voice of mind - by ルイランノキ


 身辺多忙2…『報告』

 
『だからもう……三部隊は無くなったも同然だ』
 
電話の向こう側から、憔悴しきったジャックの声が聞こえた。
 
「そう」
 と、短く答えたのはローザだった。携帯電話を片手に窓から外を見遣り、朝から降り続けている雨がコンクリートをぬらしているのを眺めた。
『そんでシドも……』
「シド? ……シドも死んだの?」
『……いや、まだわかんねぇ。ただ、腕吹っ飛ばされてすげー血が流れてた。ルイが治療魔法を使ったがケガがデカすぎて歯が立たねぇみてぇで……移送魔法でどっか連れてった。その後どうなったのか俺にはわかんねぇ。もしかしたら助からないかもしれねんだ……』
「まだわからないってことね。憶測でものを言うのやめてもらえる? はっきりしていることだけ報告して頂戴」
『…………』
「聞いてるの?」
『なんで俺……生きてんだろう』
「…………」
『なんでまだ生かされてるんだ……?』
「私に訊かれても困るわ。でも、今の話を聞く限りでは確かなことがひとつ」
『なんだ……?』
「シドもベンも組織からいなくなったのなら、グロリアに今、一番近いのはあなたよ」
『…………』
「まだ利用価値があるかもしれない、と思っているのかもしれないわね」
『…………』
「私としても、あなたに死なれては困るわ。せっかく塔の場所を突き止めたのに、肝心な報告はまだだもの。一人ででも探しなさいよ。その大剣?ってやつ」
『…………』
「聞いてるの?」
 と、返答がないため、ローザは液晶画面を見遣った。通話中になっている。
『……やれるだけのことはやるさ』
「まぁ、そのシドって人の安否もわかったら報告して」
『…………』
「ねぇ、その無言になるのやめてもらえる? こっち雨が降ってるから雨音で聞こえないのかと思うじゃない」
『雨? 随分離れたところにいるんだな……』
 ジャックがいる場所は雨雲ひとつ無く晴れている。
「とにかくあなたは報告係としてきちんと役目を果たして」
『わかったよ……』
 
ローザは電話を切ると、深いため息をついた。
 
「苛立っているようだな」
 店内のテーブルの席に座っている男が言った。
「マッティ、聞いてよ。シドがベンを殺したそうよ」
「ほう。敵討ちか」
「そんなところね。──で、ジョーカーは行方をくらまして、シドは重態」
「重態?」
「…………」
 ローザはマッティの横に移動すると、顔を近づけていった。
「組織がシドを消そうとしたの。でも、逃れた」
「どういうことだ」
「仲間のカイが属印のあるシドの腕をぶった斬ったのよ。身体から斬り落とされた腕だけが木っ端微塵にぶっとんだ」
「……そりゃ面白い」
「…………」
 ローザはテーブルを挟んでマッティの向かい側に座った。
「どうした」
「別に」
「シドは生きているんだろう?」
「確かに組織からは逃げられたみたいだけど、生死は不明」
「…………」
「それに組織は属印から逃れたシドをこのまま放っておくと思う?」
「どうだろうな」
 と、マッティは腕を組んで背もたれに寄りかかった。
「わざわざシドだけを殺しに出てくるとは思えないけどね。殺すなら、仲間も一緒に、でしょ」
「どうだろうな」
 
ローザは窓ガラスに打ち付ける雨音を聞きながら、物思いにふけった。店内では優雅なクラシックが流れている。
 
「いつも思うんだけどここって貸切なの?」
「いや」
 と、笑い、煙草に火をつけた。「予約制だ」
「そんなんでやっていけるの?」
「俺が貢いでる。それにコーヒー豆のネット通販もしているらしいからな」
「ここのコーヒーって美味しいの?」
「飲んでみりゃわかる」
 
ローザは店員を呼び、メニューに《当店おすすめ》と書かれているマンジャマウンテンというホットコーヒーをブラックで頼んだ。
  
「その煙草は美味しいのかしら」
「…………」
 マッティは黙ったまま、ノートパソコンを開いた。
「吸ってみりゃわかるって言わないのね」
「体に毒だからな」
「そのわりには美味しそうに吸うのね」
 と、笑うローザの携帯電話が鳴った。
 
ローザは電話の相手の名前を確認し、表情を曇らせた。その表情の変化をマッティは見逃さなかった。
ローザは電話に出ると「すぐに行くわ」とだけ言って電話を切った。マッティはパソコンに目を向け、煙草を吹かしながら訊く。
 
「誰からだ」
「お偉いさん」
「…………」
「行ってくるわね」
「…………」
 
ローザはテーブルに身を乗り出し、マッティの顔を見遣った。
 
「なんだ」
「行くなって言わないのね」
「行かなきゃ殺される」
「あら、死なれちゃ困る?」
 と、背を向けた。
「困るよ」
「…………」
「理由は訊くな」
「……はいはい、それが答えね。いい意味で捉えておくわ」
 
ローザは笑いながらそう言って、雨の中、店を後にした。
 
「これはどうなさいますか」
 と、男性店員がホットコーヒーを運んできた。
「……俺が頂こう」
 と、煙草を消す。
「ブラックですが」
「…………」
「いつもお会いになっている女性のことですが、余計なお世話かもしれませんが──」
「そう思うなら言うな」
「捕まえておかないと逃げられますよ」
「…………」
 マッティは店員を見上げ、苦笑した。
「確かに余計なお世話だな」
「私は過去に何度も逃げられたもので」
「ははは、気を付けておくよ。ご忠告どうも」
 店員は頭を下げ、カウンターへと戻っていった。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -