mind〜

 
日記帳の最後のページを読んだとき、
 
一度だけでは理解できずに何度も繰り返し読んで
必死に理解しようとした。
 
 
アールさん
 
貴女は……
 

××年×月×日
 
きっと、この日記が最後になってしまうことでしょう。
いつか、誰かの目に触れるときが来ることを考えながら、言葉を綴ろうと思います。
 
私はこの地に、塔を建てました。
世界を脅かす闇と戦うための準備をするために。
邪悪な力を持ったシュバルツという男が現れたとき、私がこの世界に存在する意味を、知ったのです。
私が人々の思いを胸に抱いて、立ち上がるしかないのだと、それが私の使命なのだと、感じました。
 
人々は私に助けを求めました。人々は私の心に、力を授けてくれました。
時を向かえ、私は鎧を身に纏い剣を手にしました。シュバルツを前に為す術なく絶望を見た人々の前に降り立ち、そして、シュバルツと一戦を交わしました。
人々の思いと、私の力を込めた剣を、シュバルツの胸に突き刺したのです。
 
人々は歓声を上げました。
けれど、シュバルツの命はまだ、途絶えていませんでした。シュバルツの体内から無数に蠢く黒い手が、油断していた私を捕らえ、体の中へと引きずり込んだのです。
化け物と化していたシュバルツの体内に飲み込まれてしまった私は、意識が朦朧とする中で、シュバルツと一体化してしまう感覚に陥りました。私の力も全て飲み込まれてしまうのだろうと希望を失いかけたとき、人々の声が、私の耳の届きました。
私を信じ、希望を捨てないでいる人々の声。私は最後の力を振り絞って、シュバルツの体内から魔法を放ちました。
 
私の力は幾つもの光となってシュバルツの身体を貫きました。
私は無事に人々の元へ帰り、今度こそシュバルツは消滅したと思っていました。
 
でも、無数の悪魔や魔物を体内に取り込んでいたシュバルツのエネルギーは私たちが思っていたよりも執念深く、体が小さく引き裂かれても、小さな黒いアメーバのような塊となってもなお、動き続けていたのです。
 
私は少しだけ回復した力でその黒い塊となったシュバルツを結界で囲み、人々にはくれぐれも近づかないようにと注意を促し、それから私は、この塔に身を置き、暫くの間外部との接触を完全に断ち切りました。
その理由は、失った体力や魔力が戻ってくるのを この子 と待つ為でした。
私の身体には、もうひとつの命が宿っていたのです。
 
何度も 何度も
殺してしまおう、そう思っていました。
 
でも、短剣の刃先をお腹に向けるたびに、まだ人の形にもなっていないこの子が泣くのです。
恐怖に慄き、泣き叫ぶのです。生きたいと。殺さないでほしいと。私の耳にはその声が聞こえるのです。
私は自身の体の中で、儚い命の尊さを感じました。
そして、次第にこの子を守りたいと思う自分がいました。
これを母性というのかもしれません。
 
けれど、普通の人間と同じようにこの世に生み出すことは難しいでしょう。
きっと人々は純粋無垢なこの子を見て、恐れ慄いてしまう。私のお腹の中で命の危機を感じたときのこの子のように。
 
だから私は、この子を救い出す方法を、いつも私が願う場所へと導いてくれる夢の中で探したのです。
そして、この子が普通の人間として生きていける場所を、見つけることが出来ました。
 
この子は私の子供として生を受けるのではない。
遠い別の世界で生きている女性の体内から、その世界へと産まれるのです。
 
私は許されるまで、この子と共に同じ時間を過ごしました。この子をお腹の中に抱いて、塔からゲートを開いて沢山の地域へ足を運び、母としての時間を、思い出を、出来る限り作りました。きっとこの子は忘れてしまうでしょうけれど……。
 
私に残された時間は、そう多くはありませんでした。結界の中ではシュバルツが、体の再生を繰り返しながら復活出来るその日を待っていました。
 
私は人間の女性と同じように子を産み、育てるという未来を夢見ました。
叶わないとわかっていながら、この子のために部屋を用意しました。この子がこの部屋で笑う日は来ないとわかってはいたけれど、この身に小さな命を宿した以上、夢を見ずにはいられませんでした。
 
そして再びシュバルツが目覚める時がやってきました。
私は別世界への扉を開き、私のお腹の中でほんの数日間生きてくれたこの小さな命を
別世界で生きる女性の胎内へと宿したのです。
 
どうか、あなただけは 生きていてほしい。
どうか、あなただけは 争いのない世界で 笑っていてほしい。
 
名も無きあなたを、この身体で産みたかった。
あなたの顔を、この目で見たかった。
あなたの小さな体を、この手で、この腕で、抱きたかった。
 
あなたは何処にいようと、私の愛する娘
 
シュバルツの血が流れていようと
あなたは私の 最愛の娘。
 

貴女は
 
シュバルツの血を受け継ぎ
滅ぼす力を持っている。

 
これから私は再びシュバルツの元へ向かいます。
 
まだ生き続けているシュバルツを、
私の命と引き換えに封じてまいります。
 
でもいつか私の力が消えてなくなり
再びシュバルツが目覚める時が来てしまうかもしれない。
 
そんな日が訪れないように
祈るばかり。
 

一瞬でもそう思ってしまった僕を
 
どうか許してください
 
 
アールさん……

第四十五章 因果の闇 (完)

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