ル イ ラ ン ノ キ


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だ せ ぇ 負 け 試 合
端から勝てるとは思っていなかった負け試合は、くだらない笑いと共に幕を閉じる。
 
「先輩なにやってんすか」
 
体育館の中から窓の縁に肘を掛けて、外にいた女性に声を掛けた。
 
「なにって庄司待ってんの」
「品川?」
「なんでよ」
 と、先輩は笑う。
「彼氏の“いいくらしょーじ”」
「答えなくてもわかりますよ」
「じゃあ訊くな」
 
俺はバスケ部の高校二年で、三年の飯倉先輩の後輩だ。そして体育館の外にいたのは飯倉先輩の彼女、保波芳恵。
 
「今いないっすよ、なんか先生に呼び出されたみたいで」
「そうっすか」
 と、芳恵先輩は俺の真似をする。
「俺と一緒に帰ります?」
「バーカ。庄司に言い付けるぞ」
 
こうしていつも軽く交わされる。言い付けられたからといって、困ることはなにもない。
飯倉先輩は穏和な人だ。以前、芳恵先輩と仲良くくっちゃべっていると「人の彼女をナンパするなよ」と、飯倉先輩は優しく言った。
 
「先輩、彼氏ならもっとガツンと言ったらどうっすか? もしくはぶん殴るとか」
「俺そういうタイプじゃないんだよ」
 と、苦笑する。
「でも芳恵先輩にヤンキーが絡んできたらいくら飯倉先輩でもキレるんじゃないっすか?」
「まぁね。喧嘩は嫌いだけど、芳恵が嫌がってんのに無理矢理連れていこうとする奴には……」
「奴には?」
「うーん、ゲンコツだな」
「……先輩、なんかダサイっす」
 
こういう独特で柔らかい空気を持った飯倉先輩の周りには後輩がよく集まるし、動物もよく集まる。
最近学校の近くで頻繁に見かける野良猫は、近づこうとすると必ず逃げるのに飯倉先輩にはなぜか懐くし、庭に狂暴な犬がいると有名な家の前を通ると必ず唸るか吠えられるのに飯倉先輩には尻尾を振る。公園のベンチで読書をしていた先輩の頭にスズメがとまったのは有名な話だ。
きっとそういうところに、芳恵先輩も惹かれたんだろうと思う。
俺も飯倉先輩は好きだ。だからいくら芳恵先輩に好意を持ってしまったからといって、飯倉先輩から無理矢理奪い取るつもりはないし、奪い取れるとも思っていない。
 
とは言え、じゃあ諦められるかって言われたら答えはNOだ。人を好きになる気持ちはそう簡単に消せるものじゃない。
正直、別れてくれたら俺にもチャンスくらいは巡ってくるんじゃないかと思う。だから別れてほしいとは思ってはいるが、別れさせようとは思っていない。あくまで自然にどちらかの気持ちが冷めて別れてくれたらと思う。
 
それって最低なことだろうか。
 
「おい練習試合はじまるぞ」
 と、同じバスケ部の野尻に背中をつつかれた。
「頑張ってね」
 芳恵先輩は俺にそう言って笑顔を向けてくれた。
「シュート決めたらデートしてくださいよ」
「やだよ。庄司としかデートしない」
「そんなに好きなんすね、品川」
「だから違うって」
 
困ったように笑う顔がすげー可愛い。
 
「可愛いっすね先輩」
「いいから早く行け。怒られるぞ」
「はぁーい」
 
芳恵先輩は、俺に靡かない。わかっているから堂々と口説ける。もし靡いたら喜びよりも困惑すると思う。手に入れたいと思っているくせにそう思うのは、飯倉先輩に一途な芳恵先輩を好きになったからだ。他の男に口説かれて簡単に靡くような女なら、端から興味がない。
自ら叶わない恋をしている。
 
──試合のはじまりの合図が鳴った。
体育館内で室内用のスニーカーが床をキュッキュと鳴らす音と、ボールが床を弾む音が響く。
シュートが決まろうが外そうが、芳恵先輩はどうにもならない。わかっているのに……
 
「篠田!」
 
俺にパスがまわり、ゴールを見据えた。ドリブルをしながらフロントコートへボールを運び、床を蹴った。ディフェンスを交わして投げたボールは半円を描き、バスケットゴールに吸い込まれた。
芳恵先輩はどうにもならないとわかっているのに、カッコつけたくなるんだよな。
 
「ナイス!」
 と、仲間に肩を叩かれた。
 
リストバンドで額の汗を拭いながら窓を見遣やった。芳恵先輩は俺のことを見てもいなかった。いつの間にか戻ってきていた飯倉先輩と会話中だ。
 
「おい篠田! ぼーっとすんな!」
「あ、はい!」
 
少しでも気を引こうとしてむやみに声を張り上げてしまう。だせぇなって思う。
どうしたら手に入るんだろうな。人のものを、誰も傷付けずに、自分のものにするなんてことは、後ろ向きにボールを投げてゴールに入れるより難しい。
 
結局、三度もゴールを決めたってのに、芳恵先輩は一度も俺を見てはくれなかった。
 
みっちり3時間、部活を終えたあと、掃除も済ませて更衣室で制服に着替えていると、飯倉先輩が声を掛けてきた。
 
「まだいたのか?」と。
「掃除当番だったんすよ。先輩こそ彼女待たせて遅くまで何してたんすか」
「芳恵なら先に帰らせたよ」
 と、飯倉先輩もジャージから制服に着替えた。
「いいんすか? 待たせた挙げ句に先に帰らせちゃって。嫌われますよ」
 
更衣室は汗臭く、いつも窓を開けている。飯倉先輩は窓からグラウンドを見遣った。
 
「そうだな……」
 呟くようにそう言った先輩は、物悲しそうだった。
「喧嘩でもしたんすか?」
 
そういえば試合中、芳恵先輩と飯倉先輩は何か話をしていた。その時の芳恵先輩は、笑顔ではなかったような気もする。
 
「別れたんだ」
「え……」
「色々あって」
 と、飯倉先輩は窓を閉めて、鍵を掛けた。
「色々って……?」
 
俺は自分の鼓動が速度を上げた意味を考えていた。心に感じるのは驚きと蟠りと……嬉しさに似た複雑な感情。
 
「俺近々引っ越すんだよ。だから部活も辞める。そのことで先生と話してたんだ。芳恵にはもっと早く伝えるべきだったんだけどね」
 苦笑して更衣室を出た先輩の後を、俺は慌てて鞄を抱えて追い掛けた。
「引っ越すから別れたんすか?」
 先輩は更衣室のドアを閉め、鍵を掛けた。
「そうだよ」
 と、あっさり答える。
「遠距離でも……いいじゃないっすか。離れていても心は繋がってられますよ!」
 恥ずかしげもなくこんなセリフを吐いた自分に驚いた。「端から諦めるなんて!」
 
二人の別れを望んでいたはずなのに、なぜ必死になってんだろう、俺。
 

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©Kamikawa

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