voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い17…『物語の続きを』

 
150年もの間、ひとりぼっちでいたヒメルの亡骸は、ヨハンネスが用意した温かな布団の上に寝かされた。
 
150年前、塔へと閉じ込められた娘を思い、毎日毎日塔の前にやってきては遥か上空にいる娘の元へ声が届くようにヒメルの名前を呼んだ。雨の日や風の強い日はその声もかき消されてしまい、何度も繰り返し呼んでは笛の音が聞こえるまで続けられた。
食も細くやせ細った母親の声は次第に嗄れてゆき、笛の音が聞こえなくなった頃、彼女の声も嗄れ果てて、かすれた声しかでなくなってしまった。それでも、笛の音は聞こえなくても、あの子はこの塔の上にいる。来る日も来る日も塔の前で跪き、頭を地面につけて祈りを捧げた。その命が尽きる日まで。絶やすことはなかった。
 
アールたちはヨハンネスの家の前にいた。ヨハンネスの家には村人たちが集まり、塔から開放されたヒメルに手を合わせた。
 
「プレート手に入れたけど、なんかすっきりしなーい……」
 と、カイは金のプレートを眺めながら言った。
「プレートを手に入れるのが目的だから用は済んだけど、このまま帰るのはすっきりしないね」
 アールもそう言って、カイが持っている金のプレートを眺めた。
「…………」
 ルイとヴァイスは黙ったままヨハンネスの家を見つめ、ヒメルを思った。
「結局犯人わからないし、村の呪いはどうなったの? なにも解決してないよね」
「犯人は恐らく……」
 と、言いかけたルイだったが、口を閉ざした。
「心当たりあるの?」
「憶測ですが。──僕らの仕事は終わりました。帰りましょう」
 と、ルイは村の外へ向かう。
「え、ほんとにこのまま帰るの?」
 と、アールとカイは早足でついて行く。
「えぇ。“続き”は本を読めばわかるのではないでしょうか」
「《静かなる願い》?」
「はい。とにかく僕らにはゆっくりしている時間がありませんし、シラコさんを待たせているので帰りましょう。この後の展開がどうなろうと僕らが関わる必要性はありませんから」
「…………」
 
なんだか冷たいな、と、アールははじめてルイに対してそう思った。
でも確かにそのとおりだ。あくまで本の中のストーリーなのだから。
 

私がやってきたこの世界も誰かが作った本の中の世界だったら。
そんなことを考えた。
誰かが私たちを作り出して、文章の中で操作してゆく。
私たちは自分の意思で動いているようで、自分の意思などどこにもなくて、ただ動かされているだけ。この物語を作った人が自分が書きたいように書いているシナリオ通りに私たちは動かされているだけ。
 
命があるようで、ない。
だから簡単に人が死ぬし、生まれては消えてゆく。
 
世界中で不可思議なことが起きるのも、誰かがこの世界の物語を考えて設定を唐突に変えたりしているせいなんじゃないかとか思えてくる。生まれた矛盾が不可思議なこととして起きるんじゃないかと思えてくる。
 
私たちの知らない世界がきっとまだどこかにあるのだろうと思う。
人間の頭脳にだって限界はあるのだから、考え切れない部分で存在するなにかがあるに違いないと、いい年して思ったりした。
 
ルイが冷たく感じたのだって、きっとこの物語を書いている人の体調でも悪くなって、普段は言いそうに無いセリフをルイに言わせてしまったんじゃないの?ってね。
 
ここも本の中なら、脱出したいと思うけれど、
脱出した先の世界も、誰かが考えた本の中の世界なのかもしれない。
その本を読んでいる人も本の中の一部で、ストーリーを考えている人も誰かが作り出したキャラクターなのかもしれない。
 
そんなことを考えた。

 
「ただいま戻りました」
 
本の中に入っていたルイ、アール、カイ、ヴァイス、スーはイストリアヴィラの本屋敷に戻ってきた。そこで待機していたはずのジャック、ベン、シラコの姿はない。
 
「ご苦労じゃったな」
 と、テトラは本を閉じた。
「あの、“続き”が知りたいんです。読んでもいいですか?」
 アールはテトラにお願いした。
「かまわんよ」
 
《おとぎの国の静かなる願い》を持って部屋の隅に移動したアールは床に座って本を開いた。
 
「シラコさんはどちらに?」
 と、ルイ。
「ここは暑いようでね、涼しい場所を探しに出て行ったよ。戻ったら連絡するよう伝えてくれと言っていた」
「ジャックさんたちは?」
「ベンという男は次の本を見つけた後すぐに出て行った。ジャックはその辺にいるじゃろ」
 と、外を指差す。
「俺っち見てくる」
 カイはそう言って金のプレートをテーブルの上に無造作に置いて外へ出て行った。
 
時刻は午後6時過ぎ。
本に夢中になっているアールを一瞥し、ルイは夕飯つくりを始めた。
 
「今日も泊まらせてもらっても大丈夫でしょうか。ご迷惑でしたら外でテントを張りますが……」
「かまわんさ。ここに直接足を運んでくる客は少ないからな」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけいたします」
 
膝の上に広げた本に集中しているアールの視界に、ヴァイスの足が入り込んだ。気付いたアールが顔を上げると、ヴァイスは片膝をついて視線を合わせた。
 
「え……」
 真っ直ぐな目で見られ、どきりとする。
「疲れているようだ」
「え……?」
「頼む」
 と、ヴァイスの肩からスーが開いた本の上に下り立った。
「あ……スーちゃんね、了解。どこいくの?」
「すぐに戻る」
「はい」
 
ヴァイスはすくと立ち上がり、本屋敷を後にした。
 
「スーちゃんも頑張ったもんね、おつかれさま」
 
スーはびろーんと伸びきった。
 
「本が読めない」
 と苦笑し、ルイが料理を始めたテーブルの上にスーを移動させた。
「スーちゃんおねむだって」
「お疲れのようですね」
「今日の夕飯はなに?」
「冷やしうどんにしようかと。たまには麺類も」
「うどん! もしかしてシラコさんも一緒に?」
 “冷やし”と聞いたから。
「えぇ、今しがた電話をしたら、すぐに来てくださるとのことでしたので」
「そっか。手伝おうか?」
「いえ、アールさんは本を読んで待っていていください。僕も……続きが気になりますから」
「うん、じゃあそうする」
 
アールは部屋の隅に戻り、続きを読み始めた。集中力があまりないアールにとって部屋の隅は落ち着くのだ。
 

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