voice of mind - by ルイランノキ


 切望維持14…『共犯者』 ◆

 
ルイは病院に着くと、アールを先に病室へ行かせてから受け付けへ向かった。シドの担当医と話をして、不審者に気をつけるよう、そしてなにかあればすぐに連絡して欲しいという趣旨を伝えた。
 
病室ではカイがパイプ椅子を並べて眠っていたため座る椅子がなく、アールはシドが寝ているベッドに腰掛けた。シドの寝顔を眺め、彼の命を奪いに来るかもしれない組織を警戒した。
 
「シド、寝てばっかいたら筋肉落ちるよ……筋肉バカって、言えなくなるじゃない」
 
アールが座っているのはシドの腕がない左側だ。アールから見て右側になる。掛け布団の上からシドに触れ、目は覚めないけれどきちんと生きていることを感じた。
 
「やっぱり……残ろうかな」
 
シドの命がまだ危険に晒されているかもしれないのに、1週間しか待てないというのに、明日離れられるだろうか。氷の彫刻展示会、楽しめるだろうか。
 
そこに遅れてルイがやってきた。カイが椅子を独占しているのを見て、シキンチャク袋から二人分の椅子を出した。アールはその椅子に座り、ルイに訊いた。
 
「明日の話、どうなった?」
「ゼフィール国からシラコさんがいるペオーニア国へ向かう航空機が朝9時頃にあります。この街からゲートやバス等を使って空港へ向かうまでの時間を考えると大目に見て6時半には宿を出ましょう」
「そっか」
 今更断れる空気ではなかった。
「どうかしましたか?」
「ううん。シドが心配なだけ」
「一応、病院側に警戒を強めておくよう、お願いしておきました。なにかあったら連絡してもらうようにも」
「さすが。やっぱりルイは完璧だね。今朝、カイとも話してたんだ。ルイみたいな完璧な人はいないって」
 ルイは困ったように笑う。
「完璧な人間なんていませんよ」
「あ、そうだ!」
 と、アールは立ち上がると、カイのわき腹をくすぐって起こしにかかった。カイは体をよじって椅子から転げ落ちる。
「わぁ! いったーい! なにすんだよぉ!」
「ルイ、来たよ」
「ん?」
 と、体を起こしてルイを見遣った。
「それ伝えるためだけに起こしたの?!」
「違うでしょ。ルイに言うことあるでしょ。渡すもんあるでしょ」
「あ……はい」
 お金のことを思い出し、ポケットにしまっておいた茶封筒を取り出してルイに手渡した。
「これは……」
「使ってなかったので返します。すいません」
「え、でも……」
 と、棚にある本に目を向ける。
「あれはマルックから貰いました」
「…………」
 ルイはため息をひとつこぼし、お金を財布になおした。
「わかりました。返してくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
「その返し間違ってるから。ねこばばしようとしてたくせに」
「ごめんなさい」
「今後気をつけてくださいね」
「あい。」
 
アールは不審人物を警戒し、もう一度窓から外を観察した。あのビルの屋上に人影は無い。ルイはアールの隣に立って、どの辺りにいたのかを訊いた。確かにそのビルの周りには背の低い家屋が並び、人がいれば目立つ。見間違えるとは思えなかった。
 
「ふたりしてなに見てんの?」
 と、カイも窓際に立った。
 
アールとルイは顔を見合わせ、言葉に出さなくても思っていることは一緒だった。
 
「あのビルの屋上で……ひとりで踊っている人がいたとアールさんがおっしゃっていたので、なにをしていたのかなと」
 
不審者のことは言わないでおくことにした。余計な心配はかけたくない。もしもシドの命を狙っている人がいるかもしれないと知ったら、24時間、1週間以上、目が覚めるまで離れたくないと言い出しかねないからだ。
 
「なにそれはずかしー。その人もまさかここから見られてたとは思わないよねぇ。もういないの?」
「もういないよ」
 と、アール。
「そういえばアールなんでさっき飛び出してったの? その人見に行ってたの?」
「ううん。ルイの姿が見えたから迎えに行っただけ」
 と、咄嗟に言う。
「慌てて?」
「うん」
「なんで?」
 と、きょとんとする。
「なんででしょう」
 と、咄嗟にクイズ形式にした。
 
我ながらうまく逃げたと思う。理由が思いつかなかったのだ。こんなことならその踊っていた人を見に行ったと言えばよかった。
 
「えー、クイズぅ? ちょっと待ってね、カイ探偵がその謎を解いてみせましょう」
 と、食いついてくれたおかげでゆっくりと理由を考える時間が出来た。思いつかなくてもカイが言った答えを正解にすればいい。
「ルイの姿を見つけたアールは慌てて病室から出て迎えに行った……? ルイが迷子になっていたわけないし、1秒でも早く報告したいことがあった?」
「いい調子」
 と、適当に答える。
「アールさん、これ、スマイリーさんからです」
 と、ログ街で働いたときの報酬を差し出したが、アールは受け取らなかった。
「ルイが持ってて。旅の資金にでも。あまり働いて無いから大した額じゃないかもだけど」
「ですが、これはアールさんが働いて稼いだお金ですから」
「そうだけど、元々旅の資金になればと思って働いたから。私も役に立ちたいと思って。だからどうせ渡すつもりだったの」
「……わかりました。では、ありがたく受け取っておきますね」
「うん」
「わーかったぁ!」
 と、カイは手を上げた。
「お、謎は全て解けた?」
 と言いながら、申し訳ないと思う。
「アールの優しさがヒントだね」
「へ?」
「アールはルイの姿が見えて俺より先にルイに会う必要があった。なぜなら……アールはきっとルイにこう言ったんだ。『ルイ! カイのことだけど、ルイからもらったお金、ねこばばしようとしてたみたい。でも反省しているし、自分からちゃんと謝るみたいだから許してあげてくれない?』ってね」
「…………」
 自分をいい人に仕立ててくれてありがたいが……違うよと言おうとしたとき、先にルイが口を開いた。
「正解です。アールさんは僕に『私が先に話したこと、内緒ね』と言いました。だから知らないふりをして、カイさんからの謝罪とお金を受け取りました」
「ルイ……」
 と、アールは驚いた。
「やっぱりなぁー! アールってば優しい! ルイも!!」
 
ルイは笑顔を向け、アールに耳打ちをした。
 
「嘘をついた共犯者ですね」
 めずらしくいたずらげに笑うルイに、少しドキリとしたアールだった。
 

 

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