voice of mind - by ルイランノキ


 ゲーム王国2-16…『強くて脆い』 ◆

 
とある町の片隅に、インターネットカフェがある。それぞれ小さな個室になっており、寝泊りは出来ないが自由にパソコンを使うことが出来る。その一室で、ゆるやかなウエーブがかったライトブラウン色の髪をもつ女性が《緊急時伝言サービス》というサイトを開き、自分宛に送られていたメッセージを読んだ。
 
《シェラ!元気だよ!仮釈放おめでとう!
シェラも元気そうでよかった(ハート)
このサイトのこと知らなかったんだけどシェラからメッセージが届いてるってルイから聞いて驚いた。嬉しかったよ、ありがとう。
お墓参りのことだけど、みんなシェラの帰りを待ってると思うよ。誰もシェラのこと責めてなんかないよ。
実は勝手ながら、シェラの故郷、カモミールに行きました。そこで、シェラのおばあちゃんや、お兄さんとお会いしました。そして、勝手ながらシェラのお母さんのお墓に手を合わせに行きました。
余計なお世話だったと思います。ごめんなさい。
でも、カモミールでシェラのこと知れてよかった。みんなに愛されてるなって思ったよ。だから、会いに行ってあげてください。
そういえばお兄さんと沢山会話したのに、名前を訊きそびれました。よかったら教えてね。
 
今は色んなところを転々としてて忙しい毎日なの(泣)
落ち着いたらまた連絡します。
 
(追伸)ルイです。【お友達登録】していただけますでしょうか。登録すれば他の方には見れないメッセージが送れるようになりますので、そちらから連絡先をお伝えします》
 
メッセージに目を通した後、柔らかく微笑んだのはかつてほんの少しの間アールたちと旅を共にしたシェラだった。
 

 
「アールちゃん……ありがとう」
 
シェラはお友達登録をし、しなやかな指でキーボードを打ち始めた。
 
《シェラです。お返事ありがとう。連絡がとれるなんて思ってなかったから、嬉しかった。そして、私の代わりにカモミールに行ってくれたのね。本当に本当にありがとう。
その言葉を聞いて、故郷に足を運ぶ勇気が出てきました。まだ少し不安は残るけれど、顔を出しに行こうかなと思います。
兄と会ったのね。兄の名前はディーンといいます。元気そうでよかった。
故郷に帰る楽しみが出来ました。アールちゃんと何を話したのか、聞いてくるね。
 
アールちゃん、また会いたいです。
お体に気をつけてね。
アールちゃんと、その愉快な仲間たちの旅のご無事を祈っております。
 
また連絡します。》
 
送信し終えたシェラは、個室を出てトイレに入ると少し崩れていたメイクを直した。明るめのチークを頬に乗せて、鏡を見て微笑んだ。刑務所に入っている間はお洒落など出来なかった。勿論、化粧も出来なかった。だから久しぶりにメイクをした自分に少し違和感を感じながら、インターネットカフェを後にし、ゲートへ向かった。
高鳴る胸を押さえ、行く先は勿論カモミールである。
 
━━━━━━━━━━━
 
オレンジを基調としたレトロなキッチン家具が置かれた台所で夕飯のシチューを温めていたのはシェラの祖母、カーリーだった。白髪交じりの髪をひとつの三つ編みにして束ねてある。少し曲がった背中で台所を行き来する。
 
「あらあら、パセリがないねぇ」
 
ホワイトシチューの最後の盛り付けに必要なパセリを切らしていた。火を止め、エプロンを外して居間に掛けてある時計を確認した。これから買いに行って孫が仕事から帰るまでに準備が出来るだろうか。パセリがなくてもシチューはおいしいけれど見た目にも拘りたい。──と、その時だった。誰かが玄関のドアをノックする音がした。
玄関の前ではドアに掛けられている銀色のプレートで出来た蝶のオブジェを懐かしそうに眺めている女性が立っている。
 
「はいはい、どちらさま?」
 
カーリーがドアを開けると、そこには美しい女性が立っていた。
 
「ただいま、おばあちゃん……」
「おやまぁ……シェラじゃないか」
 カーリーはシェラの頬に触れ、その美しい顔立ちを眺めてから彼女を優しく抱きしめた。
「よく帰って来たね、遅かったじゃないか」
「うん……ごめんね……」
「さぁさぁ、お入りなさい。お腹は空いていないかい?」
 カーリーはシェラの背中を優しく撫でながら彼女の帰りを喜んで迎え入れた。
 
パセリを買いに行くことも忘れて二人はこれまでの時間を埋めるように会話を弾ませた。
シェラはまだ真実を知らない。殺された母親は病を抱えていて長くは無かったこと、父親はシェラを守るために行動したこと。真実を話せばシェラが傷つくことはわかっていた。真実を話すべきか、このまま彼女の心を守るべきか。その答えはすぐには出せない。急いで出す必要もないのかもしれない。これからはゆっくりと言葉を交わす時間があるのだから。
 
「アールちゃんが来たんですってね」
「そうそう、ちょうど祭りの時でねぇ。とても可愛らしい子だったよ」
 
シェラも、長い月日を経てようやく母の故郷に戻って来たからには、全てを受け入れる覚悟は出来ていた。ずっとどこか自分では把握できていない部分があるような気がしていた。それを知ることが良いことなのか悪いことなのかもわからず、意識を逸らし続けてきた。けれど。
 
──きちんと生きていくために、きちんと真実を知り、全てを抱えて生きていこう。
 
彼女は強い覚悟の元、母に会いに来たのだ。その覚悟がどこまで維持できるものなのか、それは真実を知ったときにわかる。
 
「お母さんのお墓に行きたいんだけど」
「……そうだね。でも、今日はゆっくりして、明日一緒にどうだい?」
「うん、そうする」
 
人の心というものは、時に鋼のように強く、時にガラスのように脆い。
 

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