voice of mind - by ルイランノキ


 切望維持5…『モンスターバトル』

 
ニッキとイズルが二人で話をしている。
ルイはヴァイスに歩み寄って訊いた。
 
「アールさんはなぜ不機嫌なのでしょうか……」
「…………」
 
アールは彼らから離れたところで腕を組んで壁に寄りかかっている。その表情は明らかに不機嫌そうだった。
 
「なにかご存知ですか?」
「買った消臭スプレーの香りに、イズルがケチをつけた」
「なんてことを……」
「私も思わず笑ってしまった」
「ヴァイスさんがですか? ケチとはどのような……」
「トイレの芳香剤のようだと」
「…………」
「気にするなと言ったんだが……」
「ヴァイスさんも納得してしまったのですね」
 と、困りながら微笑んだ。
「すまない」
「少し話してきます」
 
事情を知り、アールのご機嫌を伺いに歩み寄ってきたルイに、アールは手を出して「近寄らないで」と言った。
 
「なぜです?」
「私臭いらしいから!」
 と、再び腕を組んで膨れっ面になる。
「…………」
 近づいて「いい香りですね」と言おうとしたが、先手を打たれてしまった。
「誰も、臭いだなんて言っていないのでは?」
「そうだけど……トイレの芳香剤ひっかけてるみたいだって!」
 ほんの少し話を膨張。
 
ルイはアールに近づき、ほんのり漂ってきたフリージアの香りに微笑んだ。
 
「いい香りがします」
「トイレの芳香剤だと思ってもそう言うしかないよね」
「アールさん……」
 と、困る。「本当にいい香りですよ?」
「しゃぼんの香りにしておけばよかった……」
「でしたら僕がそれを買いましょうか」
「そこまでしてくれなくていい……。テントーのにおいが染み付いてるよりはトイレのにおいのほうがいいし」
 
ルイがアールの機嫌を伺っている間、イズルはニッキに全てを話した。ニッキは笑ったが、バカにするような笑い方ではなかった。
 
「まったく、心配するだろうが!」
 と、イズルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ごめん……」
「お前の母ちゃんにはアールちゃんが知らせた。偶然一緒にいたらしい。家で待ってるってよ」
「うん……」
「元気ねぇな」
「情けないと思って。テントーを倒して母さんを驚かせてやろうって意気込んだはいいけど、結局、何も出来なかった」
「まぁここは魔物退治に慣れてる輩が多いから、我が先と突っ込んで行く。そこに入ってくのは俺でも難しい」
 と、苦笑した。
「なぁニッキさん」
「ん?」
「今度のモンスターバトル、トーナメントに俺も参加したいんだけど」
「参加って……魔物を捕まえるってことか」
「うん」
「一人で捕まえるのが条件だからなぁ……。とはいえ、そんなルール守っている奴はいないだろうが」
「強い魔物を捕まえることが出来たら、母さんも少しは見直してくれると思うんだ。少しは外に出て行くのも安心してくれると思うんだよ」
「仕留めるのと捕まえるのとでは勝手が違う。強い魔物ほど一筋縄ではいかねぇぞ」
「わかってる。でも挑戦したい。無理はしないから。お願い。お願いします」
 と、イズルは頭を下げた。
「そこまで言うなら一応参加手続きをしてきてやる。ただし、捕まえに行くときは俺が一緒だ。いいな?」
「わかった。ありがとう」
「とにかく今日はもう帰れ。母ちゃんが心配しているから」
「うん。じゃあまた連絡して」
「わかったよ」
 
イズルはニッキに手を振って、家路へ急いだ。
時刻は午後5時過ぎ。イズルが去っていくのを見たアールとルイはニッキに歩み寄った。
 
「トーナメントに出たいと言われたよ」
 と、ニッキは困ったように言った。
「トーナメント?」
 と、アール。
「近々モンスターバトルがあってね。それに参加したいって言うんだ。参加者は魔物を生きたまま捕まえて闘技場へ連れて行く。そして戦わせるわけだ。参加者の賞金は500万ミル。観戦者としても賞金を手に入れることが出来る。当日にはもう戦う魔物が決まっていて掲示板に張り出されるから、どいつにいくら賭けるかを決めて専用の紙に書いて提出しておけばいい。ただし、観戦できる条件も当日に決まる。時には50人も集まらなかったこともあったよ。たしかそのときは80歳以上の男限定だったかな」
「面白いですね」
 と、ルイ。
「観戦者を絞ることで賞金額をコントロールしてるって噂さ。数千万も掛け金があった次の会では観戦対象者が10代までだったからね。10代って言ったら大した掛け金出せないし、魔物を見極める目も持ってない」
「トーナメントへの参加者の条件は?」
「それは特に無い。参加手続きをして、期限内に魔物を連れて来れる者なら誰でも。参加する魔物の数によって勝敗の判定基準が変わる。ちなみに参加手続きをするには一人15,000ミルだ」
「結構とりますね。魔物を捕まえるのは大変では?」
「手続きをしたものの、魔物を連れて来れずに不参加になる者も多い。金は返ってこないよ」
「イズルさんは大丈夫でしょうか。心配ですね」
「まぁな。だから俺がついて行くことにしたんだが……どうなることか」
「ニッキさんは参加されないのですか?」
「俺は観戦者として参加する予定だ。実は今回のイベントでは賞金だけじゃなく、グレフィティソードという剣も手に入るという噂だ。飲み屋で関係者がコソコソ話しているのを聞いた。イズルは知らないが、あいつの親父が愛用していた武器がグレフィティソードだったんだ。それで、手に入ったらプレゼントしてやりたいと思ってな。話によれば優勝したモンスターを当てた観戦者への景品らしいから」
「優しいのですね」
「あいつの親父代わり……と俺は思っているからな」
 と、ニッキは笑った。
 
ルイの携帯電話が鳴る。
 
「カイさんからですね」
「じゃあ俺は帰ることにするよ。店閉めたままだしな。色々すまなかったな、今後改めて礼をするよ」
 と、ニッキ。
「いえ、お構いなく。お役に立ててよかったです」
「じゃあな」
 ニッキは軽く手を上げて、店に戻っていった。
 ルイはカイからの電話に出た。
「──はい。どうかしましたか?」
『ビックリだよ! 今すぐ帰ってきて!!』
 と、カイはだいぶ興奮しているようだ。
「なにがあったのです?」
『あのねっ!』
 と、カイが言いかけたところで電話の向こうから女性の声がした。
『お電話は病院の外でお願いします!』
『あ、はい……怒られたからすぐ帰ってきて!』
 と、電話が切れた。
「……なんて?」
 電話の様子を気にかけたアールが訊く。
「わかりません……。慌てた様子で、早く帰って来てとのことです」
 と、携帯電話をしまう。
「なにかあったのかな……シドの目が覚めた、とか?」
「…………」
 3人は顔を見合わせた。
「とにかく急いで病院へ戻りましょう」
 

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