voice of mind - by ルイランノキ


 イストリアヴィラ11…『川沿いを』

 
アールは一番広い壁の一番下の段に並べられている本を全てチェックし終え、2段目を端から見ていくことにした。時折カウンター横に置かれているアンティークな電話機が突然鳴り、びくりと肩を震わせた。
 
「何冊必要なんじゃ」
 と、テトラは受話器を持って通話相手と話している。
「14冊じゃな、すぐ届けよう」
 電話を切ると、壁に立てかけてあった大きな杖を持ち、コンコンと2回本棚を叩いた。
 
そして、注文を受けた14冊の本のタイトルを言葉にすると、勝手に本棚から抜け出した本たちが鳥のように羽ばたきながらカウンターへと集まって来た。
2階からカイの驚く声がした。突然本が動き出したのだから無理もない。
 
「その方法でトーマの冒険記を探し出せないのか」
 と、ベン。
「さっきも言うたろう、特殊な魔法がかけられた本じゃ。鍵が欲しくば黙って探すんじゃな。なにも探す本は一冊だけとは言うとらんぞ」
「なに……?」
 
はぁ、とため息をついたのはアールとヴァイスだった。二人はたまたま近くにいたため、顔を見合わせた。
 
「シドとジャックさんとジョーカーさんとクラウンさんもいたら今頃探し当ててるかな」
「そうだな」
 ヴァイスの肩にいたスーは、眠くなったのか欠伸をして彼の懐の中へ入っていった。
 
──と、そのときだった。2階から「あったーっ!」と叫ぶカイの声がした。
どたばたと階段を駆け下りてくるその手には、一冊の本が握られている。
 
「トーマの冒険記?」
 と、アールは駆け寄って確かめたかったが、もし違ったら大変だと思い、チェックし終えた本に触れたまま振り返った。
「うん。これでしょ?」
 と、カイはテトラに見せた。
「正解じゃ」
 テトラがそう答えたことで、ようやくその場から離れることができた一同はカウンターの前に集まった。
「これが鍵となんの関係が?」
「行ってみればわかる」
「行く?」
「本の中へじゃよ」
 と、テトラはトーマの冒険記を開いた。1ページ目には四角い扉のイラストが描かれている。その扉に向けて杖を翳すと絵の扉が静かに開いた。
「うおー、楽しそう!」
「冒険の準備はよいかの? トーマを探して彼の冒険を達成させることが第一の条件じゃ」
「え、ほんとに本の中に入るの?!」
 と、アール。
 
テトラは一同に杖を向けた。一同の体がみるみるうちに小さくなり、本の中へと吸い込まれていった。
 
「言い忘れておったが、本の中で死ぬことはないが時間制限がある。制限時間内に出られなければその本の登場人物となり、永遠に出られなくなるから気をつけるんじゃぞ」
 
その声は、本の中に入り込んだ一行の耳に天の声として届いた。
 
「時間制限ってなに?」
 アールは不安げにルイを見遣った。
「恐らく、これのことかと」
 ルイは自分の腕を見遣った。
 
腕にはタトゥーのようにデジタル時計がふたつ表示されていた。それは全員の腕にあり、ひとつは通常の時間を刻み、もうひとつは1秒ごとに数字が減っている。
 
「説明不足すぎるんですけどー…」
 と、カイ。
「これを見る限り、制限時間は12時間ですね。一先ずトーマさんを探しましょう」
「12時間も本の中にいるの?」
 と、既にもう億劫に感じるアール。
 
ここは森の中。周りは背の高い木々で覆われており、頭上には青空が広がっている。腕のタトゥー時計によれば本の中の世界では現在午前11時過ぎ。タイムリミットは午後の11時だ。
 
「トーマさーん!!」
 と、カイが叫んでみた。
 
なんの反応もない。森の中は静まり返っていた。これではどっちの方角へ進めばいいのかもわからない。
 
「ヴァイスん、いいにおいがする方角はどっちだい?」
 と、カイ。
「…………」
 ヴァイスは黙ったまま北を向いた。
「なんのにおいがするの?」
 と、アール。
「川がある」
「おお! いいね! 川沿いを歩こう」
 カイは鼻歌を歌いながら北へ。
 
一行は川がある方角へ進むことにした。15分ほど歩き進め、小川にたどり着いた。水深12pくらいしかない浅い川だが、小魚が気持ち良さそうに泳いでいる。
 
「こんなに浅いと桃は流れてこないよね」
 と、アール。
「もも?」
 カイが聞き返し、川沿いを進み始めた。
「桃太郎。私の世界にある童話。おばあさんが川で洗濯をしていたら川から大きな桃が流れてきて──」
「誰かが落としたの?」
「ちがう」
「どんくらいの大きさ? スイカくらい?」
「もっと大きいと思う」
「え?」
「おばあさんはその桃を抱きかかえて家に帰るの。おじいさんとその桃を割ってみたら中から赤ん坊が」
「えぇ?! 閉じ込められてたの?! ひどい!」
「そういう話じゃなくて」
「桃の妖精ですか?」
 と、ルイ。
「いや、そういうあれでもなくて。人間の赤ん坊なんだと思う」
「誰の?」
「……ほら、先に言ったけどこれ童話だからさ。寓話っていうか」
「聞き流せというの?!」
 と、カイ。
「とにかく、老夫婦はその赤ん坊を愛情こめて育てたの。桃太郎が大きくなったとき、鬼ヶ島の鬼が人間を襲うとかで鬼退治しに行くことになって」
「モモタロウって名前だったの?」
「うん」
「変な名前だねぇ」
「太郎って名前は私の世界では定番中の定番の名前なの。しん太郎、けん太郎、おかもと太郎」
「へぇ! 女の子の名前で定番は?」
「あやとか、めぐみとか、子がついたり」
「こ?」
「あやこ、かなこ、みさこ、ゆうこ、さちこ」
「あ、そういえばアールの名前も……」
 と、言いかけてバツの悪い顔をした。
 
アールはアールでどきりとした。確かにそうだ。私の名前は良子。
心の中で言い、久々に自分の名前を言ったなと思う。
 
「で、鬼退治しておしまい」
 と、アールは続きを話し、こんな単純な物語だったっけ? と首を傾げた。
「え、それでおしまいなの?」
「んー…あ、肝心なの忘れてた! きび団子!」
「きびだんご?」
「お腰につけたきび団子だよ。ひとつ私にくださいなっつって」
「なにいってんの?」
 と、笑う。
「鬼退治に向かう途中で出会った仲間にお団子を渡して一緒に鬼ヶ島に行くんだけど、」
「団子だけで? 高級団子なの? それともその団子を食うと願い事が叶うの? だって鬼を退治に行くんでしょ? お団子くれたくらいじゃ俺なら行かないね!」
「ちなみにその仲間っていうのはイヌとサルとキジだから」
「……!?」
 
理解不能すぎて、一行は頭を傾げた。人が桃から生まれ、鬼を退治するためにお団子を犬と猿とキジに与え、連れて行く?
 
「もしかして生け贄……?」
 と、カイ。
「違うよ。一緒に戦うんだってば。勝利するんだから」
 

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