voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い19…『静かなる願いを』

 
わたしには母と父がおりました。
父も母もどこか悲しそうにわたしを見ていました。
 
あなたは選ばれたのよ、と、何度も言われました。
それは誇りなんだそうです。
「あなたは村の人たちを助けるために生まれてきたんだよ」
おとなたちはそう言って、わたしに頭を下げました。
 
沢山おいしいものをもらいました。
沢山のおもちゃをもらいました。
 
わたしは幸せでした。
でも不幸せでした。
 
この村はマモノに襲われるんだって教えられました。
マモノに襲われた人の写真を見せられました。
とてもかなしかった。
わたしはマモノを見たことがありませんでした。
写真でしかありませんでした。
毛むくじゃらで、歯がするどくて、
おぞましい生き物でした。
 
おばあさまはわたしに絵本を読み聞かせてくれました。
おじいさまはわたしに村の歌を歌ってくれました。
 
あるときから父と会うことがなくなりました。
母が「お父さんはお仕事でいそがしいの」と言いました。
 
でも村の人が、父はマモノに殺されてしまったのだと話していました。
わたしはかなしかったです。
 
あるときから塔の話を毎日聞かされるようになりました。
時計台と言ったり、大きな塔と言ったり。
わたしはあの場所へ行くんだそうです。
ひとりで行かなければならないので、みんな心配していました。
母の目に涙が浮かんでいました。
わたしがあの塔へ行くと、村にやってくるマモノが来なくなるんだそうです。
わたしはそれを聞いてとてもうれしい気持ちになりました。
母と離れるのはさみしかったけれど、母もマモノに殺されてしまうかもしれないという不安がなくなるから、わたしは早く塔へ行きたかったのです。
 
ずっと言われ続けてきた日がやってきて、村の大人たちがみんなわたしのところに集まってきました。
沢山のおもちゃやお菓子を用意してくれて、好きなものを選びなさいと言われました。
全部持って行きたかったけれど、それは出来ないと言われました。
だから、母がくれたぬいぐるみと、笛と、おじいさまがお守りだよと言ってくれた重たい金色のなにかと、おばあさまがくれた絵本にしました。自分が用意したものを選んでもらえなかった村の人たちが少しかなしそうにしていたので、ほんとうは食べ物は持って言ってはいけないって言われていたけれど、あめだまをこっそりともらいました。
 
写真をとりました。
写真を撮ったあと、母は泣きはじめました。
わたしとお別れをするのがさみしいんだとおばあさまが言っていました。
だから、だいじょうぶだよって、手袋をした手で母の頭をなでなでしました。
ほんとうは手袋をはずしたかったのに、わたしはそれをゆるされませんでした。
 
そして、わたしは村のまじゅつしの力で塔の上の方にあるお部屋に行きました。
高いところにある柵の窓からは空しか見えませんでした。わたしがもうすこし大きくなったら、下の景色もながめられるのかなと思いました。
 
どこからかとっても小さく母の声が聞こえました。
その声はわたしの名前を呼んでいました。それにこたえるように、わたしは笛を吹きました。そして、おかあさん、おかあさんって呼びました。
 
わたしはすぐにお腹がすいたので、村の人たちからもらったあめだまをひとつ食べました。
とてもあまくておいしかったです。
暗くなって、眠くなったら寝ました。
そして、起きたときには明るくなっていました。
おなかがすいたので、あめだまをふたつ食べました。ポケットの中を見たら、あめだまはあとひとつしかありませんでした。もっといっぱいもらっておいたらよかったなと思いました。
 
母の声を聞き逃さないように、いつも耳をすませていました。そして、わたしの名前が聞こえてくると、笛を吹いてこたえました。そして、おかあさん、おかあさんと名前を呼びました。
 
トイレに行きたくなったら、部屋のすみっこでしました。トイレがなかったので困りましたが、そうすることにしました。
 
母の声は毎日聞こえました。だから、わたしも毎日笛を吹いて、おかあさんを呼びました。
あめだまは無くなりました。のどがかわいたけれど、飲み物はありませんでした。
雨が降った日に、すこしだけ窓から雨が入ってきたので窓の近くに立って、口を開けました。ちょっとずつしか入ってくれなくていやでした。
 
お腹の虫がたくさん鳴きました。でも食べるものが無いからおとなしくしてなさいとおなかを叩いて虫にしらせました。それでも鳴くのでいやでした。
 
たいくつなときは絵本を読みました。たくさん読みました。あきたら窓から空を見ていました。でも、立ち上がるのも大変になりました。
お母さんの声がしました。変な声になっていたけれど、お母さんの声だとわかります。
笛を吹いたけれど、前みたいに大きい音が出せなくて、何度も吹きなおしました。ちゃんと聞こえているのかな。
おかあさん、おかあさん、笛の音、聞こえていますか。
わたしのところまでおかあさんの声はちゃんと、聞こえているよ。
村の人たちは元気ですか?マモノは来ていませんか?おかあさん、元気でいてね。明日もね。
 
トイレは2回いきたくなっただけでした。だからにおいは気にならなくなってよかったです。
本を開くのも大変になりました。だから、おぼえていたので頭の中で思い出しながら読みました。
 
あるとき、窓から小鳥が入ってきました。チュンチュンと鳴いて、とってもかわいいです。
小鳥はわたしの部屋の中をぴょんぴょんととんで、エサを探しているようでした。でもごはんはないから、かわいそうでした。あめだまひとつ、残しておいたらよかったなって思いました。
 
眠たくなることが多くなりました。横になっていたら笛をうまく吹けないので、がんばって壁に寄りかかっているようにしました。おかあさんの声がして、笛を吹きました。何回吹いても小さな音しかならなくて、かなしかったです。
おかあさんに聞こえない。くやしくて涙が出てしまいました。
 
部屋のすみっこで弱っている小鳥がいました。出て行ったと思っていたのに、出られないみたいです。だれか助けに来てくれないかな。死んでしまうよ。
 
小鳥が動かなくなりました。チュンチュン、こっちへおいで。声をかけても動かないし、触りたくてもここから動けなくて、見てるだけしかできませんでした。
チュンチュン、だれか、ご飯を用意してあげて。チュンチュン、だれか、お水を用意してあげて。
チュンチュン、だれか、お墓を用意してあげて。
 
 
暗い闇の中で、何度もおかあさんの声がしました。
わたしは笛を吹きました。ピーッて大きな音で吹きました。窓から村を見下ろして、おかあさん、おかあさんと手を振りました。おかあさんも笑顔で振り返しているのが見えました。
元気にしてるの?って聞くから、元気にしてるよって言いました。お友達もできたんだよって、小鳥のチュンチュンを紹介しました。
チュンチュンは窓から外に出て、広いお空を飛んだ後、戻ってきました。
かわいいお友達ね、とお母さんは言いました。
 
あるとき、黒いカラスがやってきました。
こんにちはと挨拶をしました。そしたら、カラスもこんにちはと挨拶をしました。
カラスは何でも知っていました。村の様子をたくさん教えてくれました。
そして、わたしの役目は終わったと言われました。
 
カラスはわたしの背中に回ると、わたしの羽になりました。わたしは自由にとびまわることができました。黒い煙のようになって、窓から外へ飛び出しました。
 
けれど、わたしの羽になったカラスがわたしを連れて行ったのはとても怖いところでした。
もうひとつの塔でした。塔の下には真っ赤に燃え滾る海が広がっていました。そこにはたくさんの人たちが苦しそうに泣き叫びながら飲み込まれている姿がありました。耳を塞いでいてもその声から逃れることは出来ません。熱い熱い、苦しい苦しいといつまでも言い続けて、その苦しみから解き放たれることを許されないようでした。
 
カラスは言いました。悪魔の力を借りたものは天国にはいけないんだよ、と。
けれどもわたし自身が悪魔を呼び出したわけではないからと選択肢をくれました。このまま地獄の海へ沈んでゆくか、あの塔に戻っていつまでも喉の渇きと空腹と孤独に耐え続けるか、どちらがいい?と。
 
わたしにはどちらもつらい選択でしたが、母が生きている塔を選びました。
そして私は肉体が眠っている塔に戻ってきました。喉の渇きを感じます。お腹の虫が煩いほど鳴いている気がします。
母が生きている世界を選んだのに、母の声はしなくなりました。誰の声も聞こえなくなりました。時間の経過もわからないまま、ただただ長い年月を身動きひとつ取れないまま過ごし続けました。
 
そしてある日
おかしなおともだちがやってきました。
緑色の、ゼリーみたいな、まんまるな目の……
 
それはわたしの膝に乗り、わたしを見上げ、“手”をつくって、わたしの頭をやさしく撫でたのです。
声が聞こえるようでした。
 
助けに来たよ、おうちに帰ろう。
そう言ってくれているかのようでした。
 

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