voice of mind - by ルイランノキ |
アールはカイの前髪を眺めながらくすくすと笑った。本人はまだ気づいていないようだ。
「なんかさっきからアールに微笑まれてる気がする」
と、朝食を食べ終えたカイは嬉しそうにそう言って欠伸をした。
テーブルはすっかり片付いており、地図を広げる準備は出来ている。
ルイはシドに電話をかけながら、カイを見てくすりと笑った。
「え、なに? もしかして今日の俺っちいつもより調子いい?」
「どういう意味それ」
と、アール。
「いつもにも増して可愛いかなってー」
「まぁ……可愛いけど」
と笑う。カイが頭を動かす度に三つ編みにした前髪が揺れている。
「まじ?!」
「まじまじ。鏡見てみたら? 超かわいいから」
「あ、久しぶりに“チョー”を聞いた」
カイはシキンチャク袋から鏡を取り出すと、全力のキメ顔で鏡を覗き込んだ。前髪が三つ編みにされている。
「…………」
「怒った?」
「新しい。」
「新しい?」
「斬新だ。これは流行るね!」
と、目を輝かせてアールを見やったが、アールはすぐに目を逸らした。
「変だよ。流行らないよ、変だもん」
「さっき可愛いって言ったじゃん!」
「ある意味ね。ある意味可愛いけど、変だよ」
ときっぱり。
「ひどい! 変態!」
「なんで変態?! やめてよ!」
「やめて欲しいのはこっちなんですけどー!」
「すみませんが」
と、ルイ。「通話中なので少し声を抑えてもらえますか?」
「はい……」
と、二人は頭を垂れた。
ヴァイスは本屋敷の玄関前に立っていた。スーの安否が心配だった。一体どこへ行ったのやら。腕を組み、壁に寄りかかる。
「スーちゃんどこいったんだろうね」
と、アールは席を立った。
「ヴァイスんが今迎えに行ったよ」
「そうなの?」
「今出てったしー」
「探しに行っただけでしょ? それかすぐそこで帰ってくるの待ってるかも」
「…………」
カイはムッと頬を膨らませた。
「なによ」
「ヴァイスのことは私の方がよくわかってます的なー?」
「嫌味っぽく言わないでよ。カイが適当なこと言うから訂正しただけ」
「だぁってなんか嫉妬しちゃうんだもーん」
と、カイはテーブルに伏せた。
「…………」
嫉妬ねぇ、とアールは虚空を見やった。
「アールさん、シドさんと連絡が取れました。すぐに戻るそうです」
と、ルイは携帯電話をしまう。
「スーちゃんと一緒だった?」
「あ……すみません、訊きそびれました……」
と、しまった携帯電話を取り出してもう一度かけたが、なかなか出ない。
「何度もしつけーな、って思って出ないんだと思う」
「出たよアールの“私の方が知ってます”感」
と、カイ。
「ちょっと。さっきからなに? 感じ悪いんだけど!」
「そう思うなら謝ってよねー。俺っちのこだわりの前髪をいじくったの」
「それは……ごめん……」
と、素直に謝った。
「あとなかなか教えなかったことも謝ってよ」
「それもごめん……」
「あと俺のこと好きなのに素直になれないところも謝ってよ」
「それは誤解」
「なっ?!」
二人が言い合っていると「朝から騒がしいね」と2階への階段からテトラが下りてきた。
「おはようございます。朝食つくりましょうか」
と、ルイ。
「いや、わしはいらん」
「じーちゃんさぁ、じーちゃんなんだから朝昼晩と体に良いものちゃんと食べなよー。死んじゃうよ?」
「カイさん?!」
「じーちゃんの健康を思って言ってみました」
「ちゃんと食うとるわい。若い君等のほうが体を大事にすべきじゃろ」
テトラはそう言ってカウンターの椅子に座ると、丸い眼鏡をかけて読みかけの本を開いた。
ほどなくして、外にいたヴァイスが戻ってきたかと思うと彼の肩にはスーの姿があった。そして、シド、ベン、ジョーカー、ジャックが入ってきた。
「全員揃った……ということでよろしいのでしょうか」
と、ルイはジョーカーを見遣った。
「クラウンは化け物化し、グロリアの手で殺されたのであろう」
ジョーカーの言葉に、空気が一変した。みな一斉にアールに目をやった。彼女はまだオーガと化したクラウンのことを知らないからだ。
「なに? どういうこと?」
と、アールの表情が強張った。
「アールさん、クラウンさんのことは気にせずアリアンの塔へ行きましょう」
ルイはそそくさと地図を取り出し、テーブルに広げた。
「ちょっと待ってよ……」
「鍵を全部出してください」
ルイはシドに言い、集めた鍵を全てテーブルに出した。
「ねぇ」
アールの問いに答えず、鍵を地図上の指定の場所に置こうとしたところで、アールは地図を掴んでテーブルから投げ捨てた。
「アールさん……」
「化け物化したって何? 私が殺したってなに?!」
「クラウンはアーム玉を利用して自分を化け物化した」
と、ジョーカーは言った。「そして、本の中にいるお前たちを襲った」
「本の中……」
思い返し、脳裏にオーガの姿が浮かんだ。「あれって……クラウンだったの?」
「そうだ」
「…………」
絶句するアールに、ルイは床に落ちた地図を拾って言った。
「あれはもはやクラウンさんではありませんでした。誰かが倒さなければならなかったんです」
「…………」
アールは眉間にシワを寄せ、深いため息をついた。
「どーせ遅かれ早かれ殺すか殺されるかだ」
と、シドは言った。「お前が先手を打った。それだけだ」
「なにそれ……」
「今度はこっちがお前等を殺す。アーム玉はこっちにあること忘れんなよ」
「私のアーム玉はそっちにあるけど、ルイたちのは連結を解いたから無意味……」
シドはベンに目を向けた。
「アーム玉は全部盗まれたのか? 奴等の分も」
「あぁ……」
「チッ」
舌打ちをしたシドを、仮面の奥でジョーカーが見ていた。
ベンが管理していたアーム玉はジョーカーの手元にある。一部をクラウンに使ったが、空であるアールとルイたちのアーム玉は使えないため手元にあった。それを知る物はいない。
「アーム玉って、データッタで反応しないの?」
と、アールはルイを見遣った。
「データッタのことですが、以前モーメルさんの家にお邪魔したときに反応しないアーム玉があることについて尋ねたことがあるのですが、長らく人の手に触れていないものにしか反応しないようです。また、まだ試作品だそうで反応しないこともあるとか。僕等のアーム玉は空ですから、そういったものにも反応はしないようです」
「そう……」
アールは視線を落とし、オーガを倒したときのことを思い出して呟いた。
「……オーガは消えた」
「え?」
「倒した後、消えてしまったの。あの体でアーム玉を持ってるとは思えない。空なら使えないだろうし。じゃあどこにやったんだろう」
その疑問にシドはジョーカーを盗み見た。大体見当はついている。ベンも同じだった。おそらくアーム玉はジョーカーが持っているか、在り処を知っている。クラウンに関しても、ジョーカーが関わっていることだろう。
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