voice of mind - by ルイランノキ


 声涙倶に下る2…『知っている感覚』◆


私たちは 途方に暮れていた。
 
何が正しくて何が間違っているのか曖昧で、自分が信じたいと思ってきた道を辿ってきたものの、その道はどうも不安定で、前方を見ると霧がかっていてはっきりと見えない。
だけど私たちを待っている塔にたどり着けば、私たちがこれから向かう道の先がはっきりと見えてくるのではないかと、そんな期待も胸に抱いていたから、なかなか姿を現してくれない塔に苛立ちと不安と、絶望を感じていた。
 
でも
私たちに向けて射し込んできた小さな希望の光を、見逃さなかった。
 
私はしかとそれを見た。
私だけが、その光を見つけることが出来た。
 
奉安窟のときのように、なにか不思議な力で。

 
「暗くなってきましたね……」
 ルイが薄暗くなり始めていた空を見上げた。
 
鮮やかな青さを失った空は、灰色に染まっている。
 
「何時間ここにいる……」
 ベンはその場に座り込んだ。
 
シドはとっくにアリアンの塔の手がかりを探す気力を失って、苛立ちをぶつけるように刀で伐った切り株の上に腰を下ろしていた。シキンチャク袋から取り出した水筒の水をがぶ飲みしている。
ジャックも手掛かりらしいものを見つけられずに何度も同じところを見回しながら周辺探索をしていたが、何時間経ってもこれといって目に留まるようなものは無く、足を止めていた。
ジョーカーははじめから自分で探す気がないのか、腕を組んで木に寄りかかっていた。それはそれで退屈そうに見える。
 
「このままじゃ、上に報告もできねぇな」
 ベンはうなだれるように頭を垂れた。
 
そこに、しばらく姿がなかったヴァイスがスーを連れて戻ってきた。
 
「ヴァイスさん……なにかありましたか?」
 と、ルイが声を掛けた。
「随分遠くまで探索したが、これといったものは何も無い」
「そうでしたか……。一先ず、休憩しませんか。お茶でも入れます」
 と、ルイはテーブルを出そうとしたが、いつもの大きなテーブルを出せる広さがない。
「おいシド、苛立ってんならその辺の木を何本か伐ってやれ」
「……チッ」
 シドはあからさまに不機嫌な態度で立ち上がると、周辺の木を伐り倒した。
「倒れた木は俺に任せてくれ!」
 と、腕まくりをしたのはジャックだった。ジャックはたった一人で伐り倒された木を持ち上げ、引きずるようにして一箇所にまとめてゆく。
「そういえばジャックって怪力だったね」
 と、アールはルイに歩み寄った。
「えぇ、以前投げ飛ばされたことを思い出しました」
 ルイはテーブルを出し、人数分のお茶を入れ始めた。
 
カイは切り株の上に座り、目を閉じた。──寝たい。せめて横になりたい。でもテントを広げられる場所がない。椅子を並べて横になりたいがルイがテーブルと一緒に出した椅子にはアールやヴァイスが既に座っている。次にベン、ジョーカーまでも腰掛けた。
 
「カイ、お疲れモードみたい」
 と、アールはカイを見ながら言った。
「口数が減りましたね」
「静かでいい」
 と、ヴァイス。
「まぁね。特に今はみんなイライラしてるから騒がしいとキレられるかも」
 と、アールはルイが出してくれた熱々のお茶を啜る。
 
そしてふと、周囲を見遣った。時刻は午後7時過ぎ。森の中だから明かりがなく、暗く感じるのも早い。
 
「…………」
 アールは森の奥を眺めた。なにもない。木々が立っているだけ。それなのになぜかそこから目が離せなくなった。
 
「カイさん、お茶です」
 と、ルイはカイの元にお茶を運んだ。「熱いですよ」
「ジュースがいい」
「贅沢言わないでください」
「じゃあ今度ジュース買って」
「わかりました」
 カイはお茶を受け取り、啜った。「ほっとするー」
「それはよかったです」
 と、テーブルに戻り、アールが一点を見つめていることに気がついた。
「……なにかありますか?」
 アールの視線を辿るも、なにもない。
「ううん……なにもないけど……」
 
曖昧に答えるアールに、一同皆アールの視線を辿って森の奥を見遣った。当然、なにもないし、なにかの気配もしない。ただ、なにもないと答えたアールの目にはなにも見えない“なにか”があるような気がして、ぷつりと会話が途切れた。
 
アールは呆然と木々の間を見つめていた。視線をずらして見るも、やはり見つめていた場所に視線が戻ってしまう。お茶を啜り、湯飲みをテーブルに置いて席を立った。
一同はそんなアールをただ黙って見ていた。アールは自分の視線を捕まえて離さないその場所へ歩み寄り、はたと立ち止まった。
 
なにかある。そんな気がした。目には映らない何かが、目の前にある。
アールは右手を伸ばし、その何かに触れようとした。──と、その時だった。女性の歌声が頭の中で微かに流れた。この歌声、どこかで聴いたことがある気がする。記憶の断片だろうか。
そして、伸ばしていた右手に人の体温を感じた。
 

 
「誰……?」
 
誰かが目の前に立っている。そう感じて口に出したとき、見えない何者かに右手をつかまれて引き寄せられた。そのせいで前に倒れそうになった体を支えようと一歩踏み出したそのとき、目の前にいる“何者か”と自分自身が重なった。
 
そして──
 
甲高い耳鳴りと共にアールは仲間の方へと振り返った。
 
「扉が開く……」
 
別の空間へと誘われる感覚を捉えたアールと、アールの行動を黙って見ていた一同を囲む巨大な魔法円が地面に浮かび上がった。辺りに佇む木々を物ともせず浮かび上がった魔法円はオーロラ色に光を放ち、一同を包み込んであっという間にどこかへと誘った。
魔法円が光を失うと、そこには一同が今しがたまで座っていたテーブルや椅子だけが残されていた。テーブルの上に置かれているカイのお茶から立ち昇る湯気が風に乗って流れていった。
 

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©Kamikawa
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