ル イ ラ ン ノ キ


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真っ白いキャンバス
白雪姫に恋をしたこびとのようで
 
彼女の空は、陽の光を浮かばせた静穏な海の水面のようにキラキラと輝いていた。
 
「今日も晴天です」
 
そう言って微笑む真っ白い肌をした彼女は、人の体温で溶けてしまいそうな雪を思わせた。
彼女にとって太陽の光は刺激が強すぎるのではないか。そう思っていたのは彼女を取り巻く僕らだけで、彼女の身体は光や熱を求めて外へ飛び出してしまう。
彼女は真っ白い肌を陽に当てて、天を仰いだ。夏の風が彼女の柔らかな髪を巻き上げながら通り過ぎてゆく中で、誰もが夏の陽射しの下で目を閉じる彼女に目を奪われていた。
 
「日焼けしますよ」
 
僕はドキドキと高鳴る鼓動を隠し、そう言った。
声を掛けるだけでこんなにも緊張していることを彼女は知らない。声を掛けようと思ってから1分以上もかかって口に出せた言葉だということを、彼女は知らない。
 
「真っ黒焦げになっちゃいますか?」
 
彼女は天を仰いだまま僕に問う。透き通る声は、その美しい容姿のためにあるようで、ずっと聴いていたいと思う。
僕の返答を待つように耳を澄ませてくれている僅かな時間が、ふたりだけの空間を作り出しているようで、僕は酷く緊張した。
 
「真っ黒焦げにはならないですよ」
「日焼けはいけませんか?」
「いけないというか……せっかくの綺麗な白い肌が……」
 
そこまで口にして、飲み込んだ。空気を伝って周りから向けられた嫉妬心を感じとったからだ。
 
「白い肌が汚れますか?」
 
僕の言葉が途切れたため、彼女は問う。その問いに答えたのは僕ではなかった。
 
「シミが出来て汚くなりますよ」
 
僕よりもいい声をしている茂之だった。彼は僕が彼女と言葉を交わしている間、口を閉ざし、無言の嫉妬心を醸し出していた。
 
「それもまた面白いですね」
 
彼女は僕らの忠告を軽くあしらい、いつまでも太陽の光を浴びていた。
 
高校二年の夏。彼女は僕らがいる地味な写真部に突然現れた天使だった。
こんな表現をすると小説や演劇部のシナリオを書いている創作部の連中に笑われるかもしれないけれど、今は使われていない教室を部室にしている写真部のドアを開けた彼女を目にした僕らは、呼吸をするのも忘れて息を飲んだ。
 
「麻生 妙子です」
 
あそうたえこ。彼女の名前は全校生徒が知っている。
中性的な容姿には古風すぎる名前が印象的で、けれどもその名前が彼女の美しさをより引き立たせているようでもあった。
 
彼女の存在に戸惑ったのはむさ苦しい僕ら、男ばかりじゃない。写真部には女子生徒もいて、麻生妙子が新入部員としてホコリ臭いこの教室にやってきたときには彼女たちも驚いて言葉を失ったほどだ。
男子生徒からモテる女性というのは大概女子生徒からは嫌われる指向にある。けれど彼女は女子生徒から嫌われるどころか慕われ、憧れの存在となっていた。
怖いほど完璧な容姿と完璧な性格。ひがむ人も出てきそうなのに、彼女が美しい存在のまま受け入れられているのは、彼女には大きな特徴があるからだ。
とは言え彼女自身はそれをものともしていないし(だからこそ写真部に入部したんだろうし)、僕は僕で神様が彼女を造る際に、神をも認めるほどの美しい容姿を作ってしまったが故に、慌てて取りつけた特徴なのだと思っている。
 
でもその特徴があるからこそ、彼女は繊細で美しい。マイナスの世界で凍らされた花のように。誰もが彼女に手を差し延べ、細くて白い、しなやかな指に触れたいと思っている。
 
あるとき、女子部員からこんな話を聞いた。女子生徒達の中で、彼女のことをあるあだ名で呼ぶことが流行っていると。
──白雪姫。悪意のない、彼女に相応しいあだ名だった。
変遷を経る前の“白雪姫”は残虐な話で有名だけれど、彼女に付けられた“白雪姫”というあだ名はディ○ニーのイメージから来たものだ。
 
彼女が白雪姫だとしたなら僕らは七人の小人だろう。偶然か、写真部は全員でちょうど七人だ。彼女が入ってきてからは八人だけど、やっぱり彼女は特別枠だった。
 
では、彼女を眠りから目覚めさせることを許された王子は誰になる? どこにいるのだろう。
そして彼女を陥れようとする魔女は、現れるのだろうか。僕らの中にいないことは確かだった。僕らは白雪姫のお世話をするだけの、小人なのだから。
 

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©Kamikawa

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