voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町1…『ニッキ』

 

 

心が壊れるかと思った。
全身の血が引いて、目眩がした。
 
気を失って倒れた私を咄嗟に支えたのはヴァイスだった。
ヴァニラの知り合いを捜し当てたとき、私は後ろのほうに立っていた。ルイは第3の鍵についての情報を得るためにその男性と話をしていたから、私の異変にすぐには気が付かなかった。他のみんなもそう。
 
ヴァイスだけは、いつも私の後ろにいるから気付いて支えてくれた。
 
壊れるかと思った。でも、壊れなかった。一度壊れかけたからかな。その分、耐久性ができたのかな。
人は案外強いのかもしれない。死にたい死にたいと言いながら、苦しみながらもなんだかんだで生き続けてしまうように……。

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宿の部屋に布団を敷き、アールは眠っていた。
ヴァイス、ルイ、カイ、スーは心配そうにアールを眺めている。
 
「一体、何があったのです……? 今朝は体調が悪いようには見えませんでしたが……」
「突然苦しそうに呼吸を繰り返し、そのまま意識を失った」
 と、ヴァイスは言った。
「病気なの?」
 カイは不安げにルイを見遣った。
「いえ、僕が診る限りでは特に……」
 
ルイは立ち上がり、廊下に出た。そこでは三部隊が待機していた。
 
「女の様子は?」
 ベンは訊いた。
「まだ、眠っています。お騒がせしてすみません」
「いつもこんなに世話が焼けるのか」
「……なにかあったのかもしれませんが、話ができないのでなんとも。アールさんが目覚めるまで、待っていただけませんか。こちらから連絡します」
「あまり待てないぞ。昼まで待つ」
 そう言ってベンはルイに背を向けた。
 
ルイが部屋に戻ると、カイはアールの額に手を当てていた。ルイに目を向け、「熱ない?」と訊いた。計ってみると、37.9度あった。
 
「精神的ストレスで熱が出たのかもしれません。熱以外、悪いところは見当たりませんから」
「ストレス? 昨日のこととか?」
 カイはアールがひとりで魔物狩りに行ったことを思い出した。
「そうかもしれません。もしかしたら他にもなにかあるのかもしれませんが……」
 
ヴァイスは部屋の隅に腰を下ろし、言った。
 
「あの男はアールの知り合いか?」
「え?」
「ヴァニラの知人と言ったニッキという男だ」
「そんなはずは……」
 と、ルイはアールの寝顔を眺め、ヴァイスに視線を戻した。
「アールさんは彼を見て様子がおかしくなったのですか?」
「そのように見えた。確かではないが」
「…………」
「俺、訊いてこようか? アールのこと知ってますかーって。ルイアールのこと心配で離れられないでしょ?」
「カイさん……助かります」
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
 と、カイは立ち上がった。
 
ニッキという男は40代前半の痩せ型の男だった。ヴァニラとは父を通して知り合ったという。彼の父親は薬剤師で、ヴァニラの夫が健在だった頃に薬を処方していたという。その父親もヴァニラの夫も今はもう亡くなっている。
 
カイは彼がいる商店街へ足を運んだ。ニッキは現在小さな薬局店を営んでおり、八百屋と本屋に挟まれてひっそりと佇むその外観はすっかりくたびれたように古ぼけているものの、街の住人から愛されてきた落ち着きを放っていた。
 
「すんませーん」
 と、カイは店内に入った。
 
レジからニッキが顔を出した。目を細めながらカイを見遣り、「あぁ」と思い出す。
 
「さっきの兄ちゃんか。お嬢さんは大丈夫かい?」
「うーん、なんか精神的ストレスで熱が出てるみたい」
「それは心配だな……精神的なものは薬で治すのは大変だからな」
「ところでおっちゃんさ、アールのこと知ってる?」
「ん?」
「さっきはじめて会った?」
「あぁ、初めて会ったと思うが……どうかしたのか?」
「ううん。なんかアールの方がおっちゃんのこと知ってるっぽかったからさぁ。まぁ気のせいかもしれないけどー」
 と、店内を見回した。「お菓子は置いてないんだねぇ」
「飴ならあるよ」
 と、ニッキはレジ横に置いていた飴が入っている小さな籠を見せた。
「もらっていいの?」
「小さな子供が来たときにあげてるんだけどね」
「3つもらうね。──おっちゃん有名人だったりする?」
 と、籠から3種類の飴をもらった。
「この商店街じゃそこそこ有名人だけどな」
「テレビに出たり」
「それはないな」
 と、飴が入った籠をレジ横に戻した。
「じゃあアールはどこでおっちゃんを見たんだろう」
「おいおい……それじゃあまるで俺を見て倒れたみたいな言い方じゃないか」
「え、うん。そうなんだけど」
「そうなのか?」
 と、彼は驚いた。心当たりは全くない。
「アールを見てた仲間が言うにはそんな風に見えたんだってさ。だから確かではないのだよ」
 飴をひとつ、口に放り込んだ。
「なら気のせいだろう、俺は彼女を見たのははじめてさ。人に見られて失神させるようなことをした覚えもないしなぁ」
 と苦笑する。
「あまりのかっこよさに緊張して倒れたってことは絶対にないしねぇ」
「おい、これでもモテるんだぞ」
「またまたぁ。モテるっていうのはねぇ、俺みたいな人のことを言うんだよ」
「まぁ若者には勝てないがな」
 と、笑う。
 
結局、ニッキはアールのことを知らなかった。ヴァイスの勘違いだろうか。
帰り際、自分で食べて無くなった分の飴をもうひとつもらってから店を出た。カイが宿に戻る少し前、アールは目を覚ました。
 
「アールさん! 大丈夫ですか?」
 
アールは天井の一点を見つめたまま、今自分が置かれた状況を把握した。──ここは宿だ。そうだ、私、倒れたんだっけ……
 
「アールさん」
 と、ルイの声に視線を移した。
「ルイ……ごめん」
「なにがあったのですか?」
 
理由はちゃんとあった。けれど。
 
「ちょっと……急に気分が悪くなって。昨日魔物捌いたときから少し気持ち悪くて」
「そうでしたか……」
 と、ルイはヴァイスを見遣った。ヴァイスもルイを目を合わせた。
 
なにか隠しているのだろうか。それとも考えすぎだろうか。
 
「薬を飲んで安静にしていましょう」
 と、ルイはアールの体を起こして薬を飲ませた。
「鍵の情報は……?」
「わかりました。イラーハという町にあるようです。ただ、そこは海底の町だとか」
「海底!」
 と、アールは目を輝かせた。
「といっても、海の中に潜るというより、海の中に作られたガラス張りの町があり、そこへ行くようです」
「へぇ、楽しみ」
 
そこにカイが歌いながら帰って来た。アールの隣に腰を下ろし、ポケットから飴玉を出して渡した。
 
「お土産です」
「買ったの?」
「貰ったんだ、ニッキっきから」
「ニッキ……」
 と、アールの表情が明らかに変わったのをルイは見逃さなかった。
「ニッキっきはアールのこと知らないってさ」
「え……」
「すみませんアールさん。ニッキさんを見て意識を失ったのかと思いまして」
「そう……違うよ、ありがとう」
 と、微笑んで横になった。
 

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©Kamikawa
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