ル イ ラ ン ノ キ


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ダ ン ケ ル ハ イ ト

バラバラに切り刻まれた人間の死体を見慣れた私は、いつも後始末に追われる。
握手をするように手を拾い上げて、黒いゴミ袋に入れ、足は重いから両手で持ち上げる。頭は綺麗に残っていれば髪の毛を掴んで拾い上げる。ボウリングの球と同じくらいの重さだ。頭も切り刻まれていたら厄介だった。中身が散らばっているから、かき集めるのが面倒だった。そこが室内で畳の上なら畳も買い替えないと隙間という隙間から血や肉片が入り込んでブラシで擦ったところで生臭いにおい共々消えやしない。

生まれたときから、血の匂いを知っていた。
生まれたときから、サイレンの音を聞いていた。
生まれたときから、村人たちの叫び声を聞いていた。

山から全身刃物の化け物が下りてくる。
そして村人を襲って帰ってゆく。
あれが何者なのか、誰も知らない。そう思っていた。
調べようとした村の男たちは、化け物がやってくる山に入り、3日後にはバラバラになって村の中央に捨てられていた。

「お疲れ様……」
 かすれた声で私にタオルを渡してきたのは母だった。髪が乱れ、年齢のわりに老けて見える。

台所で手を洗い終え、タオルを受け取った。
この村の住人はみんな声が擦れている。叫び続けた結果なのだろう。

「ねぇ、お母さん」
 私もまた、女性らしい可愛い声とは程遠い。
「…………」
 なにかを訊こうとするだけで、母は悲しい顔をする。

だから訊きたいことも訊けない。
私はなんのために生まれてきたの? なんで私を生んだの?

「明日の朝、なにが食べたい?」
 質問を変える。
「なんでもいいわ、あなたが作るお料理はどれも美味しいもの」
「そっか」

母も気付いていて、なにも言ってこない。本当は他に訊きたいことがあるのに訊かないことを、母はわかっている。
父は去年、死んだ。逃げ遅れて死んだ。

布団に入りなおし、目を閉じた。どこからともなく泣き声が聞こえてくる。呻き声も聞こえてくる。いつものこと。だから普段ならさほど気にもせずに眠るのだけど、今日は違った。眠れない。
布団から出て、隣で母が寝ているのを確認してからそっと外に出た。星が瞬いている。

泣き声がする一軒家に足を運び、玄関のドアをノックした。
中から目を真っ赤に腫らした少女が出てきた。顔見知り。私を見上げて抱きついてきた。小さなその体は小刻みに震えていた。

「どうしたの」
「ママが……」
「死んだの?」
「…………」
 少女は黙ったまま頷いた。

家の中へ入り、少女が指差した居間を覗いた。3つに切り分けられた母親の遺体があった。割れた窓ガラスの外で、少女の父親が背中を向けて呆然と立ち尽くしている。血まみれだったが、彼の血ではないようだ。

「おじさん」
 声をかけると、おじさんは振り向いた。
「ナオか」
 私の名前。この村の人間はみんな顔見知りだし、名前も知っている。それだけの人数しかいないからだ。
「おばさん、逃げ遅れたの?」
「……あぁ」
「手伝おうか」
 処分を。
「……いや、いい」
「でも。このままじゃ匂いが」
「…………」
 おじさんは室内に戻ると、妻の遺体を見下ろした。
「誰も太刀打ちできん」
「…………」
「奴が現れたら逃げるか殺されるかしかない」
「…………」
「守れんかった」
 そう言って、おじさんは足元にひろがっている妻の血の上に座り込んだ。

遠目から居間を覗くように、少女、リカが廊下に立っている。

「リカ、自分の部屋に戻りな」
 私はそう言って、自室へと促した。

リカが布団に入ったのを見届けて、ドアを閉めた。居間に戻り、訊きたかったことを口にした。

「なんで、リカちゃんを産んだんですか」
「…………」
「化け物が来るのに。なんでみんな、こんな恐ろしい目に遭わせることをわかっててヤることヤって子供作るんですか」
「…………」
「誰も答えてくれない。答えないのはなにか理由があるからでしょう」
「…………」

おじさんは胴体と繋がっていない妻の手を握った。その手には結婚指輪が嵌められている。

「せんしが」
 と、おじさんは言った。
「せんし?」
「戦士が必要なんだ」
「……戦士?」
 私は眉をひそめ、もう一度聞き返した。
「あの化け物を、誰かが倒さねばならん」
「…………」
「俺たちは、“駒”なんだ。ゲームの“駒”として生まれ、生きてきた。終らせるには誰かが倒さねばならん」

「なにそれ」

取ってつけたような話。
私はおばさんの死体を処分してから、おじさんに連れられて村の奥へ向かった。この辺は崩壊した家が多くある。以前は人が住んでいた。年々、村は小さくなるばかり。
そして、ある場所でおじさんの足が止まった。蹴るように足元の砂を掻き分け、地下へと続くコンクリートの扉が顔を出した。懐中電灯を片手に重い扉を横にずらすように開けて、中へ誘う階段を下りていった。
 
そこで目にしたのはいくつものしゃれこうべと、膨大な数の資料、そして見たこともない武器の数々だった。

「君はまだ18歳だ。二十歳を迎えたとき、この村の歴史を話すことを許されている。だが、君が知りたいというなら俺が知っていることを全て話そう」

私は黙ったまま話の続きを聞いた。

「あの化け物やこの村は、アロンという男が作り上げた世界だ。アロンはこのゲームの主催者だ」
「ゲーム?」
「俺たちは常に監視下にあり、隔離されているんだ。この山から下りようと試みた者が調べた資料がここにある」
 と、おじさんは私に古びたファイルを手渡した。

手描きの文字に、モノクロの写真が貼られている。村についての資料がぎっしりと書かれていた。そして、目を疑う文字があった。

「“アンドロイド”? ってなに」
「ロボット。機械のことだ」
「機械? アロンは機械なの?」
「いや、アロンは人間だ。その資料によればな。山を下ってゆくと、巨大な門がある。その向こう側には見張りがおってな、全て機械なんだ。山の下の世界のことを我々は下界と呼んでいる。下界に人間はほとんど存在していない。全く存在していないことも考えられる」
「うそだ……」
「そう思ってこれまで調査に出かけた村人がいる。見つかって殺された者が大半だが、無事に戻ってきた奴らの情報も同じだ。機械が人間を観察している。ここ(村)はその実験室のような場所だ」
「信じない!」
 
ファイルを壁に叩きつけた。ばかばかしい。機械が人間を観察している?ならあの化け物も生き物ではなく機械だというのか。
 
「村の人間の数が減ると、あの化け物は姿を現さなくなる。安心し、子を産み、人数が増えるとまた山から下りてくる。倒せるものなら倒してみろと言わんばかりにな。それを楽しんでいるようだった。人々は恐れ、やがて子を産まなくなった。過去には残った村人たちが焼身自殺を計ろうとしたことがある。面白いことに救助がやってくるんだ。自ら死を選ぶことも出来ない。そして、あるとき村の女がさらわれた。戻ってきたときには大きなお腹をしておった」
「誰の子供なの……?」
「そこまではわからん。わかるのは機械を生み出したのはまぎれもなく人間であるアロンという名の男だということと、アロンは死亡したということだ。その新聞記事がある。下界で出回っていた新聞だと思われる。本当かどうかはわからないが、この世界を機械に奪われるわけにはいかない。戦い続けるんだ。きっと我々の他にもこうして戦っている人間がどこかにいると信じて。諦めてはいけない」
「……機械に心は?」
「殺しを楽しんでいるのだとすれば、考えられる。もしくは悪趣味な人間が機械を操作しているのだろう」
「それが本当なら、どうすればいい。私は、母のようにはなりたくない」
「…………」
「人間を絶滅させないために、戦士をつくるために、子を産んで逃げ回るだけの人間にはなりたくない」
「お前はまだ幼い。それに女だ」
「男は頼りにならない。死体に触ることもできない奴らばっかりだ」
「まぁ、そうだな……」
「ここにある資料、全部見ても?」
「あぁ。俺にも何か手伝えることがあったら言ってくれ。村人にも知らせておく」
「リカ……おじさんはリカを守って」
 おじさんを睨みつけた。リカにはもう、父親しかいないから。
「そうだな……」
「ここにある骨はなに」
「君のように行動に出ることを決めた“戦士たち”の骨だ」
「……私は骨にはならない」

突然、サイレンの音が鳴り響いた。耳を塞ぐ轟音に寝静まっていた村人たちが飛び起きる。

「また……?」
「こんなことは初めてだ……一夜にして二度も……」

そして闇夜に悲鳴が響き渡る。
おじさんは血相を変えて地下から出て行った。リカを守りに行ったのだろう。

私も母を守らなければと階段に足をかけたが、やめた。
振り返り、膨大な資料の山を見据えた。

母を見捨てるわけじゃない。助けに行ったって、なにも出来ない。一緒に逃げるか殺されるかだ。──今はまだ。

「命短し」

私はしゃれこうべが着ているボロキレの切れ端を丸めて耳に詰めた。極力、音をシャットアウトして、資料に書かれている情報を叩き込んだ。

私はなんのために生まれてきたの?
その答えは私がこれから見つける。


──どれだけの間こうしていただろうか。村人の様子が気にかかり、階段を上った。
泣き声も、うめき声もしない。静かだった。

「…………」

一歩一歩自宅へ向かった。地面が血で染まっている。お隣さん家の玄関が開いていた。玄関で倒れている人がこちらを見ている。息はしていない。下半身は見当たらない。
少し歩き進めると、誰かの腕があった。不意に視線を上に向け、屋根の上にリカちゃんの頭があることに気がついた。家の脇には縦半分に切り分けられたおじさんの遺体がある。

自宅に入ると、母の死体があった。体も顔も綺麗だというのに、頭がそぎ落とされている。

「…………」

生存者は私だけ。

カチャカチャと金属が触れ合う音がした。別の部屋からだ。息を殺しながら忍足で覗きこんだ。

「……だれ」

知らない男の人が蹲っていた。彼はゆっくりと顔を上げ、私を見るなり不気味な笑みを浮かべて両手に持っていた包丁を振りかざした。
サイレンの音がまたけたたましく響く。

サイレンの音はどこからするんだっけ?
この村にスピーカーなどないはずなのに。

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©Kamikawa

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