voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街5…『闇夜の礫1』

 
「すみません、ちょっと待ってくれますか」
 
アールの精神状態も落ち着き、再び歩き出した矢先にルイがそう言って足を止めた。コートから地図を取り出し、現在地を確認する。
 
「やはり……」
「なんだ、どーした?」
 シドは浮かない表情でルイに歩み寄り、地図に目を向けた。
「もうすぐログ街だというのに、街の手前付近で同じ道をぐるぐる回っています」
「えーっ、それって地図が書き換えられたってことー?!」
 と、カイはうなだれて言った。
「いえ、地図自体に変化はありませんが、歩いても歩いても街にはたどり着けない状態です。誰かの悪戯でしょうね、困りましたね」
「人の気配はねぇから置き罠か……」
「何処かに仕掛けられている罠を見つけない限り脱出は出来ません。探しましょう」
「罠って……?」
 と、アールは不安げに訊いた。
「魔法円が木や岩や地面などの何処かに描かれていると思います。アールさんはここで待機していてください。いつまた魔物が現れるかわからないので結界を張りますから」
「私も探すよ」
 そう言ったアールの背中にカイがしがみついている。自分も待機しようと思っての行動だ。
「大丈夫ですよ、直ぐに見つかると思いますから」
「へたすりゃ何ヶ月も出られず餓死だな」
「シドさん、不安を煽るようなことを軽々と口に出さないでください。食糧は充分にありますし、このようなくだらないことに多くの魔力を使う者などいませんよ」
 
誰かが仕掛けた旅人を惑わす魔法の罠。罠の効果を持続する長さが長い程、罠を仕掛ける時の魔力を消耗する。ただのイタズラに、多くの魔力を消費する者はいないだろう。
 
「カイさんは……アールさんと一緒に待っていてください」
 そう言ってルイは2人を囲む結界を張った。「では行ってきますね」
 
シドとルイは辺りを見回しながら念入りに罠を探し始めた。森の奥まで足を進め、アール達からは2人の姿が見えなくなった。
 
「やっぱり私も探そうかな……」
「ダメだよ」
 と、カイはアールの服を掴んだ。「一緒に待ってるようにルイに言われたんだから、言うこと聞こうよぉ」
「そうだけど……」
 そう呟いて結界に手を触れた。
 
──あれ……? 出られない……。まぁ緑色の結界だから出られないのは確かだけど……それでもこの前は出られたのに。
 
━━━━━━━
   
ルイとシドは足元を覆う草を掻き分け、そびえ立つ木々や転がっている岩などを頻りに見て探すが、直ぐには見つからない。
 
「なぁルイ、なんでカイまで置いてきたんだよ。まぁ連れて来ても足手まといだけどな」
「カイさんにも手伝ってもらおうかと思ったのですが、アールさん……原因はわかりませんが結界を出られてしまうので、カイさんにアールさんを見てるよう頼んだのですよ」
 ルイはそう答えながら、木に手をついて見上げた。
「原因不明ねぇ……。防護服もだろ? 原因はあの女にあるんじゃねぇのか?」
「……というと?」
「知るかよ。モーメルババアに調べてもらったらどーだ?」
「シドさん、ババアなんて言ってはいけませんよ。──でも、ログ街についたら連絡を取ろうと思っていました。防護服を見てもらうつもりだったのですが……」
 と、視線をシドの背後に向けた。「シドさん、ダムです」
「あ?」
 
シドが振り返ると、小さなダムボーラがピョンピョンと近づいてきた。そして、シドの足に纏わり付く。
 
「なんだようぜぇな……」
「親が近くにいるのかもしれませんね、まだ生後8ヶ月くらいですし」
「殺すか?」
「やめてください。それより早く罠を見つけましょう」
「お前が『ダムです』って知らせたんじゃねーかよ」
「足癖の悪いシドさんが気づかずに蹴らないように知らせたまでですよ」
「はぁー?!」
「気づいていないかもしれませんが、足で草を掻き分けるとき、僕のほうに砂がかかってますからね?」
「避けりゃいいだろーが!」
 そう言う間も、ダムはシドの足にピッタリとくっついていた。
 
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「ねーねー、なんか暇だよねぇ」
「遊んでれば?」
 と、アールはルイ達が入って行った森を眺めながら言った。
「アールぅ、最近冷たくなぁい?」
「え……ごめん、別に冷たくしてるわけじゃ……」
「そうー?」
「なんてゆうか……いつの間にか気を遣わなくなってて」
「あ、それならいいよー」
 と、カイは満面の笑みで言った。「自然体希望ー!」
 
カイの無邪気な笑顔が、苦戦していたゲームをクリアしたときの嬉しそうな雪斗の笑顔と重なった。
子供のまま大人になったような純粋さは、似ているのかもしれない。
アールは結界の壁に寄り掛かると、また森の奥を眺めた。
 
「まさかぁ、また行こうとか思ってないよねぇ……?」
 カイは寂しそうにそう言うと、アールの袖を掴んだ。
「行きたくても出られないよ」
「そうなのー? でもさー、なんで行きたいと思うの? ルイ達に任せればいいのにぃ。あ、ルイ達を信用出来ないとか?」
「そうじゃないよ、ただ……じっとしてると落ち着かないだけ」
「ふぅーん」
 なにもすることがないと、精神を蝕む思考が動き出す。
「ねー、じゃあ遊ぼう!」
 そう言うとカイはシキンチャク袋からおもちゃを取り出し始めた。「何して遊ぶー?」
「……こんな狭い結界の中で遊ぶの?」
「遊んでればって言ったのアールじゃーん。色々あるよー、ブロックにパズルに落書き帳でしょー? それからぁ……」
 と、次から次へとおもちゃを取り出して結界の中を埋めつくしてゆく。「ピコピコゲーム、粘土、漫画……」
「ちょっと……出し過ぎだから」
 アールはカイが取り出したおもちゃを一つ一つ手に取った。
「じゃー何して遊ぶ? 他にもあるよー」
「うんでもルイ達が頑張ってるのに遊ぶのは……私が遊んでればって言ったけど」
「…………」
 カイは暫く黙りこむと、シキンチャクから蛙のぬいぐるみを取り出した。そして、アールに向けた。
「カイ君が遊びたいって言ってるよ。バーイみどりガエル」
「カイ、子供みたいなことしないの」
「僕はカイじゃないよ、バーイみどりガエル」
「もぉ……わかったから。みどりガエル君。粘土でもしようか?」
「やったー!」
 と、カイは蛙を放り投げた。結界の壁に当たって力なく落ちた蛙のぬいぐるみ。
「散らかさないでってば。ほら、粘土以外は仕舞って」
「はぁーい!」
 鼻歌を歌いながら嬉しそうにカイはおもちゃを片付けた。
「じゃあこれアールの分!」
 と、カイは粘土をアールに渡した。「最初は硬いから、こねくりまわしてねー」
「うん……」
 粘土を触ったのは中学生以来だ。
 
親友の久美が、紙粘土で小さな野菜や果物などを作るのに嵌まっていたことを思い出す。飽きたのも早かったような気がするが。
 
「なんか懐かしいなぁ……なにを作ろうかなぁ」
「思うままに……感じるままに……」
「え?」
 カイの手元に目を向けると、奇抜な形をした“なにか”を作っていた。「カイそれは何を作ってるの? モンスター?」
「これは……“夢”だよ」
「夢で見た生き物?」
「もぉー違うよぉ……」
 と、カイは粘土をこねる手を止めた。「夢そのもの! アールは芸術を知らないんだなぁ」
「う、うん……ちょっと理解出来ないかな」
「他人には理解出来ない、作り上げた本人の世界にある心で感じるもの……それこそが芸術なのだよ」
「なんかよくわからないけど、私は動物でも作ろうかな」
 
罠はルイ達に任せて粘土細工に夢中になっていると、人の足音が近づいて来た。ルイ達が戻ってきたのかとアールは顔を上げたが、視界にいたのは道中で出会ったジャックの仲間である、ジムだった。
 
「ねぇ、カイ。あの人……名前なんだっけ」
 と、小声で訊くと、カイも顔を上げた。
「あ! ジムじゃん!! なにしてるのぉ?!」
 
 そうそう、“ジム”だ。
 って、あれ? 手に持ってるのって……。
  
「カイ、ジムに話し掛けても確か彼は喋れないんだったよね」
「あ、そうだったぁ……」
 ジムは2人を囲んでいる結界の前に来ると、立ち止まって2人を見下ろした。
 
アールが気になって仕方が無いのはジムが左手に持っているふたつの短剣だった。短剣の刃が血で染まっている。
 
「ねぇ……あれって確かドルフィさんが持っていた短剣じゃ……」
 ジムはしゃがみ込み、カイと目を合わせた。
「ジムー、ジャック達はぁ? 無事にログ街に着いたのー?」
 
カイは、ジムが頷くか首を横に振るかで答えられる質問をした。
しかしジムは、口元を緩ませると、血で染まった短剣をカイの目の前に突き立て、口を開いた。
 
「──殺した。 あいつらは俺が殺したよ」
 

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©Kamikawa
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