voice of mind - by ルイランノキ


 無常の風5…『気になる』

 
全然余裕だと思っていた魔物を相手に、苦戦した。ほんの数日休んでいただけなのに、こんなにも鈍るものかと驚いた。こんなことならカイも連れてくればよかった。剣を使って戦うのとブーメランとではまた違ってくるのだろうけれど。
ふと、銃を使うヴァイスは鈍ることがあるのだろうかと疑問に思った。もしかしたら彼は身体を動かしに来ただけなのかもしれない。でも、彼ならいつでも外へ出てひょいひょいと魔物がいる場所に行って腕試し出来そうなものなのに。
 
アールはバーチャル空間に現れた魔物を次々に倒しながら、考え事をした。
 
VRCではまだ出会ったことがない魔物とも戦える。自分の武器がどの魔物に有効でどこまで通用するかを確かめるにもうってつけだ。それに空中戦も体験が出来る。ただ、特殊な訓練となると値段が張る。
 
「わっ?!」
 
魔物の鋭い鉤爪が顔面目掛けて振り下ろされた瞬間、部屋が真っ赤に染まって虚空に《You Lose》と浮かび上がって消えた。
 
「私死んじゃった……」
 
再開まで3分間の休憩が入り、そのカウントダウンが虚空に浮かび上がる。待たずに再開することも可能だが、アールはその場に座り込んで息を整えた。
 
「…………」
 
余裕は隙を作る。誰かが言っていた。車を運転するのは慣れてきた頃が危ないと。誰だっけ。友達? 家族? 雪斗……? テレビかな。思い出せない。
 
思い出せない。
 
「…………」
 アールの表情が険しくなった。
 
「え……なんで? ちょっとまって……」
 
 思い出せない。
 
 思 い 出 せ な い 。
 
 
──久美の顔が、思い浮かばない。
 
━━━━━━━━━━━
 
ルイはシドが眠っている病室にいた。椅子に座り、アールから来ていた2通のメールを読んだ。VRCへはヴァイスも一緒だと知って少し安心した。訪れたことのない町だと心配になる。そしてVRCへの会員登録については知らなかったため、ノートパソコンを開いてすぐに調べた。2ヶ月前から導入されたらしい。一度登録すれば全てのVRC施設での受け付けや予約が楽になる他、ポイント制で割引サービスまでついているのに会員登録は無料だ。恐らくリピーターを増やすためと、受け付けなどを簡単にして人件費などのコストパフォーマンスを減らすためと思われる。
登録はインターネットからも出来るようで、早速全員分の会員登録を行おうと思ったが、会員カードを受け取る住所が必要だった。カードが出来上がるのは登録してから一週間前後かかるらしい。
 
「困りましたね」
 と、呟くルイに、ベッドを挟んだ向かい側に座ってピコピコゲームをしていたカイが顔を上げた。
「どったの?」
「いえ、VRCの会員登録をしたいのですが、カードを作っても送ってもらう場所がなく」
「俺たちの第二の家でいいじゃん。時間があるときに立ち寄って……あ、アールん家は? おばちゃんに預かってもらってさ」
「ご迷惑でしょうし」
「カード届くだけだよ?」
「アールさんの分はいいとして、僕らのは? 特にヴァイスさんは」
「みんなバラバラじゃないとダメなのー?」
 と、面倒くさそうに言う。
「全員同じ住所にしても問題はないとは思うのですが……なにか確認の連絡は来そうですよね。なるべく早く会員カードを受け取りたいので」
「あー、一緒に旅をしている者ですって説明して『証明するものはございますか?』なーんて言われたら面倒くさいねぇ……」
「まぁ外から来たVRCの利用者は多いでしょうから、登録した住所と受け取り場所が違ってもそこまで詮索することはないとは思うのですが」
「モーメルさん家は?」
「モーメルさんの家は住所がないのですよ」
「そうなの?! お手紙書きたいときどうすんのさ!」
「ない、と言っても、あるにはあるのです。同業者の方々だけ知っている住所ですが」
「あぁ、なるほど。じゃあもうゼフィル城で」
「それこそ連絡が来そうです」
「めんどっちー」
 と、カイはゲームを再開した。
「ヴァイスさんに頼みましょうか」
「ヴァイスん?」
「VRCに直接足を運んで会員登録すればその日のうちにカードが……あ、でもそうなると今度は身分証明書が必要になりますね。その場にいない人の分も作るとなると……」
「もう行っておいでよVRCにぃ」
「どっちにしても本人が行かなければならないかもしれませんね」
「えーめんどっちー…」
「アールさんとヴァイスさんには帰りにでも会員登録をしてもらうように
メールしておきましょう。僕たちはまたVRCに寄った時にでも」
「シドのは?」
「シドさんのは……」
 と、シドを見遣った。
「ネットで登録して、実家に届くようにしておきましょうか」
「てかさぁ、ネットで登録するときは身分証明書いらないの? おかしくない?」
「ネットで登録した場合は、VRCに行ったときに一度会員登録カードと身分証明カードを出す必要があります」
「結局いるんじゃん」
 
ルイは家に帰ったヒラリーに、VRCへの会員登録をしてもいいか確認のメールを送った。
カイはゲームを止めて大きく背伸びをした。ずっと座っているのも楽じゃない。立ち上がり、窓の外を見遣った。空は曇っている。
 
「俺さぁ、時々妄想することがあるんだ」
「えぇ、それは知っています」
 と、ルイ。
「内容を聞いてよ」
 ムッとして振り返った。
「どのような妄想でしょうか」
「アールは別の世界からこっちに来たんじゃん? 別の世界への扉を開けるのは誰にでも出来ることじゃないみたいだけど、もしもこの先もっと魔術が進歩して、もっと簡単に扉を開けて行き来できるようになったらっていう妄想」
「魔術の進歩……ですか」
 ルイは複雑そうに呟いた。
「俺はねぇ、アールの婚約者に会ってみたい」
「…………」
「どんな男なのか、俺よりかっこいいのかどうか見てみたい」
「…………」
 ルイは、アールの携帯電話に“雪斗”と書かれたフォルダがあったことを思い出した。読み方は“ゆきと”でいいのだろうか。
「ユキト」
 と、カイが呟いたため、どきりとした。カイも同じことを考えていたようだ。
「あれ、婚約者の名前かなぁ」
「……えぇ、きっと」
「ユキトって読むんだよねぇ? ……なんか、フォルダの中の写真見たかったけど見れなかったなぁ。簡単に見ちゃいけない気がした」
「…………」
「アールにとってあのユキトって人は今でも大切な人なのかなぁ。大切だからあんまり話さないのかな。だって婚約者の名前、アールの口から聞いたことなかったし」
「えぇ……」
「なんでだろ。普通は自慢するもんじゃないの? 彼氏自慢」
「思い出すのが、辛いのでしょう。いくら思い出しても会えないのですから」
 
カイは窓の外を見やり、今にも降り出しそうな空を見上げた。
 
「俺、一回だけそのユキト? かもしれない人の写真見てるんだ」
「え……?」
「アールを連れてはじめてルヴィエールに立ち寄った日。アールから金色の穴の開いた5ミルコイン貰ったとき。あの時財布見せてもらっててさ、中に細長いカードが入ってて、なんだろーと思ってみたら小さい写真が連なってるやつだった。そこにアールっぽい女の子と、同い年くらいの男が写ってたんだ」
 それは、アールが雪斗と撮ったプリクラだった。
「その男性が……?」
「多分ね。アールっぽいって思ったのは、別人に見えたから。もしかしたら違うのかも。でもアールっぽかったからやっぱアールかなぁ。アールだったら隣にいたのは……ユキトだと思うよ。なんかハートマークあったし」
「ハートマーク……」
「んー、なんだろう、ちいさい写真にらくがきしてたのかなぁ、手書きみたいな日付書いてあった気がするし、スタンプみたいなハートがあった。でも残念ながらどんな顔だったのかは覚えてない。あのときアールが慌ててその写真奪ったから」
 
なんとなく、そのときのことを思い出す。その場にルイもシドもいた。カイがアールの財布を見せてもらっていたのは覚えている。コインのことも、思い出す。
 
「女の子みたいだなぁって思った気がする。男の方を見て」
「中世的な方なのでしょうか」
「んー、わかんない。やっぱルイも気になるー?」
「それは……もちろん」
「だよねぇ。あと、ヴァイスんの婚約者も気になるぅー」
 

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