voice of mind - by ルイランノキ


 有為転変12…『クラウンは…』

 
アールはカイの前髪を眺めながらくすくすと笑った。本人はまだ気づいていないようだ。
 
「なんかさっきからアールに微笑まれてる気がする」
 と、朝食を食べ終えたカイは嬉しそうにそう言って欠伸をした。
 
テーブルはすっかり片付いており、地図を広げる準備は出来ている。
ルイはシドに電話をかけながら、カイを見てくすりと笑った。
 
「え、なに? もしかして今日の俺っちいつもより調子いい?」
「どういう意味それ」
 と、アール。
「いつもにも増して可愛いかなってー」
「まぁ……可愛いけど」
 と笑う。カイが頭を動かす度に三つ編みにした前髪が揺れている。
「まじ?!」
「まじまじ。鏡見てみたら? 超かわいいから」
「あ、久しぶりに“チョー”を聞いた」
 カイはシキンチャク袋から鏡を取り出すと、全力のキメ顔で鏡を覗き込んだ。前髪が三つ編みにされている。
「…………」
「怒った?」
「新しい。」
「新しい?」
「斬新だ。これは流行るね!」
 と、目を輝かせてアールを見やったが、アールはすぐに目を逸らした。
「変だよ。流行らないよ、変だもん」
「さっき可愛いって言ったじゃん!」
「ある意味ね。ある意味可愛いけど、変だよ」
 ときっぱり。
「ひどい! 変態!」
「なんで変態?! やめてよ!」
「やめて欲しいのはこっちなんですけどー!」
「すみませんが」
 と、ルイ。「通話中なので少し声を抑えてもらえますか?」
「はい……」
 と、二人は頭を垂れた。
 
ヴァイスは本屋敷の玄関前に立っていた。スーの安否が心配だった。一体どこへ行ったのやら。腕を組み、壁に寄りかかる。
 
「スーちゃんどこいったんだろうね」
 と、アールは席を立った。
「ヴァイスんが今迎えに行ったよ」
「そうなの?」
「今出てったしー」
「探しに行っただけでしょ? それかすぐそこで帰ってくるの待ってるかも」
「…………」
 カイはムッと頬を膨らませた。
「なによ」
「ヴァイスのことは私の方がよくわかってます的なー?」
「嫌味っぽく言わないでよ。カイが適当なこと言うから訂正しただけ」
「だぁってなんか嫉妬しちゃうんだもーん」
 と、カイはテーブルに伏せた。
「…………」
 嫉妬ねぇ、とアールは虚空を見やった。
「アールさん、シドさんと連絡が取れました。すぐに戻るそうです」
 と、ルイは携帯電話をしまう。
「スーちゃんと一緒だった?」
「あ……すみません、訊きそびれました……」
 と、しまった携帯電話を取り出してもう一度かけたが、なかなか出ない。
「何度もしつけーな、って思って出ないんだと思う」
「出たよアールの“私の方が知ってます”感」
 と、カイ。
「ちょっと。さっきからなに? 感じ悪いんだけど!」
「そう思うなら謝ってよねー。俺っちのこだわりの前髪をいじくったの」
「それは……ごめん……」
 と、素直に謝った。
「あとなかなか教えなかったことも謝ってよ」
「それもごめん……」
「あと俺のこと好きなのに素直になれないところも謝ってよ」
「それは誤解」
「なっ?!」
 
二人が言い合っていると「朝から騒がしいね」と2階への階段からテトラが下りてきた。
 
「おはようございます。朝食つくりましょうか」
 と、ルイ。
「いや、わしはいらん」
「じーちゃんさぁ、じーちゃんなんだから朝昼晩と体に良いものちゃんと食べなよー。死んじゃうよ?」
「カイさん?!」
「じーちゃんの健康を思って言ってみました」
「ちゃんと食うとるわい。若い君等のほうが体を大事にすべきじゃろ」
 テトラはそう言ってカウンターの椅子に座ると、丸い眼鏡をかけて読みかけの本を開いた。
 
ほどなくして、外にいたヴァイスが戻ってきたかと思うと彼の肩にはスーの姿があった。そして、シド、ベン、ジョーカー、ジャックが入ってきた。
 
「全員揃った……ということでよろしいのでしょうか」
 と、ルイはジョーカーを見遣った。
「クラウンは化け物化し、グロリアの手で殺されたのであろう」
 
ジョーカーの言葉に、空気が一変した。みな一斉にアールに目をやった。彼女はまだオーガと化したクラウンのことを知らないからだ。
 
「なに? どういうこと?」
 と、アールの表情が強張った。
「アールさん、クラウンさんのことは気にせずアリアンの塔へ行きましょう」
 ルイはそそくさと地図を取り出し、テーブルに広げた。
「ちょっと待ってよ……」
「鍵を全部出してください」
 ルイはシドに言い、集めた鍵を全てテーブルに出した。
「ねぇ」
 アールの問いに答えず、鍵を地図上の指定の場所に置こうとしたところで、アールは地図を掴んでテーブルから投げ捨てた。
「アールさん……」
「化け物化したって何? 私が殺したってなに?!」
「クラウンはアーム玉を利用して自分を化け物化した」
 と、ジョーカーは言った。「そして、本の中にいるお前たちを襲った」
「本の中……」
 思い返し、脳裏にオーガの姿が浮かんだ。「あれって……クラウンだったの?」
「そうだ」
「…………」
 絶句するアールに、ルイは床に落ちた地図を拾って言った。
「あれはもはやクラウンさんではありませんでした。誰かが倒さなければならなかったんです」
「…………」
 アールは眉間にシワを寄せ、深いため息をついた。
「どーせ遅かれ早かれ殺すか殺されるかだ」
 と、シドは言った。「お前が先手を打った。それだけだ」
「なにそれ……」
「今度はこっちがお前等を殺す。アーム玉はこっちにあること忘れんなよ」
「私のアーム玉はそっちにあるけど、ルイたちのは連結を解いたから無意味……」
 シドはベンに目を向けた。
「アーム玉は全部盗まれたのか? 奴等の分も」
「あぁ……」
「チッ」
 舌打ちをしたシドを、仮面の奥でジョーカーが見ていた。
 
ベンが管理していたアーム玉はジョーカーの手元にある。一部をクラウンに使ったが、空であるアールとルイたちのアーム玉は使えないため手元にあった。それを知る物はいない。
 
「アーム玉って、データッタで反応しないの?」
 と、アールはルイを見遣った。
「データッタのことですが、以前モーメルさんの家にお邪魔したときに反応しないアーム玉があることについて尋ねたことがあるのですが、長らく人の手に触れていないものにしか反応しないようです。また、まだ試作品だそうで反応しないこともあるとか。僕等のアーム玉は空ですから、そういったものにも反応はしないようです」
「そう……」
 アールは視線を落とし、オーガを倒したときのことを思い出して呟いた。
「……オーガは消えた」
「え?」
「倒した後、消えてしまったの。あの体でアーム玉を持ってるとは思えない。空なら使えないだろうし。じゃあどこにやったんだろう」
 
その疑問にシドはジョーカーを盗み見た。大体見当はついている。ベンも同じだった。おそらくアーム玉はジョーカーが持っているか、在り処を知っている。クラウンに関しても、ジョーカーが関わっていることだろう。
 

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©Kamikawa
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