ル イ ラ ン ノ キ


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不 思 議 な 種
 
ある男は10個の種を持っていた。彼はあてもなく世をさ迷い、一番はじめに目をつけた少年に声をかけることにした。
5才くらいの少年は自宅の庭でひとり、サッカーボールを蹴っていた。
 
「そこの少年」
 男が庭の外から声を掛けると、少年は驚いたように彼を見やった。
「これをひとつ、君にあげよう」
 何かを握った拳を突き出すと、少年は近づいてきて手の平を出した。
 
小さい手の平に、コロンと真ん丸な種がひとつ。
 
「なあに?」
 と、少年は手の上にある種を眺める。
「命が芽吹く種だ。死んだものの口の中に入れると、生き返る」
「…………」
 少年はあどけない瞳で男を一瞥し、手の平の種を反対側の人差し指でつついた。
 
少年がもう一度顔を上げたときには既に男の姿はない。少年は暫く悩み、庭の端に置いてあったスコップを手にとって、庭に埋めた。“種”と聞いたからそうしただけだ。花が咲くと思ったが、種は土の中で灰になって消えた。
 
男は遠目からその様子を眺め、小さくため息をこぼした。
次に、公園にいた少女に声をかけた。少女は公園の砂場でひとり、おままごとをしていた。
 
「お嬢さん」
 男が優しく声をかけると、少女は少し怯えたように立ち上がり、男を見遣った。
「これをひとつ、君にあげよう。命が芽吹く種だ。死んだものの口の中に入れると、生き返る」
「……ありがとう」
 少女は困惑したように受け取り、礼を言った。
 
男はその場を離れる際に、言い忘れていたことを彼女に伝えた。
 
「一週間以内にしか使えない。七日経てば、その種はただの灰になる」
「……うん」
 理解したのかしていないのか、少女は曖昧な返事をした。
 
少女はその種を暫く眺めていたが、彼女の名前を呼びながら走って来るもう一人の少女に気づくと、種への興味は薄れ、種は彼女のポケットの中にしまわれた。
そしてそのまま洗濯機に入れられ、灰になる。
 
純粋無垢な子供ほどこの種をうまく使ってくれるだろうと思っていたが、若すぎた。
男は次に、大人しそうな小学5年生の少女に目をつけた。これくらいの年齢になると人選が重要だった。怪しまれて叫ばれてはかなわない。
少女が学校の帰りに人気のない道へ入り込んだのを確認し、男は後をつけた。
 
「お嬢さん」
 
後ろから声を掛けると、少女はびくりと肩を震わせ、ランドセルの横につけていた防犯ブザーに手を伸ばした。男は足を止め、少女との距離をとったまま、言った。
 
「これをひとつ、君にあげよう。命が芽吹く種だ。死んだものの口の中に入れると、生き返る」
 
見えやすいように人差し指と親指でつまんで見せた。少女は目を細めて種を眺めているが、警戒心はまだ持っているようだった。
男は種を握り、下から投げるそぶりをみせると、少女は防犯ブザーから手を離して受け取る姿勢をとった。
男は優しく種を投げると、種は半円を描いて少女の手の中へ。
 
「その種は一週間しか生きられない」
 
そう言って男は少女に背を向け、その場をあとにした。
 
少女は呆気にとられていたが、しかと種をにぎりしめ、家路に急いだ。少女は家に帰るやいなや、自分の部屋のベッドにランドセルを放り投げ、再び家を出た。
少女が向かったのはとある空き地だった。空き地の草が茂っている場所に、三毛猫の死骸がある。既に数日が経過しており、蝿がたかっていたが、少女は蝿を手で払いながら、息をしていない猫の口をこじ開け、中へ種を押し込んだ。
少女は半信半疑のまま猫の死骸を眺めていた。すると、猫の口が微かに動き、カリッと音がした。種を噛んだ音だ。それからごくりと飲み込んだかと思うと、やせ細っていた体に膨らみが戻り、べったりとしていた毛はフサフサに、半分開いていた目に光が戻り、猫はむくりと起き上がった。そしてググっと背伸びをし、つぶらな瞳で少女を見上げた。──ニャーオ。
 
少女は満面の笑みを浮かべ、その猫を抱き抱えた。彼女が猫を抱えて向かったのは古い一軒家だった。チャイムを鳴らすと白髪のおばあさんが顔を出した。
 
「あら、みかちゃんじゃないか」
 そう言って、少女が抱いている猫を見遣り、目をまるくした。
「見つけたよ、空き地にいたの。ミケちゃん」
「ミケちゃん! 生きてたんだねぇ、よかったよかった」
 おばあさんは目に涙を溜めた。「さ、とにかくお入り。おやつを出してあげるよ。ミケちゃんのおやつもね」
 
男は遠目からその様子を眺め、小さく頷いた。
 
次に男はおじいさんに声を掛けた。おじいさんの妻は、家の中で寝たきり。その時が近づいていたからだ。男には不思議とそれがわかる。
おじいさんは家を出て、小さな歩幅で買い物へ向かっていた。そこに待ち伏せをしていた男が姿を現した。おじいさんは足を止め、曲がった腰を伸ばすようにして男の顔を見遣った。そして不思議なことを口にした。
 
「お迎えかね?」
 
男ははじめ、その意味がわからなかった。誰かと勘違いしているのだろうかと。
 
「わしのお迎えかね? それとも婆さんのお迎えかね」
 少し悲しげな瞳に、ようやく気づく。
「──いや、俺は死神じゃない」
「ほう」
「これをひとつ、貴方にあげよう」
 と、男はおじいさんに種を手渡した。「命が芽吹く種だ。死んだものの口の中に入れると、生き返る」
 
おじいさんは種をまじまじと見遣り、意味深げにため息をこぼした。そして、いつの間にか男の姿が消えていたが、さほど驚く様子もなく、種をがま口財布の中にしまい、スーパーへ向かった。
おばあさんが亡くなったのは毎日訪れるヘルパーが帰ったあとだった。おじいさんは眠るように亡くなったおばあさんの頬に優しく触れ、涙を流した。
そして、箪笥の引き出しにしまっておいたがま口財布の中から種を取り出し、再びおばあさんが眠るベッドの横に膝をついた。種を、おばあさんの口に近づける。唇に触れた種はそのまま動かなかった。種を持つおじいさんの手は震えていた。涙を流し、悩み、結局、種はおばあさんの口から離された。
 
「わしももうすぐそっちに向かう」
 
そう言っておじいさんはおばあさんを抱きしめた。
おじいさんの手から落ちた種は畳の上を転がり、テレビの下へ。存在の意味を失った種は七日を待たずに灰となって消えた。
 
男はただただ黙ってその様子を遠目から見ていた。物思いにふけ、次を探す。
 
無精髭を生やした30代後半の男は、種を受け取ったものの鼻でふんと笑い、放り投げてしまった。種は車道に転がり、車に轢かれて灰になった。
若い女子高生も、気持ち悪そうにして自動販売機の横にあるごみ箱に捨てた。
種を貰った男子高校生は、勉強机に種を置いて、コップの底で割ってしまった。種は割れた途端に灰になって消えた。
 

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©Kamikawa

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