voice of mind - by ルイランノキ


 声涙倶に下る4…『別世界』

 
黒ずくめの男たちが円陣を組んでいた。
その中央では奈落の底を思わせる黒い渦がうごめき、男たちがスペルを唱え終えると渦の底から吐き出されるように人間のような赤黒い物体が放り出された。黒い渦は消え去り、地面に横たえている物体に向かって男たちは一斉に武器を構えた。
 
「意識はあるか?」
 
一人が声を掛けると、赤黒い物体はゆらりと体を起こし、立ち上がろうとする。男たちはよりいっそう警戒を向ける。
 
「答えろ」
 
ガクガクと気味の悪い動きをしたかと思うと、垂れていた頭を突然振り上げた。その頭はそのまま首の後ろまでへし折れ、男たちに向かって人間とは思えない獣のような咆哮を上げて飛び掛ってきた。けれども危害を加える前に一斉に取り押さえられ、心臓を貫かれた。しばらく死に掛けのムカデのようにじたばたと体をくねらせながら唸っていたが、次第に動きが鈍くなり、動かなくなった。
 
「欠片を探せ」
 
一人が指示を出すと、一斉に周囲を見回した。
 
「やはり化け物化したか」
 
一人の男がそう言って動かなくなった化け物を足で蹴ると、小さなガラスの破片が体の中からぬるりと落ちた。
 
「あったぞ」
 男はそれを拾い上げた。
「魔力がずば抜けて高かった彼でさえああなってしまう……。このままじゃ第一部隊からどんどん要員がいなくなってしまう」
 もう一人の男が化け物と化した仲間の死体を見ながらそう言った。
「魔力がずば抜けて高かった彼だからこそこうして自分の身を犠牲にしてシュバルツ様のアーム玉を持ち帰ってくれたのだ。お前が行っていたら、死んで還って来ることもなかっただろう」
「そうだが……」
「次に行くべき場所はもう決まっている。ノワル様の魔力が戻るまでに次の犠牲者を探しておけ」
「あぁ……」
「後始末もお前に頼む」
 
円陣を組んでいた男たちはひとりの男を残してその場を後にした。
残された男は化け物の死体に近づくと、両手を翳し、その死体をどこかへ移動させた。
 
「ご苦労様ね」
 突然の女の声に振り返る。
「誰だ……」
「同じ部隊の人間だけど、やっぱり知らないのね」
 と、女は二の腕の属印を見せた。男の前に現れたのはローザだった。
「女は知らん」
「そう、残念」
「それで俺になんか用か」
「ううん、あなたじゃなくて、化け物として帰ってきた彼におかえりって言いたかっただけよ」
「……そうか。あいつの女か」
「彼ってば、なにも教えてくれなかったのよ。重要な任務を任されたって言っただけ。大丈夫なんでしょうねって言ったら、必ず無事に戻ってくるから待っててくれって」
「…………」
「海外にでも飛ばされたのかと思ったけど……違うようね」
 ローザはそう言いながら、男の横に立ち、足元を見遣った。赤黒い血の跡が残っている。
「お気の毒だったな」
「深刻な顔をしていたから、ただ事じゃないと思ってつけて来たらこの有様よ。ねぇ」
 ローザは男を見上げた。「彼に何をしたの」
「…………」
 男は少しの間ローザと見つめ合った後、気まずそうに目をそらした。
「俺だって止めたかったんだ。けどこれは誰にでも出来る任務じゃない。キムイは選ばれたんだ。彼もそれを誇りに思っていた」
「回りくどい言い方はやめて。知る権利、私にもあるわよね?」
「悪いが……極秘任務だ」
「特殊なアーム玉。シュバルツ様がお作りになられたアーム玉を集めているのよね」
「知っているのか……」
 と、男は目をまるくした。
「彼はどこに行っていたのよ……どこまで探しに行っていたのよ……」
 消え入りそうな声でそう言ったローザは、両手で顔を覆いながらその場に泣き崩れた。
 
男は困惑して少しの間考えた。恋人の元へ帰れなかったキムイを思い、口を開いた。
 
「別世界だ……」
「……え?」
「シュバルツ様がご自身のアーム玉をバラバラにしてありとあらゆる場所に隠した。その場所はこの世界の中だけではないんだ」
「別世界って……そんなこと……」
「ノワル様なら可能だ」
「ノワル様……」
「とにかく、キムイは死んでしまったが、任務を果たした。化け物になっても、アーム玉の欠片は持ち帰った。誇りに思う……だからあんたも──」
「どうして化け物化したの……」
 ローザは下を向いたままそう訊いた。
「俺にも詳しいことは知らない。別世界への扉を開けるなんてこと出来ないしな。ただ、俺が聞いたのは……普通の人間じゃ別世界との狭間で死んでしまうらしいんだ」
「狭間……?」
「肉体が耐え切れないとかなんとか。別世界との狭間には茫々たる魔力が充満して、その空間に入り込んだ途端に肉体はバラバラになる。キムイのように生まれつき強い魔力を持った奴はかろうじて人間としての……いや、生き物としての姿を保っていたが……まぁ、結果は見たんだろう?」
「そう……そうだったの……」
「まぁ、あんたも誇りに思ってやってくれよ……辛いだろうが……」
「えぇ……ありがとう……」
 そう答えたローザの目からは涙一滴たりとも落ちてはいなかった。
 
化け物として戻ってきた男の名前がキムイだとはじめて知ったくらいだ。勿論、言葉を交わしたことも無い。危険な賭けだった。
 
「俺が話したこと、誰にも言わないでくれよな……」
「わかってるわ……」
 ローザは立ち上がり、涙を拭くふりをした。
 
ローザはその場を離れたあと、一番近くの街へ移動してから携帯電話を取り出し、第一部隊から聞いた話を喫茶店《花の種》で待っているマッティに伝えた。
 
『別世界への扉を開けることが出来る人物が他にもいたってことか……』
 と、電話に出たマッティは呟くように言った。
「そういうことになるわね」
『それにしても、また危険な賭けをしたな。化け物になった男の恋人だと?』
「あの男が勝手に勘違いしたのよ」
『確かめるために男の名前を聞かれたらどうしてたんだ』
「別に。こっちから先に適当な名前を言うつもりだったから。彼のあだなだって言ってね」
『…………』
「呆れてるの?」
 と、携帯電話を反対の手で持ち直した。
『あぁ』
「気をつけるわよ。私だってなにも考えずに行動してるわけじゃないんだから。──それより、別世界への狭間なんて初めて聞いたわ」
『俺もだ』
「魔力漬け……」
『ん?』
「魔力が充満してるって言ってたから。薬漬けにされるようなもんなんじゃないかと思って。一つ一つは人を助ける薬でも全部合わさったら毒になるでしょう? その液体の中に放り込まれるようなものかなって」
『あぁ……わかりやすいな』
「本当にそう思ってる? 棒読みじゃないの」
『用が済んだならさっさと帰って来い』
「じゃあただいまって言ったら、おかえりって言ってくれる?」
『…………』
「もしもし? ……もしもーし!」
 

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