voice of mind - by ルイランノキ


 有為転変20…『予想』

 
町を出てアリアンの塔へ続く森の中を歩み進めると、空を覆う無数の葉を実らせた木々が鬱蒼とそびえ立ち、一行の行動を妨げた。ルイが言ったとおり、魔物は桁違いに強く、苦戦を強いられる。木々が邪魔をして自由に動き回れない挙句に、ルイの結界が使えないほど密集しているため、アールたちは自分で自分の身を守らなければならなかった。
魔物の強さは魔物の魔力や体力の強さだけでなく、この森に住み慣れていることも強さのひとつだった。ここは魔物のテリトリーだ。敵の縄張りに入るこちらが不利になるのは当然だった。
 
「痛い!」
 と、カイが足元に埋まっていた尖っている石に躓き、横転した。
 
ルイが駆けつけようとしたが、それよりも先にカイの視界を塞いだのはネロモンキーという一見猿によく似た魔物だった。黒い毛で下の犬歯が大きく突き出ているネロモンキーは体格が大人のチンパンジーくらいある。横転したカイの脇に立っていた木の上にいたらしく、上から飛び降りてカイの首元に噛み付いた。
 
「ギャーッ!!」
 カイが悲鳴を上げ、体をねじりながら振り払おうとしたがネロモンキーの力も強い。
 
一番近くにいたアールが剣の鎬(しのぎ)でネロモンキーの頭を攻撃。すぐに駆けつけたルイがロッドを振るって追い払った。
 
「大丈夫ですか?!」
「首噛まれた?!」
 と、心配するルイとアール。
 
カイはいつも首に巻いているネックウォーマーを外して噛まれた部分を擦った。痛みはあるが、傷などはない。
 
「なんだ、大丈夫じゃん」
 と、アール。「断末魔みたいな叫びだったから終わったかと思った」
「それも防護用のものですからね」
 
その一方でシドたちも戦闘を繰り返している。なかなか前に進めない。アリアンの塔の場所がわかっているだけに、邪魔が入るたびに苛立ちが募った。
 
「お洒落だよね、私も欲しいかも」
 アールはカイのネックウォーマーを見てそう言って武器を構えた。
「ち、力ずくで奪うつもり?!」
「違う、後ろ魔物」
「?!」
 カイが振り返ると、さっきのネロモンキーが仲間を連れてきたようでざっと見るだけでも10匹近くはいる。
「今度こそ終わる予感……」
「カイも戦って」
 と、駆けてゆく。
「こんな狭いとこでブーメラン振り回せると思うの……?」
 
シドはこの“ステージ”に慣れるのが早かった。シドたちは次々に現れる魔物にはじめは手こずっていたが、日ごろから暇があればVRCにて様々なシチュエーションで戦闘を繰り返していたため、森林での戦闘もお手の物だ。妨げる木々を上手く使って敵からの攻撃を交わし、時に足場にして蹴り上げ、次から次へと敵の数を減らしていった。
それを戦闘の合間に盗み見ていたアールはシドのやり方を学び、真似るようにしてこの戦いづらい場所を自分のものにしていった。そんなアールを客観視していたルイは、飲み込みが早いな、と思った。
一行を木々の上から援護するのはヴァイスだった。カイの飛び道具と違って銃は狭い場所でも活躍する。
 
アールは森の中での戦闘に慣れてくると、こぞってやってくる魔物を華麗に仕留めていった。カイやルイの援護を必要としないほどにスピードも増してゆき、気づいたときにはカイがゲームの夢中になるように、戦闘に夢中になっていた。魔物の数が減ると、「もう終わり?」という物足りない感情が芽生えてきた。まだやれるのに。せっかく調子が出てきたのに、と。
 
「アールさん、もう十分です、先へ進みましょう」
 ルイに声を掛けられ、はたと我に返る。
 
周囲を見遣ると、木々の上にネロモンキーの影があった。しかしこちらを窺ってはいるものの、襲ってくる気配はない。そして──
 
「なにこれ……」
 
足元を見遣り、息絶えているネロモンキーの数に絶句した。
 
「なにしてんのー? 行くよー」
 と、カイが先を歩きながら言った。
 
呆然と立ち尽くしていたアールの肩にポンとヴァイスが後ろから手を置いた。
 
「頼りになるな」
 そう言って。
 
「え……そう?」
 沈み、動揺していた心がスッと落ち着いてゆく。
 
「大丈夫ですか?」
 と、待っていたルイが心配そうに言った。
「うん、大丈夫!」
 笑顔で答えるアールの後ろでは、戦力外のジャックがネロモンキーの尻尾を切り集めていた。
 

生き物を殺して、ふと心に真っ黒い滴が落ちて広がる時があった。
黒い滴が広がっていく感覚はとても気持ちが悪く、時に吐き気をもよおした。
その滴を罪悪感という言葉で呼ぶには単純すぎて、滴が増えれば増えるほど私は私を保ちながら消えてしまうような気がした。
 
アリアンの塔が近づいている。
私が何者なのか、わかるかもしれない。
私はずっと、自分がこの世界にとって何者なのか、知りたかった。
なぜ私だったのか。なにかの間違いじゃないのか。
 
ようやくそれがわかるかもしれないというのに、
この時の私は、自分を知るのが怖くてたまらなかった。
 
私が何者でも、みんなは私を受け入れてくれるだろう。
何者でもいいって、言ってくれていた。
みんなの優しさが私を不安から救ってくれたけれど、
でもやっぱり怖かったんだ。
 
だって、もしも、タケルと同じように私もなにかの間違いだったら……
何者でもいいなんて、言えないと思うから。
タケルのときと同様に、絶望するだろうから。
 
そして、もしも組織の人間が言っていることの方が正しかったら……
何者でもいいなんて、言えないと思うから。
カイもルイもヴァイスもスーも、組織の人間側について私を殺さ(とめ)なければならないだろうから。
 
ねぇカイ
 
2日掛けて森の中をさ迷って、地図上にアリアンの塔が描かれているその場所にたどり着いたとき、言ってくれた言葉、覚えてる?
私が何者か、予想を言ってくれたよね。
 
それ、当たればいいなって思ったんだ。

 
ルイはある場所で足を止め、アリアンの塔が描かれている古い地図と現代の新しい地図を広げて交互に見遣った。
 
「この辺りのはずですが……」
 
一行は周囲を見回し、上空も見遣った。
 
「なにもねぇじゃねぇか……」
 シドがそう言った。
 
そこにはなにもなかった。これまで道なき道を歩いてきた森がそこにあるだけだった。これまで通ってきた景色となにひとつ変わっていない。開けているわけでもない。木々がところせましに立っており、塔が立つような場所はない。
 
「魔力は? 感じないの?」
 と、アールはルイを見遣る。
「なにも……。ジョーカーさんやベンさんはどうですか?」
「なにも感じないな」
 と、二人は答えた。
 
途方にくれる。本当になにもない。何かが隠されている気配も無い。
けれど、全てはガセネタだったと解釈するには随分と大掛かりだ。
 
「周辺を探してみましょう」
 と、ルイは言った。
「探すって何をだ」
 苛立ちながらベンは言い、地図を奪って自分の目で塔の場所を確認した。
「“なにか”をです」
 ルイはそう言って、周囲の木々を念入りに調べ始めた。
 
一本一本の木に触れ、なにか感じないかと気を集中してみる。もしかしたら塔を出現させる仕掛けのようなものがあるのかもしれない。
 
アールも手当たり次第に探し始めた。カイはアールに付き添いながら言った。
 
「俺ね、前から思ってたことがあるんだ」
「ん?」
「アールの正体」
「…………」
 アールは探索をやめてカイを見遣った。
「アールはアリアン様の生まれ変わりだと思うよ」
「……なにそれ」
 と、思わず笑う。
「生まれ変わりだったらつじつまが合うじゃん? アールが女であることと、みんなが知らないことを知ってたことも」
「アリアンは……正義?」
「当たり前じゃん」
 と、カイは探索をはじめた。
「そっか。じゃあ……私もそれがいい」
 アールも探索を再開する。
「そうだって絶対」
「でも生まれ変わっても女だとは限らないじゃない」
「そうかなぁ。──シドの前世が女だって想像できる?」
 カイは小声で言った。
「ふふ、出来ないかも」
「でしょー? アールも前世が男だって想像できないから女だよ。ルイは女の子の可能性あるけどねー」
「なるほど」
 

カイは言ったんだよ
アールはアリアン様の生まれ変わりだと思うって。
 
当たればいいなって、思ったんだ。

 
第三十七章 有為転変 (完)

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