voice of mind - by ルイランノキ


 隔靴掻痒14…『大剣』

 
森の中を駆け抜ける。背後からは3つ目のひとつを潰されたトロールが木々を押し倒しながら追ってくる。
アールは息を切らしながら、残りの目も潰すことを考えた。ピラミッドの上に立ったとき、アールはトロールの体をよじ登って目をついていた。大暴れしたため残りのふたつは断念し、今逃げている最中だった。顔面を狙って遠隔攻撃すれば1体目のときのように一発で倒せなくても目は潰せるのではないだろうかと考える。とはいっても、魔力の回復薬は限りがある。加減も難しく、未だに使い慣れていないため体力も消耗してしまう。それらを配慮して戦うのは苦手だった。
 
一人で戦うとなると、時間も掛かる。
 
「背後に回るか……」
 
トロールがまた暴れ出したのをきっかけに、走り出した。トロールが暴れている間は足音をかき消してくれるからだ。暴れるのをやめた途端にアールも動きを止め、息を殺した。
トロールが現れるのは組織の仕業だとしたら、この状況から打破する考えがひとつあった。危険な考えだが、手っ取り早い。──トロールにやられてしまえばいい。
 
「…………」
 
組織の人間は私に死なれると困るはずだ。私が死んだら、アリアンの塔の場所へ行くことも出来ない。それにシュバルツを目覚めさせるのに私の力が必要なら尚更。だったら、死ぬ前に迎えが来るはず。組織の仕業だとしたら、だ。
頭は決して良くはないけれど、ずるがしこいなと自分で思う。
でもそう簡単に「じゃあ今からやられてみまーす」なんて出来やしない。
 
アールはトロールの背後に回ると、タイミングを見計らって頭の上までよじ登った。肩に移動すると、醜い顔が目の前にある。なんともおぞましい。
トロールは自分の肩にいるアールを振り払おうと体を大きく捻った。アールはバランスを取りながら落ちないようにしがみ付き、滑り落ちそうになったときは剣をトロールの体に突き刺した。トロールの血は緑色だ。そして唾液は黄色みがかっていて粘り気があり、吐き気がするにおいだ。
左の肩から左目を突き刺した後、暴れるトロールの頭の上に移動し、頭上に飛び上がって落下しながら何度も剣を振るった。トロールの頭も腕も傷だらけになったがどれも致命傷になるほどの攻撃にはならなかった。地面に降り立つと踏み潰されないようにすぐにその場を離れた。残りの目玉は一つ。魔力はなるべく使わないことにした。
 
敢えてトロールがなぎ倒した木々の上に移動し、息を整えた。見通しが良くなっているため、ひとつ目になったトロールでもすぐにアールの居場所に気がついた。怒り狂った表情でドシドシと近づいてくる。アールはトロールをおびき寄せると再び体に上ろうと試みた。トロールの左拳が落ちてくる。ギリギリのところで交わし、腕に飛び乗って駆け上がるも、反対側の右拳が飛んでくる。1体目のトロールと違ってこいつは金棒を持っていない。
拳を避けようと飛び上がると、着地する場所を失った。
 
「もうっ……」
 
落下するアールを握りつぶそうとする左手が横から飛んでくるのを見て、アールはトロールの手の平に剣を突き刺した。握りつぶそうとしたことで剣の刃が貫通し、痛みに叫ぶ。突き刺さった剣を振り払おうと激しく手を動かしたことで遠心力によって剣が抜け、アールも飛ばされてしまった。地面に落下する前に運よく木の太い枝の上に着地。振り回されたせいで頭がくらくらして危うく落ちそうになった。
 
「しんど……」
 
もう、泣きそう。うまくいかなくて泣き出す子供のように。
けれど、トロールも体力が削れているようで動きが鈍くなっている。あと少しで倒せる。そう思ったが、遠くの方から咆哮が聞こえ、やる気が一気に削がれた。まだ倒していない2体目のトロールとは別のトロールが、元気良く走ってくる。両手に金棒を持って。
 
「もぉーギブ……」
 
まるで「おーい、忘れ物だよー」とでも言いながら仲間の金棒も持って駆けて来たみたいだ。それでも唯一安堵したのは、体の大きさは2体目と同じだったことだ。体の大きさが同じだからといって強さも比例するとは思えないが。
 
「あ”ぁああぁぁぁぁぁもう!! いい加減にしてーッ!!」
 
馬鹿と思われてもいい。叫んだことで2体に自分の居場所を知らせたようなものだが、叫ばずにはいられなかった。
 
━━━━━━━━━━━
 
ルイは一度ヴァイスが調べた洞窟を探索したが、確かに隠し通路は存在しなかった。魔物がいた右の道から入ってみたが、なにもいない。
外へ出ると、カイが見つけた地下道への扉を探した。やはりそれもヴァイスが調べた通り、ここには存在しなかった。同じ造りの別の空間がありながら、なにもない、なにも起きないということはないだろう。ゲートステージを見遣り、ヴァイスがこの空間へ入った扉を見遣った。もしも自分があの扉から出たらどうなるのだろう。ヴァイスが選んだ左の道へ出るだけだろうか。
 
気になったルイは、ヴァイスが通った扉を抜けた。
地下道の左通路へ。道なりに進むと、枝分かれした場所に着いたがカイの姿がなかった。
 
「カイさん?」
 
待ちくたびれて戻ってしまったのだろうか。そのまま地下道の外へは出ずに、自分が通った右の通路へ行ってみた。カイがいるかもしれないと思ったからだが、驚いたことに突き当りには宝箱がひとつぽつんと置かれており、扉はなかった。
 
「ここも別の空間のようですね。少し、ややこしいですが」
 
スーはパチパチと拍手をした。──凄いね、と言っている。
ルイは宝箱を開けると、万能薬を手に入れた。それから今度は地下道へ下りた入り口へ向かったが、行き止まりになっているだけで上部には外へ出る穴はなかった。
そのまま来た道を戻ると、アリアンの塔を見上げているヴァイスの姿を見つけた。
 
「ヴァイスさん」
 声を掛けると、ヴァイスは自分が通ってきたゲートから出てきたルイに驚いた。
「驚きの発見が」
 と、説明をする。
 
今度はルイがこの空間へ足を踏み入れた扉からヴァイスが地下道へ出てみることにした。枝分かれした場所にカイの姿はなく、ルイが言っていた通り地上へ出る扉もない。左通路へ移動し、突き当たりに宝箱があった。開けてみるとまばゆい光が放たれ、大剣が光の中に浮かび上がった。
 
「…………」
 
残念ながらシーワンの大剣ではないだろう。柱に書かれているヒントが一致しない。とりあえず大剣を手に取り、来た道を戻ってルイに知らせた。
 
「シーワンではなさそうですが、次の手がかりにはなりそうですね。戻りましょう」
 
ルイとヴァイスは自分が通ってきた扉から地下道へ戻り、枝分かれした場所で合流した。今度はきちんと、カイが待っていた。
 
「おっそいよー。どこまで行ってたの? てゆーか生きて帰ってきたんだねぇ」
「大剣が見つかりました」
 と、ヴァイスから預かった大剣を見せる。
「シーワン?!」
「違うと思います」
「え、じゃあなに。また悪魔呼ぶの?! 3人じゃ倒せないよ!」
 カイがそう言うと、ルイの肩にいたスーが自分もいるよと手を叩いた。しかし。
「でしょー? スーもそう思うよね!」
 と、カイには伝わらなかった。
「スーさんは自分の存在を知らせたのだと思いますよ。3人と、1匹です」
 ルイが察してそう言ってくれたのでスーは嬉しそうに拍手をした。
 
一向は地上へ上がり、ゲートステージの前に立った。
 
「突き刺すの? シーワンじゃないのにぃ」
「それ以外、この剣の使い道がないのですよ」
「ただのアイテムじゃないの? 宝箱の」
「この場所とまったく同じ空間が奥にあったのです。厄介な仕掛けの先で見つけたものですよ。ただのアイテムとは思えません」
「まぁそっか。でもさ、悪魔が現れないとも言い切れないっしょ?」
「えぇ。悪魔が現れたときは戦うしかありません。この台が地獄への扉になるので、ここから逃げることも出来なくなりますからね。ですが、悪魔なら聖水が効くはずです」
「んじゃあ先に汲んでこよっか?」
 と、珍しく自ら進み出るカイ。
「よろしいのですか?」
「俺まだなにもしてないし。それに、なにもせずに待ってたらアールのこととか考えて不安になった。ちょっと行ってくる。湖の水でしょ?」
「あぁ」
 と、ヴァイス。
 
カイは洞窟の奥へ一人で入っていった。
 
「スーさん、お願いできますか?」
 ルイが肩のスーに言うと、任せて! とカイの後を追って行った。やはりひとりで行かせるのは心配だった。
「珍しいこともあるものだな」
 と、ヴァイス。
「自分もなにかしなくてはと思ったのかもしれませんね。それに、積極的になったスーさんを見て感化されたのかもしれません」
 
ただ、問題を引き起こしやすくなるのは困る。アールやカイはどうもトラブルに巻き込まれやすい。そういう人間が行動的になると正直複雑な面もある。
ヴァイスがアリアンの塔を眺めた。ルイも、塔を見上げる。
 
「すぐそこにあるのに、遠いですね」
「あぁ」
「数百年前、ここにアリアン様がいらしたのでしょうね。そこに今僕等が立っている。不思議な感覚がします」
 

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