voice of mind - by ルイランノキ |
夕飯を食べ終え、一行は宿を出て若葉村へ向かった。
そこにクラウンの姿はなかった。アーム玉のことを聞いたシドは特に疑う様子もなく聞き入れた。それもそろそろまた集めたアーム玉を回収する日が近づいていたからである。彼らは定期的にシュバルツにアーム玉を捧げていた。
若葉村へ着いたのは夜の10時前だった。
村はしんと静まり返り、ヴァニラを訪ねるのは明日の朝にするべきかと考えながら宿への道を歩いていたときだった。10歳くらいの一人の少年が泣きながら走ってくる。一行に気付くと、キッと睨んできた。
「君、どうしたのです?」
と、ルイが声をかけた。
「お前たちのせいだ」
「え?」
「お前たちが来たから死んだんだ。お前たちが来る前まではばあちゃんあんなに元気だったのに!」
瞬時にヴァニラの顔が脳裏に浮かんだ。アールが真っ先に駆け出し、一同も後を追った。
ヴァニラの家の周りには村人が全員集まっていた。彼らを押しのけ、室内へ。
「ヴァニラさん!」
穏やかな表情で笑っていたヴァニラの姿はもうそこにはいなかった。目を閉じ、息もしなくなった彼女は人形のように布団の上で横たわっていた。
そのすぐ脇に立っていた孫の女性が、アールと、後から入ってきた一同に頭を下げた。
「少し前に、息を引き取りました」
「そんな……ヴァニラさん……ヴァニラさん!」
つい先日会って言葉を交わしたばかりの人が急にいなくなる喪失感。たった一度しか会っていないけれど、身近な存在に感じていたからか酷く動揺した。アールは涙を流しながらヴァニラの手を握った。
三部隊は黙ったまま部屋を出て行った。涙を流すアールに、ルイたちは寄り添った。
三部隊が気がかりなのは次の鍵の存在だった。ヴァニラが亡くなったとなると、誰に尋ねればいいのだろう。ヴァニラの孫はなにか知っているだろうか。
「面倒なことになったな」
と、ベンは呟いた。
「リンドン村の村長や、キャバリ街のニッキという男に訊いてみたらどうだ? もしかしたら他の鍵のことも知っているかもしれない」
と、ジャックが提案する。
「それは俺も考えていたところだ。他に当てはないからな」
「いつまで待つつもりだ」
と、シドはヴァニラの家を眺めながら言った。「時間の無駄だ」
それを聞いていた村人たちは彼に鋭い目を向けた。
「言葉を慎むんだな。村人全員を敵に回す気か」
「全員敵に回したところでなにか問題あんのかよ」
苛立ちを隠せないシド。
「面倒は起こすな」
その夜、結局アールは朝までヴァニラの側から離れなかった。孫の名前はケティといった。モーメルには既に連絡を入れたという。意外にも冷静な彼女は、突然の出来事をまだ心が受け入れていないように思えた。
悲しみは、落ち着いた頃にどっと押し寄せてくる。
「鍵のことは聞いていないわ……。部屋を片付けるつもりだから、そのときに鍵に関するなにかを見つけたら連絡します」
と、ルイに連絡先を渡したケティ。
「よろしくお願いします。こんなときに、すみません」
そして、鍵が4つ揃えばアリアンの塔が映し出されるという地図を受け取った。
眠らないまま朝を迎えたアールは憔悴しきった表情で、目に力がなかった。三部隊は宿で一夜を明かしたらしい。
同じ宿にチェックインし、部屋に入った早々ルイは言った。
「アールさんたちは若葉村で休んでおいてください。ベンさんから留守電にメッセージがありました。リンドン村とキャバリ街に戻ってみるそうです。僕も行って来ます」
「でも……ルイも寝てないのに……」
「僕は大丈夫ですから」
「私も行くよ」
その後ろでは、カイがベッドに倒れこんだ。
「聞き込みをするだけですから」
「でも……なんか、もう一度会わなきゃいけない気がして……」
「どなたにですか?」
「キャバリ街の、ニッキさん……」
それを聞いて、ヴァイスとルイは顔を見合わせた。ニッキと会ったとき、アールは彼を見て倒れたように思えたからだ。
「やはりお知り合いなのですか?」
「ううん……ただ、あの人……」
心が不安定になる。
精神安定剤は何回分残っていただろうか。
殺してしまったシオンを思い出す。剣先が肉を斬り割いて入り込んだときの感触が蘇る。
「あの人、顔が同じなの。私の父と──」
お父さんかと思った。だから、パニックになった。
顔も、声も同じだった。なんでお父さんがこんなところにいるの?って思った。
でも、あれはお父さんなわけがない。
お父さんがこの世界にいるわけがないんだから。
きっとシオンと同じ。
そして私は“良子”が、“運命”が、
そうさせているのだと気付くのに時間はかからなかった。
私は完治していない。
この世界にいる以上、私は正常には戻れないのだろう。第三十一章 海底の町 (完)
Thank you... |