voice of mind - by ルイランノキ


 歓天喜地17…『義手』

 
「シドッ!!」
 
──ツィーゲル街 バグウェル家
 
シドがぎこちなく自宅に顔を出すと、姉のヒラリー、ヤーナ、エレーナが待っていた。無事でいてくれた弟に抱きつき、ヒラリーは涙を流した。
 
「心配させんなよ」
 と、ヤーナはシドの頭を軽く叩く。
「ほんとよ。せめてヒラリー姉さんには連絡してちょうだいよね」
 と、エレーナ。「心配性なんだから」
「無事でよかった……。帰ってきてくれてありがとう」
 ヒラリーは涙をぬぐった。
「……外で仲間が待ってる。義手の話を訊きに来た」
 早いところ話を済ませたいシドだったが、ヤーナがすぐに玄関のドアを開けてアールたちを家へと招いた。
 
ヒラリーは「なにもないけど」と言ってキッチンからクッキーと飲み物をダイニングテーブルに運んだ。
 
「おかまいなく……」
 と、ルイ。お邪魔する予定はなかったからだ。家族水入らずの邪魔をしてはいけないと思っていた。
「いただきまんもす!」
 カイは遠慮を知らない。クッキーに手を伸ばした。真ん中にいちごジャムが乗っているクッキー、バニラとココア味のクッキー、チョコチップクッキー。どれも美味しそうでどれから食べようか迷う。
「これこれ」
 別室からヤーナがパンフレットとカタログを持ってきて、シドが座っている前に置いた。
「シドの場合は肩義手で、安くても35万ミルくらいから。サンプルをいくつか用意してくれているみたいだから時間があるならすぐにでも合わせに行ってみたら? こういうのは早いほうがいいだろうし」
「どのくらい使い物になるんだ?」
 と、シド。
 ヒラリーはシドを見遣った。
「正直、物によるわね。高ければ高いほど、見た目も使い勝手も普通の腕のように近づけると思うけど」
「…………」
 カタログを見遣ると、様々なタイプの義手がピンキリで並んでいる。だた物を掴むだけのものならば30万代で買えるが、それ以上を求めるとなると桁が飛ぶ。
「お金のことは心配しないでいいから」
 と、察したヒラリーが言った。
「そうもいかねぇだろ」
「なに遠慮してんのよ」
 エレーナはそう言って笑った。
「そうだよ。ヒラリー姉さんがうちらの将来の為にって貯めてくれた金だけどさ、将来の金は自分でこれから稼げばいいんだし、全員賛成でシドの義手に使おうって決めたんだから。みんな即答だった」
「…………」
 シドは正直複雑だった。一番下ではあるものの、男としてのプライドが邪魔をする。これからは自分が姉たちを支えていきたいと思っていたのに。
「お金出されるのが嫌なら、これから少しずつでも返してくれたらいいから」
 ヒラリーは優しくそう言った。「ね?」
「……あぁ、そうする」
 と、リンゴジュースが入ったコップを手に取ってグビグビと飲んだ。
「姉さんと話して直接見に行ったりもしたんだけど、これなんてどう?」
 ヤーナはカタログをめくり、そこに並んである義手を指差した。値段は数百万もするその義手は、デザイン性も高くアニメに出てくるロボットの腕のようだ。
「馬鹿高いな……」
「これ、脳波で動かせるんだよ。シドが頭で考えた通りに動かすことが出来るんだって。で、なにがいいってこれメンテナンスも簡単だし好きなようにカスタマイズ出来るらしいんだ」
「カスタマイズ?」
「武器として使うこともできるってこと!」
「……なんか逆にめんどくせぇから余計な機能はいらねぇよ」
 
カイはチョコチップクッキーを食べながらシドたちの会話を聞いている。義手が武器にもなるなんてかっこいい!と思ったが、腕を斬り落としたのは自分であることからなかなか会話に入りづらいものがあった。
そんな妙に静かなカイの心情をルイとアールは察していた。シドとカイは一度、2人で話したほうがいいのかもしれない。
 
「シドに合ったサイズのものをオーダーメイドで作ってもらうにしても、出来上がったのを使いこなせるようになるまでの練習も時間がかかるだろうから、今日大丈夫なら今から病院へ連絡してみるけど」
「…………」
 シドはルイを見遣った。
「大丈夫ですよ。膳は急げです。ただ、シドさんの体調が心配ですので、無理だけはしないでください」
「あぁ……」
「じゃあ早速連絡してみるわね」
 ヒラリーはそう言って席を立った。
 
アールはリンゴジュースを飲みながら、チラチラとシドを盗み見る。まだ、違和感があった。シドが戻ってきてくれたこと、仲間の中にいることの違和感。組織の仲間になってからはシドが組織と行動していることに違和感を抱いていたけれど、いつのまにかそれが普通になってしまっていたのだろう。
シドがアールの視線に気がつき目を合わせたが、アールはすぐに目を逸らした。
 
「…………」
 アールは喉が渇いているわけではないけれど、またジュースを口に運ぶ。
「……?」
 シドはなにか言いたげなアールに不快感を示した。
 
「組織の方にも連絡しておかなければなりませんね」
「……そういやなんで場所わかったんだ?」
「それはカイさんですよ。シドさんのことはカイさんがよくわかっていますから、シドさんが行いそうな行動を読んでもらいました」
「……俺が病院から抜け出した方法は?」
「それは……アールさんが」
 と、アールを見遣る。
「アサヒさんが調べてくれて教えてくれたの」
「アサヒ……? いつの間にあいつと繋がってんだよ」
「テンプルムを離れるときに連絡先教えられたから」
「テンプルム?」
「アリアンの塔が立っている場所」
「…………」
 シドはジュースを飲み干し、組織のことを考えた。エレーナがジュースを注ぎ足した。
 
アールはシドとの会話に少しぎくしゃくしていた。落ち着いてちゃんと会話を交わすのは久しぶりだ。
 
「アサヒさんは組織の誰かがシドに透明マントを渡したんじゃないかって言ってたんだけど、本当なの?」
 と、アール。
「組織? ……誰が持ってきたのかまではわかんねぇよ。シキンチャク袋に入ってたから利用した」
「透明マントの他には? 手紙とか」
「んなもんねぇよ」
「じゃあ……結局はわからずじまいってことか……」
「謎ですね、その組織の方がなぜシドさんに透明マントを……。僕らの考えでは、組織の中に僕らの、もしくはシドさんの味方がいるのではと考えています。アサヒさんからの情報では組織の方々がシドさんを連れ去る予定だったようですから、もしかしたら連れ去られた後にでも逃げられるようにと透明マントを渡しておいたのではないかと」
「…………」
 そんな人間に心当たりはない。
「あ、そういえば看護師さんとは話したの? シドが目を覚ましたとき、看護師さんいた?」
「あぁ、タバコ吸ってたな」
「え? 勤務中に?」
「俺が目を覚まして暫くぼーっとしてたらその看護師が入ってきた。起きてる俺に見向きもせずに携帯電話を取り出して窓際に移動して、誰かに電話をかけながらタバコ吸い始めた。電話の相手は男だろうな。『別れるってなに? 他に女が出来たわけ?』とか言ってたしな」
「それで……シドさんには気づかれたのでしょうか」
「あぁ、電話しながら俺を見て、驚いてたな。まさに絶句って感じで。内緒にしててやるから誰にも見つからずにひとりになれる場所教えてくれって言ったら、透明マントのことを聞かされた」
「詳しくお願いします」
 と、ルイは眉をひそめた。
「持ち物の中に透明マントがあるから使ったらどうかって。んなもん持ってねぇよって言ったんだが、調べたらシキンチャク袋に入ってた。あんたが入れたのかって訊いたんだが詳しくは話せないとかで」
「そうですか……。アサヒさんからの情報と合わせると、やはり透明マントをシドさんに渡した組織の誰かとその看護師さんは繋がっていたようですね。どういう繋がりかはわかりませんが」
 
そこに病院への連絡を終えたヒラリーが戻ってきた。
 
「これからでも大丈夫そうだからこれから向かいますって言っちゃったんだけどいい?」
「あぁ」
 と、シドは立ち上がった。
「僕らはどうしましょうか」
 ルイたちも立ち上がりながら顔を見合わせた。
「ぞろぞろついて行くと迷惑かな」
 と、アール。
「ですが……組織の方が連れ去ろうとまでしていたシドさんをこのまま黙って見逃すとは考え難いです。どこで見張っているかもわかりませんし、既に僕らが合流出来たことを知っている可能性もあります」
「じゃあ誰かついてく?」
「連絡してくれ。失礼する」
 と、スーを連れたヴァイスはヒラリーたちに一礼し、一足先に出て行った。
「カイはどうする?」
「俺は……」
「いいじゃない、みんなで行きましょうよ」
 と、ヒラリー。「ヤーナちゃんたちはどうする?」
「あたし無理言って仕事抜け出してきたから戻るわ」
「私は仕事探さなきゃ」
 と、エレーナ。
「お前仕事どうしたんだよ」
 と、なにも知らないシド。
「クビになったんだよ」
 面白がってヤーナが答えた。
「じゃあ私とシドと、アールちゃんとカイくんとルイくんで行きましょうか」
「戻りづれぇな」
 と、シドは虚空を見遣る。逃亡した病院へ戻るのだ。
「謝りましょうね、一緒に」
 と、ルイ。
 
アールたちはパウゼ町へと向かった。
 

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©Kamikawa
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