voice of mind - by ルイランノキ


 トーマの冒険記20…『本の中の世界』

 
「めっちゃかっこいいね!」
 と、ライリーはアールの腕にしがみ付いた。
「え?」
「私、かっこいい女の子に憧れてるんだ! 女剣士でしょ?」
「あ……うん」
 積極的なライリーにアールはタジタジだ。
「剣捌き見てみたい!」
 ライリーは目を輝かせてそう言ったあと、今度はヴァイスの目の前に歩み寄り、真正面からヴァイスを見上げた。
「かっこいいね! 赤い目してるんだね! コンタクト?」
「…………」
 ヴァイスは困ったようにアールを一瞥した。
「ヴァイスは無口なの」
「ヴァイスっていうんだ?! 男の人でこんなに髪の長い人はじめてみた! すっごく似合ってるし、すっごくかっこいいね!」
 
──なんだろう、これは。囚われていたとは思えないほど元気で明るい。
 
「とにかく一旦この地下から非難しよう」
 と、アールはライリーを連れて地下から出ると、一先ずE地区の外へ連れ出した。
 
それから彼女を連れてD地区の借家へ。ライリーは椅子を並べて眠っているカイの顔を覗き込んだ。
 
「この人もかっこいい!」
「あの子は“かっこいい”が口癖なのかな……」
 と、アール。
「どうだろうな。トーマには言わないようだが」
 
「この子だれ?」
 と、椅子に座っていたトーマが立ち上がる。
「ライリーさん。さっき会ったばかりで、詳しくは知らなくて」
 そう言いながら、傷を治す薬を彼女に渡した。地下では薄暗くてわからなかったが、顔や腕に傷があった。拷問を受けていたというほどではないが。
「ありがとう!」
 ライリーは満面の笑みでそう言った。
「あなたの家は近いの?」
「私の家は……ないの」
「どういうこと?」
「言っても信じない」
 と、先ほどと同じ事を言う。
「信じるか信じないかは別として、話してくれませんか? 困っているようなら、助けになれるかも」
「しかし時間がない」
 と、ヴァイスは腕を見遣った。服の上からでも時計が表示されている。
「そっか」
 と、アールも腕を見遣った。
 
その様子をライリーは不思議なものを見る目で見ている。
 
「なにを見てるの?」
「あ……ちょっとね」
 説明しづらい。
 
そこにルイが地図を片手に戻ってきた。
 
「わぁ、この人もかっこいい!」
 と、ライリー。
「えーっと……」
 ルイは首を傾げた。食事会に参加して女性の中にいただろうか。
「綺麗な顔! 中世的で素敵!」
「この方は?」
 と、困惑しながらアールに目をやった。
 アールが答えようとしたが、ライリーが握手を求めながら言った。
「私はライリー。閉じ込められていたところをふたりに助けてもらったの」
「そうでしたか。僕はルイと申します」
 と、互いに握手を交わした。
「みんな仲間なの?」
「そんなところです」
 
ルイはテーブルに地図を広げ、トーマに尋ねた。
 
「トーマさんがいた場所、どの辺りですか?」
「えーっと……この辺かな」
 と、指差す。
「ではそこに一番近いここまではゲートで行けそうですね」
「どこに行くの?」
 と、ライリーが覗き込む。
「行くというか、帰るのです。元の場所へ」
「山の中じゃない。こんなところでみんな住んでるの?」
「ここには俺が住んでんの」
 と、トーマ。「みんなはいきなり現れた謎の旅人さん」
「?」
 ライリーは首を傾げながらルイを見遣った。
「ライリーさんはどうされるのですか? 失礼ですが閉じ込められていたというのは……?」
「訊いても答えてくれないの」
 と、アール。
 
ライリーは腕を組んで少し考え、冗談交じりに言った。
 
「本の中の世界って信じる?」
「…………」
 アール達は驚いて顔を見合わせた。
「冗談冗談、急になに言ってんだって感じだよねー…」
「ライリーさん、本の外から来たの?」
 と、アール。
「え……」
「そうなの?!」
「もしかして……みんなも?」
 
彼女の話によれば3日前にとある本を開いたら中に吸い込まれてしまい、そのまま出られなくなったという。誰に話しても信じてもらえず、薬でもやっているのかと笑われた。けれどあるとき、飢えに苦しんでいた彼女を助けた男性に全てを話すと突然血相を変えてあの地下の牢屋へと連れて行かれたのだという。
 
「なんで……?」
 と、アール。
「詳しく教えろって。前にも、同じ事を言い張る人間がいたっていうの。その人は突然目の前から姿を消したって。私は逆に、その人のことが知りたかった。突然消えたっていうけど、もしかしたら本の外に出られたんじゃないかと思って。でも質問をしているのはこっちだ!って言ってあまり教えてくれなかったの。彼らは怯えているようだった。この世界に。ここが本の中の世界かもしれないという可能性に」
「さっきからなんの話をしてるんだよ……」
 と、不安げにトーマが言う。
「え……? あ、彼ってもしかして……」
「うん、こっちの世界の人」
 だからあまりこの話を聞かせないほうがいいのかもしれない。
 
気まずい沈黙が流れた。それを切り裂くようにカイが寝返りを打とうとして椅子から転げ落ちた。
 
「いったぁーい!!」
「大丈夫?」
 と、ライリー。
「かわいこちゃん!」
「ふふ、寝顔もかっこいいと思ったけど目の色綺麗だし普通にかっこいいのね」
「誰?! この女神は!」
「自己紹介は後。──じゃあライリーさんもテトラさんがいる……なんとかっていう本屋敷からここへ?」
「イストリアヴィラという本屋敷です」
 と、ルイが補足した。
「本屋敷? 私は、おばあちゃんの部屋にあった本を開いたの」
「おばあちゃん?」
「そう。私のおばあちゃん」
「テトラさんの手元に置かれる前までは別の方が持っていたということでしょうか」
 と、ルイは考える。
「とにかくライリーさんも本の外から来たなら一緒に連れて帰ったらいいんじゃない? 出来るのかわからないけど」
「これも“展開”でしょうか」
「わからないけど、展開でも偶然でも、放っておけないし」
「そうですね。一緒に来ますか?」
 ルイはライリーを見遣った。
「もちろん!」
 
「話の流れがよくわかんないんだけど」
 というカイに、ライリーは自ら詳しく説明した。
 一方、トーマに説明するのは難しい。
「話を聞くかぎりじゃ、ここが本の中の世界だって? どういうことだよ」
「…………」 
 アールが困り果てていると、ルイが頭を働かせた。
「僕らにとっては、この世界は本の中の世界なのです。そして、僕らが生きている世界も、誰かにとって本の中の世界なのかもしれません」
「……え? よくわからない」
「世界は無限にある。魔法が存在する世界なのですから。例えば海に潜れば魚が生活していますよね。海の魚たちは基本一生海の中で過ごし、陸上の世界を知らない。その上の空の世界も知らない。そんな場所があることさえも知らないのかもしれない。でも、確実にそこにも生物はいて、それぞれの世界で生きている。僕らも同じです。ここはトーマさんや、この世界で生きる人たちにとっては普通の世界。本の中などではない。でも、僕たちは本の中に入り込んでこの世界に来たので、僕たちにとってここは本の中の世界。そしてもしかしたら僕たちと、トーマさんの世界をまとめてひとつの世界として存在する世界もありうるのです」
「…………」
 
頭がこんがらがってきたのはトーマだけではない。アールもである。でもなんとなく、言わんとしていることはわかる。
 
「また、“本”というのは単なるひとつの形であって、ゲートとも言えます。別世界へ入るゲート。そのゲートが本であったがために、ここは僕らにとって本の中の世界という認識が生まれたのであって、“本”である必要はなく、“扉”でもよかったわけです。本ではなく壷であったなら、ここは壷の中の世界になります」
「もういい……考えるのが面倒になってきた」
 と、トーマは水を飲みにキッチンへ。
 
「ここって……本の中の世界じゃないの?」
 と、アール。
「本の中の世界です」
「え? でも別世界の入り口が本だっただけで本の中の世界ってわけじゃないんだよね?」
「本の中の世界ですよ。魔術師が作ったと思われます」
「えーっと……?」
「ライリーさんを捕らえた方々のように、この世界に疑問を抱き、恐怖を感じるようになっては困ると思い、トーマさんを少し撹乱させてみました」
 

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