ル イ ラ ン ノ キ


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金髪ヤンキーと黒縁メガネ

これといってオチらしいオチのない話。
 
「さいあくだ……」
 と、金髪ヤンキーくんは踵を踏んだ靴を引きずりながらだらしなく歩く。
「どうしたのです?」
 と、黒髪黒縁めがねくんが言った。
「昨日本屋で漫画を買ったんだよ」
「はい」
「スゲー可愛い女の子の表紙でさ、中身見てみたら違う人が描いたんじゃねーのかってくれぇ下手くそな絵だった。読む気失せたわ」
「なるほど、よくありますね、表紙と中身の絵が違う漫画家さん」
「表紙に騙された……金返せ……」
「でも、内容は面白いのかもしれませんよ」
「は? 下手くそな絵に興奮するかっての」
「興奮ですか?」
「俺が買ったのエロ漫画だから。顔のパーツが歪んでる可愛くない巨乳が乳出してても興奮しねーよ。乳の形も変だしよ。エロ漫画は画力が一番大事なんだよ。お前に貸してやろーか」
「結構です。」
 
二人は凸凹コンビだ。見た目も性格も全く逆。
 
「お前もこのまえ本屋に行ったって話してなかったか?」
「えぇ、行きましたよ。参考書を買いました」
「つまんなそーな本だな……んなもんによく金を払うよな」
 金髪ヤンキーは“参考書”と聞いただけでそう言った。
 
二人が出会ったのはちょうどひと月前だった。
黒縁めがねが図書館に寄った帰り道に、狭い路地裏で傷だらけになってうずくまっている金髪ヤンキーを見つけたのである。黒縁めがねは迷わず声をかけた。
 
「どうかしたのですか?」
 すると金髪ヤンキーは、キッと黒縁めがねを睨みつけた。
「どーもしねーよ」
「しかし、怪我をしているようですが」
「だからなんだよッ。どっか行けッ」
「と、申されましても……」
 黒縁めがねは困った表情をして、こう言った。
「怪我をしている人を見かけたのにこのまま見て見ぬふりをして帰っては、きっといつまでも貴方のことが忘れられずに後悔が続いて眠れない日々を過ごすことになると思うのです。──あ、いえ、このような言い方をすると結局、自分が後悔したくないから貴方を放っておけない、という風になってしまいますが、僕は心から貴方のことが心配で、こうやって僕が貴方を見つけたことにもきっとなにか意味や縁があるはずでしょうから、僕でお役に立てることがあるならお役に立ちたいと思っている次第で……」
「…………」
「ですが、貴方がご迷惑と思っておられるのでしたら僕が貴方を助けたいという思いは有難迷惑であり、僕の自己満足になってしまいますから、引かなければならないことは重々わかってはいるのですが──」
「じゃあ引けよ。いや、まじで」
「ですよね……」
 黒縁めがねはシュンと肩を落とした。
 
そしてその場から離れようとするが、何度も何度も振り返っては後ろ髪引かれる思いにかられるのだった。
 
「っだぁーックソッ! お前まじうっとーしいなッ!!」
 金髪ヤンキーがそう叫ぶと、黒縁めがねはわざわざ戻ってきて言った。
「すみません……」
「…………」
 
結局そのとき金髪ヤンキーは自分の身になにがあったのかは話さなかった。黒縁めがねもあえて深く訊くことはせず、薬局で買った薬で応急処置をした。
これが二人の出会いだった。
 
「つかわりぃな、塾休ませてよ」
 と、金髪ヤンキーは言った。
「いえ、大丈夫ですよ。まさかヤンキーさんがクラシックに興味を持たれるとは思いませんでしたが」
 
二人は学校が別々だったため、学校が終わってから駅で待ち合わせをして街のレコードショップに徒歩で向かっていた。
 
「興味あるわけねーだろ、あんな眠くなる音楽」
「ではなぜ急にクラシックでお勧めがあったら教えてほしいとおっしゃったのですか?」
「……別に」
「ヤンキーさんは秘密主義なのですね」
「おい、前から何度も言ってんだが、そのヤンキーさんって呼び名やめろよ」
「以前お名前を尋ねたら好きに呼べとおっしゃったのに」
「あのな、名前を名乗った上で好きに呼べって言ったんだ。普通は“さん”付けか、“くん”付けか、呼び捨てか、だろ。なんだよヤンキーさんって」
 と、金髪ヤンキーは呆れて首を振った。
「ヤンキーさんが僕をメガネと呼ぶので、見た目の印象で呼んでもよろしいのかと思いましたが、今後は剛志さんと呼びますね」
 少し残念そうに黒縁めがねは言った。
 
金髪ヤンキーは、小池 剛志(こいけ つよし)。
黒縁めがねは、堤下 英博(つつみした ひでひろ)という。
 
二人はレコードショップにたどり着き、クラシックコーナーへ向かった。彼らは注目の対象だった。見るからに万引きしそうな金髪のヤンキーが入って来たかと思うと、その隣には真逆の、生徒会長のような男が立っているのだ。まず誰もが、ふたりの関係性に首を傾げる。“友達同士”には見えなかった。それほどふたりは対照的だった。
はじめに思うのは、金髪ヤンキーが真面目そうな青年を脅して万引きをさせようとしているとか、金を出させようとしているか、だ。しかし真面目そうな彼は困った風でもなく、ニコニコとしている。それも媚びを売るような笑顔ではなく、純粋に金髪ヤンキーの言った言葉に笑顔で反応、CDを手にとって楽しそうに笑っているのだ。
ふたりは友達なのか? 店員や他の客達がチラチラと二人を見やる。そんなはずがない。と、もう一度考え直す。もしかしたら真面目な方は本当に生徒会長で、だらしのない彼を更生させようとしているのではないだろうか。いや、それだと二人が着ている制服の違いが説明できない。どう見ても別々の高校だ。だとしたら、元々ふたりは幼なじみだったが、いつからか片方はグレてしまったのではないだろうか。それでも真面目な方は彼を見捨てず、今でも仲良くしていると。
このように、二人は周囲の人々を混乱させるほどの“違和感”を醸し出しているのである。
 
「お前と一緒にいると目立つんだよ」
 と、金髪ヤンキーこと剛志は言った。
「目立っているのはヤンキーさんでは? あ、すみません、剛志さんでしたね」
 英博は呼び名を言い直した。
「まぁジロジロ見られんのは慣れてるけどよ。適当に2、3枚オススメ探してくれよ。カゴ持ってくるわ」
 
剛志はカゴを取りに出入口に向かいながら、ずっと視線を向けていた周囲の客を睨みつけた。客は不快な表情をしたが、すぐに目を逸らした。“ヤンキー”が板に付いてから、周りの反応がすっかり変わったなと、剛志は鼻で笑った。
 
中学時代の彼はいわばオタクだった。比較的地味めなグループにいて、話題と言えばアニメやゲームのことばかり。しかし卒業後、そんな自分から脱出したいと考えた剛志は高校デビューというものをするはずだった。その為にわざわざ実家から遠い高校を選んだ。中学が同じだった奴らが一人もいない高校を選びたかったからだ。
 

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©Kamikawa

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