ル イ ラ ン ノ キ


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私はなかなか思い出せずに苛立ちを覚えた。唸りながら頭を抱え、しゃがみこむ。目を閉じ、心を落ち着かせ、もう一度ゆっくりと、記憶の欠片を探してゆく。真っ白い霧の中をさまよい、うっすらと見えたそれを手に取り、それが何かを確認するような作業だった。手にしたそれが誰かの声であったり、なにかの音であったり、感覚であったり。それらを大事に保存して、繋げてゆく。

誰が、なんのために、私を、ここへ?
私はなぜ意識を失った? ここにあった骨は誰のもの?
ここは、なに?

ハッと顔を上げた。笑みがこぼれる。ドクドクと鼓動が速くなるのを感じる。強い快感が心の奥底からあふれ出て全身を覆ってゆく。最後に感じたこれまでにない快楽を思い出す。私は満たされてゆく。私は幸せの中にいた。そこは海。生温かく浅い、赤黒い海。あの海に浸かったときの全身が満たされて痺れるような快楽。体の中まで染みて、何度も何度も……。

「 シ マ ナ ガ シ 」

私は快楽を求めて震えはじめた体を抑えながら、あの骨があった場所へと逸る思いで駆け寄り、骨の匂いを嗅ぎ、頬ずりをし、欠片を口に含んだ。飴をなめるように舌の上で転がし、人を感じ、ほんの少しだけ満たされる。人の骨に対しておぞましさを感じていた昨日の自分に笑いが込み上げてくる。

「ふふ……ふふふふっ」

思い出した。殺してやろうと思った。
私は数え切れないほどの人を殺した。数なんてどうでもいい。ただ殺してその血を浴びたかった。殺したときの快感と、生きていた人間の中で流れ続けていた血を浴びたときの快楽は私を幸せの頂点へと連れて行ってくれた。血を集めて大きな浴槽に入れた。あふれそうになるほど溜まったときは涙が頬を伝った。目を閉じ、ゆっくりと右足を入れる。右足の指先から快感が広がってゆく。全身が浸かったとき、これまで感じたことのない快楽が私を包んだのを覚えている。目を閉じると私を満たす海に浮かんでいるような、気持ち良さとこの上ない安心感。他の何にも例えられない。強いて言うならば、母体の中で羊水に浮かんでいるような感覚かもしれない。

その夢から引きずり出され、私は逮捕されたのだ。
私に下された刑は死刑だったが、遺族はそれに満足しなかった。死ぬのなら苦しみながら死ねと叫んでいた。

そして私はここへ連れてこられた。地図にも載っていない人口島。島流しの刑に使われる島。死を待つためだけの島。
私は大きな船から小さな船に乗せられた。この島へ運ぶために。そのとき私は頭に袋を被せられていた。口にはガムテープを貼られていた。両手は後ろ手に縛られていた。だから必要以上にに揺れを感じたのだろう。一緒にいたのは男だ。そいつはマスクをつけていたから、言葉を発するまでは男か女かもわからなかった。私はそいつによって船から降ろされた。
そして──

「どうせお前は死ぬんだ。最期くらい人の役に立ちたくないか? 遊ばせてくれよ」
 そう言って、彼は、私の体を貪りはじめた。

だから私はガムテープ越しに喘いでみせた。男の扱いは慣れている。男も数え切れないくらい殺してきたから。この美貌も私が求める快楽を得るためにお金をつぎ込んで作り上げたもの。落ちない男はいなかった。
そして彼はとうとう私の手に堕ちた。私の美しい顔を見たくなり、袋を外した。私はいとおしげに彼を見つめた。彼は欲望に震え、私の口を塞ぐガムテープを剥がした。私はすぐに彼のものを欲しがる言葉を放った。彼は私を熱く抱きしめ、私の両手を縛っていたロープまでも解いた。

私は彼の頬を撫で、熱い口付けを交わし、彼の、唇を、噛み切った。

口の中で彼の血の味が広がり、私は満ちてゆく。彼は叫びながら私を突き飛ばした。
私は岩に頭を打ちつけ、意識を失った。だからその後、やつが私になにをしたかなど知らない。

「……血が欲しい」

待っていれば、誰か来るだろうか。
待っていれば、誰か来るだろうか。
待っていれば、誰か来るだろうか。

誰か、来るだろうか。

ここは死を待つためだけの島。
でも私は今も尚、生きようとしている。
私を満たす快楽を求めて。
次の獲物を待っている。

上空を旋回する鳥も、餌を待っているのだろう。
私がまだ餌にはならないことを知って去ってゆく。
水平線の向こうに、黒い影が見えたような気がした。


end - Thank you

お粗末さまでした。160414
編集:230103


≪あとがき≫
気持ち悪い話を読んでくださり、ありがとうございます。
安心してください、病んでません。←

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