voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙17…『動揺』

 
「ヴァイス」
 と、台所で氷を用意していたヴァイスに、アールが声をかけた。
「寝ていなくて平気なのか?」
「寝てたいけどさっきエイミーから電話が来たの。今から2時間だけなら空きがあるって。電話で話そうと思ったんだけど、見て欲しいものがあるっていうから会いに行ってくる」
「一人で行くのか?」
「…………」
 一人で行きたいところだが、なんだかついていないことばかり起きる。
「……一緒に来てくれる?」
「あぁ」
 
留守番はスーに任せ、二人はエイミーが待っている店へ向かった。
エイミーは映画の撮影でアシュク街というところに来ており、ルヴィエールの次に大きな街だ。しかしそこで会うとなると彼女が来ていることを聞きつけたファンが多くトラブルになることも考えて今はデリカ町というところに移動して待っている。デリカ町には隣のリトナ街から列車で移動することになる。
 
「何番乗り場とかわかるかなぁ……」
 と、大きなホームまでやって来たアールはまず切符売り場を探そうと思ったが、人が多くて2メートル先も見えない。
「こっちだ」
 ヴァイスが切符売り場を発見し、アールの手首を掴んで人ごみを掻き分けた。
「えーっと……デリカ町ってところだから……おとな一人600ミル」
 と、財布を出そうとするとここでもヴァイスが二人分の料金を払った。
「ごめんね後で渡す。何番乗り場かわかる? あと時間も……」
 切符を落とさないようにとズボンのポケットの奥のほうに押しやった。
「13番乗り場。あと6分で来る」
「13番? ここ5番……遠い?」
「…………」
 ヴァイスは再びアールの手首を掴んで、場所を移動した。
 
アールはヴァイスに手を引かれながら、これはヴァイスに従ったほうがいいなと思った。ヴァイスが前を歩いてくれているおかげであまり人とぶつかることはなかったが、ヴァイスの踵を蹴ってしまわないようにと下を向いて歩いた。
 
「間に合いそうに無いな」
 と、ヴァイスは言ったが、アールは不思議と心配はしなかった。
 
リトナ街とデリカ町を行き来するだけだと思っていた列車のホームに人がごった返している。切符売り場で行き先を指定する際にデリカ以外の行き先が10以上あることに気がついた。
 
列車が発車する音が響いた。列車のドアが閉まり、人をぎゅうぎゅうに詰め込んだ列車がアール達の横を通り過ぎていく。結局間に合わなかった。
 
「すまない」
「ヴァイスのせいじゃないよ。ていうか私ひとりだったら絶対たどり着けない……。次は何分だろう」
「20分は待つようだ」
「エイミーさんに連絡しておく」
 
アールはエイミーに電話を掛け、少し遅れることを伝えた。
 
「他の街にも繋がってるんだね、こんなに人が多いとは思わなかった」
 アールがそう言うと、たまたま隣にいた14才くらいの少年が「行き先はデリカだけだよ」と言った。そしてこう説明した。
「デリカには沢山のゲートボックスがあるんだ。普通、それぞれの街にはひとつしかゲートボックスがないし、そこから行ける場所は距離が決まっていて、あまり遠くまでは行けないんだけど、デリカ町にある複数のデートは遠い場所や街の外に設置されているゲートにまで運んでくれるからそのゲートボックスの利用者が多いんだ」
「詳しいね……」
「運び屋だからね。よく利用するんだ」
 と、少年は自分の足元を見遣った。足の間に大きなボストンバッグを挟むようにして置いている。
「若いのに……」
「別に金が必要だからってわけじゃないけどね。俺勉強が嫌いなんだ。学校に行くより働きたいと思って」
「そうなんだ。詳しく教えてくれてありがとう」
 と、笑顔を向けた。
「ちなみに、列車のチケットを買ったと思うけど、ゲートの利用を目的にデリカ町まで行く人は、デリカ町から向かう目的の場所までの料金をここで支払ってチケットにして持っていくんだ。デリカ町はそんなに広くない町だから、ここのホームみたいに人がごった返すと住人たちがいい顔をしないからね。チケットさえあれば手続きに手こずることなくすぐに人が流れていくようにしてるんだ」
「なるほど……」
「デリカ町から出て行くゲートは沢山あるけど、そのデリカ町に入るゲートはないんだ。だからこんなに人が押し寄せてる。それと一応、ここでゲートのチケットを買わなくてもデリカ町でも買えるよ。ただ、向こうで買うと結構高いんだ。だからみんなここで買ってく」
「さっき、町の外にあるゲートって言ってたけど、それは何の為のゲートなの?」
「いろんな職種の人がいるからね。生態系を調べるために外へ出て行く人に会ったことがあるよ。あとトレジャーハンターもね。一番多いのは魔物狩りをして生計を立てている人かな」
 
この辺のことに詳しい少年の話を聞いていると時間があっという間に過ぎていった。
 
「あ、でも、全員デリカ町行きなんだよね? そこからゲートでいろんなところへ行くんでしょ? なんで沢山ホームがあるの?」
「向かう町は同じだけど、停車する場所と通過する道が違うんだ」
「なるほど……」
 
──と、そこに電車がやって来た。ホームで電車を待っていた人たちがおしくらまんじゅうをしながら我が先と電車に乗っていく。
 
「じゃあ気をつけてね!」
 アールは少年に別れを告げて人の流れに乗って電車内へ。
 
背の低いアールが背の高いヴァイスを見失うことはほとんどないが、ヴァイスはすぐに人ごみに埋もれるアールを見失いそうになる。既にヴァイスとアールの間には人がいて互いの姿が見えづらい。ヴァイスは人の間からアールに向かって手を差し出すと、電車はまだ発車していないのにもう人に酔いかけていたアールが革手袋をしているその手を掴んだ。
ヴァイスは少し強引にアールを胸に抱き寄せた。
 
電車が動き出し、ヴァイスは左腕でアールを支えながら右手でつり革を掴んだ。
クーラーが効いているのかもわからないほど人が多く蒸し暑い。アールはヴァイスの胸に埋もれながら身動きが取れなくなっていた。人に押しつぶされていることもあるが、心臓がバクバクと脈打ち、酷く動揺していた。硬直して暑さからなのか顔が火照ってゆく。
 
ヴァイスは1秒でも早く街につくことを願った。背の高い自分でさえこれだけ息苦しいのだから、彼女は尚更だろう。せめて窓際に移動できればいいが、それも出来ない。
 
「大丈夫か?」
 ヴァイスの低い声に、アールの心臓が飛び跳ねた。
「だい……大丈夫」
 

早く街に着かないかなと思った。
あの時 ヴァイスを異性として意識したのは事実だけれど
あの状況なら誰でもそうだよねって思ったんだ。
 
新婚さんで旦那さんがいるミシェルでも、年配のモーメルさんでさえも、こんな風に守ってもらえたら“男らしさ”を感じるだろうし。
 
だから私は何度も思ったんだ。
少女マンガみたいな展開だなって。
これが少女マンガなら女の子は惚れるんだろうなって。
少女マンガの主人公ならねって。
 
でも
私の心をかき乱した原因は他にもあった。

こんな状況なんだからどきどきしてしまうのも仕方が無いと思いながらも
たった一度も思い出さなかったことだ。

雪斗のことを。

 
「何分くらいで着くのかな……」
「それはわかりかねる」
「だよね……」
 

少女マンガのような展開に思わず彼氏以外の人にどきどきしてしまって悪いなって、
それさえも思わなかったことだ。
 
私はこう解釈したの。
 
好きじゃないから悪いなとも思わなかったのだと。
誰だってこの状況ならどきどきしてしまうはずだから仕方が無いのだと。
 
だからうしろめるようなこともないから
雪斗の顔すらも浮かばなかったんだと。
 
 
自分に言い聞かせた。

 
「そろそろ着くようだ」
「…………」
 

君に初めて抱きしめられたときのことを思い出す。
 
心臓が壊れてしまうんじゃないかってくらいバクバクして、ゆでだこみたいに顔が火照って、君にのぼせそうになった。
恋愛での幸せというものを、そのとき初めて知ったの。
ずっと片思いで、ずっと遠くから見ていた君の目に私だけが映る日が来るなんて思ってもみなかったし、私だけを見てくれる君が目の前にいて、私をその腕で、その胸で抱きしめてくれている。とろけそうになるほど幸せだった。
   
君はどんな気持ちだった?
私と同じようにドキドキしてくれていたのかな。

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