voice of mind - by ルイランノキ


 声涙倶に下る22…『助けて』

 
「だれかっ……誰かシドを助けてッ!!!!」
 
アールの助けを求める声が響き渡った。
 
ルイは何者かに突き飛ばされ、バランスを崩した。ルイにぶつかったのはカイだった。
カイの手にはアールの剣が握られていた。
カイは両手で握った剣を振り上げながら、幼少期を思い出していた。
 
シドのように刀を使えるようになりたかった。
どんなにシドが手取り足取り教えてくれても、自分には向いていなかった。
結局、シドのようにはなれなかった。
 
「カイ……」
 
シドはカイを見据え、属印に触れていた手を離した。
 
カイが振るった剣によって斬り落とされたシドの腕が血しぶきと共に宙を舞う。ルイはロッドを握ってシドを結界で囲んだ。
斬り落とされたシドの腕は木っ端微塵に爆発し、その肉片や血液はアールの顔にも吹きかかった。
 
秒で過ぎた音のない時間。目に映るものすべてがスローに見えた。
ルイがなにかを叫びながら必死な形相でシドに走り寄って、シドは大きく口を開けて苦しそうに叫んでいるようだった。
ルイがシドに手を貸しながら誰かに電話をかけていて、その手はシドの血で赤く染まっていて、なにか魔法を使ったけれど困惑して慌てているようで、ドクドクと大量の血を流しているシドの体を引きずるようにして石段のほうに連れて行って、
 
ヴァイスに向かってなにか言ったような気がした。
 
アールが自分の荒い呼吸音に気づいたとき、視界の中にはシドの姿もルイの姿もなく、カイが膝を突いて地面に蹲って泣いていた。次第に周囲の音が戻って来て、カイのすすり泣く声を聞きながらなにをしているんだろうと小首を傾げた。
頭が追い付いていないのに、心臓はバクバクと音を立てていた。
辺り一面に散らばっている肉片と血溜り、そして、カイの横に落ちている血まみれの自分の武器を見て、漸くことの流れを理解した。
 
アールが不安げに後ろを振り返ると、ヴァイスがアールの横に腰を下ろし、肩に手を置いた。
 
「シドは、ルイが病院へ連れて行った」
「…………」
 強張り、言葉が出ないアールに、ヴァイスはこう続けた。
「助かるかどうかはわからない。連絡するとのことだ」
 そして、カイのほうに目をやった。「側にいてやれ」
 
ヴァイスの肩にいたスーも、悲しそうにアールを見遣った。
 
アールはなかなか力の入らない体をなんとか立ち上がらせ、カイに歩み寄った。カイは泣きながら小刻みに震えていた。
 
「カイ……」
 アールはカイの横で膝を突いて、両腕で抱きしめた。
「俺っ……俺ッ……シドの……」
「うん」
「シドの腕ッ……」
「助けてくれたんでしょ。カイは」
「助けたかった……咄嗟に……気づいたら体が動いてたんだ……」
「うん……」
「助けたかったんだ……」
「大丈夫。きっと大丈夫」
「どうしよう……シドが死んだら……」
「死なないよ」
 アールはカイを強く抱きしめた。
「カイはシドを助けてくれた。組織に殺されるところを助けてくれた。そうでしょ……?」
 
シオンを殺してしまった。けれどカイは、シオンを助けてくれたと言ってくれた。
 
「ありがとう、シドを助けてくれて。ありがとう……」
 
ヴァイスはふたりを見守っていた。そして、崖の下で呆然と腰を下ろしているジャックを見遣り、歩み寄った。
 
「お前は殺されないようだな」
「……し、シドの奴は大丈夫なのか?」
 と、青ざめる。
「……さぁな。連絡を待っている」
「お、お、お、俺も……俺も吹っ飛ぶのか……?」
 と、属印がある腰に手を当てた。
「…………」
「なんで俺はまだ生かされてるんだ……?」
「私に訊くな」
 
シドは生きている。今はまだ。
組織によって殺されるところを、カイが助けた。
 
「腰を斬りおとすわけにゃいかねぇよな……」
 と、ジャックは苦笑した。属印は腰にある。
「……怖いか」
「あたりめぇだ……」
「…………」
 
今、消されてもおかしくはなかった。三部隊は無くなった。ジョーカーがどこへ身を隠したのかはわからないが、ベンは死に、シドは組織から身を引いたと言える。ジョーカーと自分だけでは三部隊は成り立たないだろう。
 
「俺は……なんでまだ生きてるんだ……」
 ジャックは死への恐怖に怯え、頭を抱えた。
 
ヴァイスはアールを見遣った。アールはずっとカイに付き添っている。
そして、巨大なアリアンの塔を見上げた。中へ入れるのは、まだ先だろう。
 

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