voice of mind - by ルイランノキ


 切望維持9…『お返事』

 
【アールさん、まだ電話中ですか? カイさんがお風呂から出ました。マルックさんは自室へ戻られましたよ】
 
ルイからのメールが届いたとき、とっくにコーヒーは飲み終えていてクッキーも食べ終えていた。ただダランとテーブルに伏せて何もしない時間を過ごしていた。それが心地よかったからだ。
 
アールはテーブルから顔を上げて部屋へ戻ると、ヴァイスの姿がなかった。
 
「ヴァイスは?」
「外の空気を吸ってくると、出て行かれましたよ。会いませんでしたか? 10分ほど前ですが」
「…………」
 テーブルに顔を伏せていたからか気がつかなかった。ヴァイスは私に気づいただろうか。
「カイはもう寝ちゃったの?」
 ベッドには既にカイが布団に潜っていた。
「精神的に疲れたこともありますし、お酒を飲んでいたので眠くなったのでしょう」
 ルイはそう言って、テレビが置いてある横長い棚の上にノートパソコンを置いた。
「しばらく確認していなかったので遅くなりましたが、スマイリーさんからお返事が来ていましたよ」
「ほんと?」
「えぇ。お給料は転送コインロッカーにてお渡しします、とのことです。連絡先の電話番号も書いてありましたし、この街にロッカーがありますので僕が代わりに連絡して受け取っておきましょうか」
「なにからなにまで任せるの悪いよ……でも転送コインロッカーの仕組みがまだいまいちわかんないからお願いします」
 と、アールは頭を下げた。
「大丈夫ですよ。じっとしているのは落ち着かないので、なにかやることがあると助かります」
「私とは正反対……」
「あ、それから、シェラさんからも」
「ほんと?!」
 と、パソコン画面を覗き込んだ。
 
《シェラです。お返事ありがとう。連絡がとれるなんて思ってなかったから、嬉しかった。
私の代わりにカモミールに行ってくれたのね。本当に本当にありがとう。
その言葉を聞いて、故郷に足を運ぶ勇気が出てきました。まだ少し不安は残るけれど、顔を出しに行こうかなと思います。
兄と会ったのね。兄の名前はディーンといいます。元気そうでよかった。
故郷に帰る楽しみが出来ました。アールちゃんと何を話したのか、聞いてくるね。
 
アールちゃん、また会いたいです。
お体に気をつけてね。
アールちゃんと、その愉快な仲間たちの旅のご無事を祈っております。
 
また連絡します。》
 
アールがシェラからのメッセージを読んでいる間、ルイは風呂場を覗いた。カイが入った後はどうもとっ散らかっている。桶や椅子を綺麗に配置しなおし、湯船に浸かっていたひよこのおもちゃを回収して、タオルもきちんと置かれているかの確認をした。
 
「アールさん、お風呂入られますか?」
「返事書きたい!」
「先にお返事を書きますか?」
「うん。あ、ルイ先に入っておいでよ。その間に私返事書いておくから」
「わかりました。では先に失礼しますね」
 
ルイが着替えを持ってお風呂場へ。アールは早速【返信】のところをクリックしたものの、パソコンは使い慣れていないため、キーボードではなかなかスムーズに文章が書けなかった。仕方なくシキンチャク袋からオレンジ色のノートを取り出し、あとでルイにパソコンから打ってもらうことにしてアナログで書き始めた。
 
《シェラ、お返事ありがとう! 私も連絡取れるとは思ってなかったから、嬉しかった! その後どうですか? カモミールにはもう帰ったのかな。お兄さん、ディーンさんっていうんだね。教えてくれてありがとう。》
 
「…………」
 ペンを走らせる手が止まる。
 
シェラは父親の真実を知っただろうか。
 
《なにかあったら、いつでも話聞きます。返事は遅いかもしれないけど。》
 
そう付け足してから、シドのことを話そうか迷った。シドとシェラは馬が合わなかった。でも、互いに強い印象は残っている者同士だとは思う。知らせるべきだろうか。知らされてもコメントに困るだろうか。無難に「はやく目が覚めるといいね」としか言えないのではないだろうか。気を遣わせてしまうかな。
でも、ほんの短い間だったけれど、数日間共に旅をした仲間だ。
 
《私の方は少し大変です。色々あって、シドが意識不明のまま入院中なの。でも、いつまでも寝てるような人じゃないはずだから、あんまり心配はしてない(笑)
きっとすぐにまたみんな揃って旅の再開が出来ると思う。一応報告。
 
私もまたシェラに会いたいです。
のんびりと、どこかでお茶できたらいいね。
それを楽しみにがんばろうかな。
私もまた連絡します。
 
あ、携帯電話を買う予定はないの?》
 
アールはペンを置いた。
ちょうどそのとき、外に出ていたヴァイスが帰ってきた。
 
「おかえり。今ルイがお風呂に入ってるけど、出たら入る?」
「おまえは?」
「私は後でいいよ、長いから」
「そうか」
 と、部屋の隅に座った。
「ベッド使う?」
「いや」
「さっき宿出てくとき、私いたの気づいた?」
「あぁ」
「そっか」
 
アールはルイがお風呂から上がるまでの暇つぶしに、レシピ本を取り出して見始めた。レシピ本を見るとなにか作りたくなる。
ルイは30分くらいで出てきた。入れ違いにヴァイスが風呂場に入ろうとして、ルイが言った。
 
「すみません、アールさんが入るのかと思い、お湯が少しぬるめです。足してください」
「あぁ」
 
濡れた髪をタオルで拭きながら、パソコンの横に置かれたノートに目を留めた。
 
「あ、それ打ってもらえる?」
 と、アールはルイに気づいて言った。「ごめんね」
「いいですよ」
 タオルを肩にかけ、ノートとパソコンを持ってベッドに移動した。
「ベッドをお借りしても?」
 この部屋にはテーブルと椅子がないのだ。
「うん、私のベッドじゃないし」
 と、笑う。
 
ルイがベッドに座って文章を打っている間、アールはカイが眠っているベッドとの間にランプが置かれている台があり、そこにドライヤーが置いてあることに気がついた。
 
「このドライヤーってここの?」
「えぇ」
 
コンセントに挿し、温風にしてルイの髪に当てた。
 
「……え?」
 突然の風に驚く。
「お礼に乾かして差し上げましょう」
 と、ルイの後ろからベッドに上がって髪を乾かし始めた。
 ルイは動揺し、手紙の文章を打っていた手が思わず止まってしまう。
「早く乾かさないと風邪ひくもんね」
「え、えぇ……」
 と、ノートに書かれている文章を目で読むが、記憶できないほど集中をそがれた。
「サラサラだね、うらやましい。シャンプーって同じのだよね?」
「同じですね……」
 ルイは気を取り直して再びパソコンに向かった。
 そんなルイの心情にまったく気づく様子もなく、アールは言った。
「弟がいたらこんな感じなのかなぁ」と。
「…………」
「でも弟のほうがしっかりしてるってどうなの? やっぱりルイは弟って感じじゃないかも。弟はカイかなぁ」
 
ルイの心臓がドクドク脈を打った。
 
「アールさん」
「ん?」
 と、一旦ドライヤーを止めた。まだ少し湿っている。
「……自分でやりますから、大丈夫です」
 ルイは振り向かずにそう言って、続きを打ち始めた。
 アールはルイのいつもと違う空気に気づき、ベッドを下りた。
「ごめん……」
 お節介なことをしてしまったと反省しながらドライヤーのコードを抜くと、慌てた様子でルイが振り返った。
「あ、嬉しいですよ! とても助かりますし……。ただ、申し訳ないので……」
 アールは驚いて、笑った。
「いいのに。私が勝手にやりたくなっただけだから。なんでだろうね、人の髪とか見てるといじりたくなるのは女性だけ? 子供の頃とか人形で遊んで髪の毛むすんだりとかしてたからかなぁ」
「そうかもしれませんね……」
「ヴァイスの髪とかさ……三つ編みしたくなることは内緒ね」
「はい」
 と、ルイに笑顔が戻る。
 

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