ル イ ラ ン ノ キ


 PAGE:(1/4)


Espoir Love

私には不思議な力がある。その理由と意味を探してる。

━━━━━━━━━━━

「君、大丈夫?」
 そう声をかけてきたのは、同じ年くらいの見知らぬ男性だった。

彼が私に声をかけたのは、夜の八時ごろに靴も履かずに公園のベンチに座っている怪しい女子高校生を見たからだろう。もちろん、私のことだ。
人の優しさは時に鬱陶しくも感じる。助ける気がないのなら軽々しく声をかけないで欲しいと思った。

「べつに……」
「靴、ないなら買って来ようか? 何センチ?」
「…………」

このとき彼の顔をまともに見た。そのときの彼の表情は説明しづらい。心配しているようではなく、かといって笑っているわけでもなく、俺って優しいだろ? と優しさを押し付けているようでもなく、“普通”だった。消しゴムを忘れた友人に「貸そうか?」と訊いた程度のような表情。「あ、ほんと?ありがとう」とさらっと言ってしまいそうになるほど普通だった。だから精神的に参っていて不安定だったにもかかわらず、見知らぬこの男に不信感も不快感も抱かなかった。

「いえ……あの……」
「このまま帰れる?」
「……23センチ。安いやつでいいです」

本当に買ってきてくれるのだろうか。買ってきてくれても後々走り代として高く請求されるんじゃないだろうか。最悪、仲間を呼んできて強姦されそうになったりしないだろうか。彼が走り去ってから急にそんな不安が襲ってきたけれど、彼は当たり前のように本当に靴を買ってきて、それもなかなかデザイン的に普段から履けそうなちょっと洒落たパンプスだったから驚いた。彼は私の前でその靴を箱から出して、シンデレラのガラスの靴のように私の足の下へと置いた。

「おいくらでしたか?」
 靴のサイズはぴったりだったけれど、生憎手持ちがあまりなく、足りるかどうか不安だった。
「いや、いいよ」
「え……」
「俺からのプレゼント」
「そんなの困ります……」
 本当に困る。あり難いけれど会ったばかりの人に借りを作るようなことはしたくない。
「ペイフォワードって知ってる?」
「ペイ……?」
「映画。結構前の映画なんだけど、いい話なんだ。あの映画のラストは悲しすぎるから認めたくはないんだけど、ほんとすごくいい映画で」
 と、彼は私の隣に座った。
「あの……レシートもらえますか?」
「主人公は13才くらいの男の子で、世界を変えたいと思ってるんだ。で、世界を変えるにはどうすればいいのか考えた。それがペイ・フォワード。日本語で言うなら『恩送り』。自分が人から貰った善意や恩を、その相手に返すんじゃなくて別の3人に渡すというもの。そうすることでどんどん広まって、世界は愛で埋め尽くされる」
「…………」

その映画を語る彼の横顔を眺めながら、自分の心に芽生えた温かな感情を見逃さなかった。同い年くらいにしては大人っぽく、心の広い人。いつしか彼の話に耳を傾けながら心地よさを感じていた。

「──ってことで、君はひとりめ。ちょうど今日、人から恩を貰ったところだから」
 と、立ち上がる。
「じゃあ私は……」
「君も誰か3人の人に渡してくれたらいいよ。帰り気をつけてね」

そう言って彼は去って行った。あの時引き止めればよかったと、その後に大きく育った彼への想いに気づいて、後悔した。名前すらも訊かなかったことを、とても悔やんだ。出会った公園に何度か足を運んでみても、彼を見つけることは出来なかった。

それから数年の月日が流れた。
彼から受けた善意は、私なりに3名の困っている人に返せたと思う。願掛けのつもりでもあった。きちんと彼の言ったとおりに善意を渡せば、また彼に会えるかもしれないと。 でもそんなことはなくて。

私の人生はその彼と出会った1時間程度のあの日の時間が幸せのピークだったと思われる。私の人生は苦行でしかなかった。人から嫌われるようなことをした覚えはない。ただ、正義感が強いことで嫌われていた子と仲良くしていただけで目をつけられて、イジメの対象になった。だからあの日だって部活が終わって帰ろうとしたら私の靴が無くなっていて途方にくれていたんだ。靴がなくなったのは二度目だったから。

でも彼と出会い、たった1時間程度過ごしただけなのにズタズタに疲れきっていた心が癒された。そして久しぶりに人を好きになった。

彼に会いたい。そう何度も思った。彼に会えたらもう一度前を向けるのに。彼に会えたらもう一度、立ち直れるのに。
それだけ彼の存在は私の中で大きく膨らんでいたんだ。

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa

Thank you...

- ナノ -