voice of mind - by ルイランノキ


 静かなる願い11…『謎は全て解ける?』

 
シラコはルイからこの村に関する情報を聞き、念のため時計台から距離をとりながら周囲を歩いて回った。そして、一歩時計台に近づき、暫くしてもう一度一歩時計台に近づき、それを繰り返しながら黒い魔力の強さを感じとった。
 
「この時計台に近づいた者はこれまでに本当にひとりもいなかったのですか?」
 シラコはルイに訊いた。
「そう聞いておりますが」
「どなたから?」
「ヨハンネスさんです」
 
シラコは時計台を見上げると、ぐらりと視界が歪んだ。足がふらつき、地面に膝をついた。
温かい気候で決して夏のような暑さではないのだが、彼にとっては命に関わるほどの暑さだった。ルイは慌ててシキンチャク袋から水を取り出し、少しずつ飲ませた。なんでも持っているルイだったが、残念ながら氷は持っていない。
 
そこに走ってきたのはアールだった。両手には大きなビニール袋を抱えており、中には氷が入っていた。
 
「村の人たちから氷もらってきた!」
「助かります!」
 ルイは氷をひとつ、シラコの口の中へ運んだ。
「ヨハンネスさんからクーラーボックス借りてくる」
 と、アール。
「でしたら……」
 と、シラコはうつろな目でアールを見遣った。その力のない目も色っぽい。
「彼を連れてきてもらえますか」
「ヨハンネスさん? わかりました」
 
アールは氷が溶けないうちに急いでヨハンネスの家に戻った。まるで自宅のようにソファに寝転がって寛いでいるカイを横目に、台所にいたヨハンネスに声をかけた。
 
「何度も勝手にお邪魔してすみません……さっきのクーラーボックスを貸していただけませんか?」
「それは構わないが、氷はほとんどなくなってしまったよ」
「それは大丈夫です。あと、シラコさんが呼んでいるので来てもらえますか?」
 
アールに連れられたヨハンネスは、シラコが待っている場所へと向かう途中で時計台を見上げ、険しい表情をした。
ルイはクーラーボックスに氷を移した。アールも手伝いながら、二人の会話を聞く。
 
「ヨハンネスさん、この時計台に近づいた者はこれまでにひとりもいらっしゃらなかったのでしょうか」
「あぁ、いない。私が見張っているからな」
「この村には子供もいるようですが、これといって柵もないこの場所に、勝手に入ってしまったりは?」
「子供たちは生まれたときからこの村で起きた悲劇を親から聞かされている。魔物が襲いに来るかもしれないと聞いて近づくものはいないさ」
「聞き分けのいい子供たちなのですね」
 シラコはそう言って、また氷をひとつ、口に入れた。
「なにか用があって私を呼んだのではないのか?」
「おかしいなと思いまして」
「なにがだ」
「私がこの村に来たとき、微かに雨の匂いがしたのです。改めて外に出てみると、まだ地面がぬれているところがありました。午前中か昨日か、雨が降ったのでは?」
「今朝早くにな。すぐに止んだよ。それがどうかしたのか」
「この時計台の塔は真っ直ぐに伸びています。それも随分と上空まで。雨が降れば塔の周りはぬかるむでしょう。足跡が残るほどに」
「…………」
 
アールとルイは話を聞きながら、目を合わせた。立ち上がり、時計台の下に目をやった。
 
「あまり近づくと皮膚が焼けそうになるほどに魔力を感じますので2メートル以内には近づけませんでしたが、どなたかの足跡が塔付近にあることに気がつきました。どなたかが時計台に触れることが出来る距離まで近づいている、ということです。それもつい最近。足跡の大きさは26cmくらいでしょうか。女性でもいないことはありませんが、ざっと村人を見る限りでは大きな女性は見当たりません。男性の足跡と判断するのが妥当でしょう」
 シラコはいくつかの氷をビニール袋に入れてゆっくりと立ち上がった。氷で首元を冷やしながら、話を続ける。
「心当たりはございませんか?」
「……さぁな。時計台に近づいたものを見ていたら知らせている」
「そうですか。──ではもうひとつお聞きしたいことが。ヨハンネスさんのご自宅には地下が存在するようですが見せていただくことは可能ですか?」
「地下? なんでわかったの?」
 と、アール。
「足元から魔力を感じ取りました」
 
アールはルイを見遣った。けれどルイはなにも感じなかったと、首を左右に振った。
 
「魔力の波動を抑えるカーペットが敷かれているようでしたから、普通は気がつかないのでしょうが、私は人より敏感なもので」
「……確かに地下はある。だが、ただの物置きだ。魔力を発するものもあるが、昔そういったものに興味があってコレクションしていただけだ。それにそれが時計台となんの関係があるというのだね」
「それを判断したく、お聞きしているのです」
「……君はなにを疑っているのだね」
「何か他に時計台に関する情報を隠し持ってらっしゃるのではないかと。私はあの足跡の持ち主はあなただと思っております」
「…………」
「現に、あなたが歩いてきた道に出来た靴跡の模様がよく似ている」
「…………」
 ヨハンネスは無表情で黙ったままシラコを見据えた。
「時計台に近づけさせないための細工が地下にあるのではありませんか? あなたの手で操作できるのだとすれば細工を解除してあなたはいつでも時計台に近づける」
「ヨハンネスさん、話していただけませんか」
 と、ルイ。
「ルイさん、私は暑さにのぼせてしまうのも時間の問題ですのでそろそろ本屋敷へと戻ろうと思うのですが、少しはお役に立てましたでしょうか」
「えぇ、もちろんです。引き止めてしまい、申し訳ありません」
「では私は涼しい場所であなた方の帰りを待つと致します。レベル上げはそのときに」
「どうやって戻るの?」
 と、アール。
「私たちの行動は物語の一部として本に綴られております。テトラさんが読んでおりますので、私が戻りたいと意思表示をすればすぐに対応してくださいます」
「そっか。なるべくはやめに解決して戻りますね」
 
シラコはそんなアールに、優しく微笑むと、アールの手を取った。
 
「え」
「今更ですが、お会いできて光栄です」
 と、手の甲にキスをした。
「──ッ?!」
 
驚いて硬直したアールにまた微笑んで、ルイに頭を下げて村の外へ向かったシラコ。
まさに王子様だ!と心の中で叫ぶアール。
 
「あ……ああいう人なの? シラコさん……」
「彼は女性を尊い存在として扱いますからね。──では、ヨハンネスさん」
 と、彼に視線を戻した。
 
ヨハンネスは大きなため息をこぼし、ルイたちを連れて家に戻るとカーペットをめくって地下への扉を開いて見せた。
 
「もうひとりはどうした?」
 と、地下への階段を前に振り返るヨハンネス。
 
ソファではカイが眠っている。いないのはヴァイスだ。
 
「彼はいつも突然どこかに行ってしまうんです。気にしないで下さい」
 と、アール。
「自由な仲間を持っておるな。足元に気をつけなさい」
 階段を下りながら、後から下りてくるアールとルイに注意を促した。
「いざというときは駆けつけてくれるので問題ないです」
「そうか」
 

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