voice of mind - by ルイランノキ


 隔靴掻痒2…『シートン』 ◆

 
カイが現れないでくれよと願っていたネロモンキーも姿を現し、大苦戦を強いられた。
 
「ルイ! 魔法放ったらダメ?!」
 と、アールはルイに駆け寄った。その後ろからネロモンキーが走ってくる。
「木々が邪魔をするのでは?!」
 ルイは個壁結界を作った。
「木々まで倒したら……かわいそうだよね」
「…………」
 こんなときに木の心配を? と、ルイは思う。
「でももう限界。試してみる」
 アールは仲間と距離を取った。
 
アールの行動を読んだルイは、個壁結界を幾つか立てて集まってきたネロモンキーを一箇所に追い込んだ。行く手を塞がれたネロモンキーは木を伝って個壁結界を越えようとしたが、ヴァイスが銃を放って次々に落としてゆく。結界の外から現れた魔物はカイが担当した。
 
ルイがアールに視線を向けると、構えている剣から黒い蒸気のような魔力に包まれていた。そして、アールが武器を振り払ったその瞬間に、ルイは全ての結界を外した。
アールが放った魔法攻撃はこれまで見た中で一回りも二回りも大きく、一箇所に集まっていたネロモンキーを一匹残らず仕留め、妨げになっていた木々をもなぎ倒していった。そのアールが放った三日月型の光が通った道筋に立っていた木々は綺麗に倒れて、上空から見ると一本の道が出来上がっている。
 
ズキンッと頭が痛み、アールはこめかみを押さえた。
 
「大丈夫ですか?!」
 と、ルイが駆け寄った。
 
近くにいた別の魔物たちは、強い魔力に怯えたのか背を向けて森の奥へと帰ってゆく。カイはほっとしてアールを見遣った。
 
「頭痛い……魔力使うときはなんともなかったのに使った後頭が痛くなるのやだ……」
「少し休みましょうか」
「ううん。せっかく魔物がいなくなったんだから、先を急ごう」
 
自覚していた。組織と一緒だったときよりも時間を食っていることを。
面倒くさそうに歩きながら、カイはあることを思いついた。
 
「アリアンの塔がある場所への入り口? あそこまでゲートで行けるようにしたら? 例えばさぁ、出口用のゲート紙を開いて置いておくとか」
「ゲート紙は、人がそこにいて成り立つのですよ。それに僕が取得しているゲート魔法は運べる人数も距離も限られているので、森の外からでは遠すぎますし」
「んじゃあモーメルばあちゃんに頼むとか? あそこからパウロまで運んでくれたのばあちゃんだよねぇ?」
「緊急でしたから。なるべくモーメルさんには頼らないと決めたではありませんか」
「でもさでもさ、もしも、もしもまたアリアンの塔のところから離れなきゃいけなくなったらどうすんのさ。また来なきゃいけなくなったら、また何日もかけて森の中を進むの? バカみたいじゃん」
「…………」
 
確かにカイの言う通りだった。アリアンの塔へ行き、シーワンの大剣がすぐに見つかるとは限らない。その間にまたなにか離れなければならないことがあったら。それこそ時間を無駄にしてしまう。
 
「アールもひとっ飛び出来たらいいと思うでしょー?」
「……まぁ、可能ならね」
 アールはまだ痛む頭痛に顔を歪めていた。
 
──と、その時だった。
 
「可能にしましょうか?」
 という聞きなれない声と共に、一行の前に突然4人の男が姿を現した。
 
ヴァイスとルイは咄嗟にアールの前に立ち、警戒を向ける。全員黒いコートのフードを被っており、口元しか見えないが体格で男だとわかる。カイはアールの背中に回って身を潜めた。
 
「どちらさまですか」
 ルイはロッドを構えた。
「ムスタージュ組織、第二部隊の者です」
 一人の男が一歩前に踏み出し、フードを下ろした。

20代半ばくらいの若い男だった。足首まで長いコートを着ているためわからないが、ぱっと見た限りでは手に武器を持っていない。
 
「第二部隊……なぜここに……」
「この先にアリアンの塔への入り口があると聞いたんだが、見当たらなくてね。途方に暮れていたら強い魔力を感じた。様子を見に来たら君たちがいた、というわけさ」
 アールが放った攻撃魔法のことらしい。残りの三人は深くフードを被ったまま、微動だにしない。
「ところで、ドレフ……いや、本名はシドだったか。彼は元気かい?」
「あなた方のせいで……今も眠っています」
「私たちのせい? おかしな話だ。彼を追い込んだのは君たちだろう? 組織を裏切るように仕向けたのは君たちだ。まさか同じ部隊の仲間を殺すとはねぇ」
 
彼らはどこまで知っているのかと疑問視する。
 
「彼には今後一切、近づかないでください」
 と、ルイは強く言った。
「…………」
「彼はもう、組織の人間ではありませんから」
「なぜそう思う」
「それは……」
「死に際に漏らした彼の泣き言かい?」
 その言い方に、アールは苛立った。
「私たちはいつでも彼を受け入れるつもりだ」
 組織の男はシドをまた仲間として受け入れるつもりらしい。
「シドさんは渡しませんよ」
「彼が望んだとしてもか?」
 
アールの背中に隠れていたカイが、カッとなって叫んだ。
 
「望むわけないだろ!」
「なんだ、もう一人いたのか」
 カイにそう言った後、男は自分に鋭い視線を送ってくるアールを見遣った。
「まぁ、いいさ。──そんなことより、アリアンの塔への行き方を教えてくれないか?」
 
━━━━━━━━━━━
 
──西の国 ガロファーノ
 
絵に描いたような木々が一定間隔に並んでいる森の奥で、体長5メートルはある毛むくじゃらの魔物の腹部を裂いて心臓を取り出している男の姿があった。魔物は息絶えており、酷い異臭を放つ粘り気のある血がドロリと流れ落ちて足元を汚した。心臓は人間の頭くらいの大きさで、用意していた専用のビニール袋に入れるとたちまち袋ごと手の平のサイズに小さくなり、ポケットに突っ込んでいた瓶の中へ納めた。
異臭に顔を歪めながら額の汗をぬぐったのは、ギップスだった。
ガサガサと草を掻き分けながらなにかが近づいてくる音がする。
 
「においで他の魔物が寄ってきたか……」
 
ギップスは魔物の心臓が入っている瓶をポケットに入れ、愛用武器であるボーラチェーンを構えた。標的を目で捉えると、互いに動きを止めて様子を窺った。先に攻撃を仕掛けるべきか、相手の動きを待つべきか、無言の駆け引きだ。魔物はギップスを睨み付けながらゆっくりじりじりと歩み寄ってきた。飛びかかれる距離まで詰めると唸り声を上げて飛び上がった。それと同じタイミングでギップスはボーラチェーンを振り回し、魔物の首に巻きつけて締め上げた。
厄介なのは仕留めた後に撒きついたボーラチェーンをわざわざ外すことだ。外している最中に別の魔物に襲われたこともあった。予備のボーラチェーンと短剣を持っているためすぐに対応できたものの、外すことに時間を取られる度に武器を替えようかと悩む。

「今更替えてもなぁ……」
 
新しい武器は使い慣れるまでに時間を要する。
幼い頃、学校で護身術の授業があった。街にいても時折魔物が忍び込んだりと決して安全ではないため、どの学校でも魔物に対する最低限の護身術と戦闘術を守る授業が行われている。体育の一環として学ぶことが出来、好きな武器を選ぶことが出来るのだが、ほとんどが剣や刀を選ぶ中でギップスは人気がなかったボーラチェーンを選んだ。当時好きだった女の子がそれを選んでいたことも理由のひとつだが、テレビでボーラチェーンを巧みに操り、打撃を与えて最終的には縛り上げるという映像を見て身震いがするほどかっこいいと思ったのが一番の理由だ。
 
ギップスは魔物の心臓を持ってゲートが開いている場所へと移動。開けっ放しにしていたゲートから移動した場所は、大海原に浮かぶ古びた大型船の上だった。
 
「遅くなりました」
 
ギップスが声を掛けると、網に掛かった魚を生け簀へ移していた老婆魔術師、シートンが重い腰を上げた。
 
「手に入れたのかい」
「少々手こずりましたが」
 ギップスは瓶に入った心臓を渡した。
 
シートンは瓶から心臓を取り出すと、元の大きさに戻した。再び異臭が鼻を突く。強烈なにおいだ。けれどシートンは嬉しそうに笑い、下へ降りる階段から船内へ移動した数分後、その手には別の瓶を持って戻ってきた。
 
「約束の品じゃ」
 と、ギップスに渡す。
 
瓶の中では真っ黒い羽根が詰め込まれ、薄汚れた液体に浸かっている。
 
「モーメルは元気かね」
 シートンは再び腰を下ろし、網に掛かった魚を取り外しはじめた。
「えぇ……」
 ギップスも隣に腰を下ろし、魚を生け簀へ移すのを手伝った。
「モーメルとは幼い頃からの友人でね。昔はどっちのほうがモテるかと競ったものさ。二人で外を歩くと注目の的だった。噂ではファンクラブまで出来ていたというから驚きさ」
「おモテになられたのですね」
「あたしのほうが少し、モテていたと思うがね」
 と、笑う。
「最近お会いになられましたか?」
「いーや、互いに一人好きだからね。会ったりはしないが、年に1、2回は手紙のやり取りをするよ。電話もそれくらいの頻度だね。生きているかどうかの確認さ」
 元気ならそれでいい、と、シートン。
 
ギップスは、モーメルから託された彼女宛の手紙と、モーメルが欲しがっている魔道具を知ったシートンが今何を思っているのか、とても気になった。
 
「余計なお世話だと言うだろうね」
「え?」
 
シートンは少し悩んだようだったが、ポケットから小さなお守りを取り出してギップスに渡した。
 
「“悪魔”から身を守る御守りさ。気休めかもしれないがね。持っていっておくれ」
「……わかりました。必ず、モーメルさんに渡しておきます」
「…………」
「他になにか、伝えておくことはありませんか」
 と、立ち上がる。ゆっくりしている時間は無い。
「今年の手紙も、楽しみにしていると伝えておくれよ」
「……はい。必ず」
 

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©Kamikawa
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