ル イ ラ ン ノ キ


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「そ、それってどういう……」

心臓が高鳴る。この展開はもしかしてって思う。期待度が上がってく。とうとう私にも春の兆しが!? なんて思う。鐘の音まで聞こえて来る。カランコロンと教会の……

「仲良くなりたいと思って。俺、ここ好きだし、遠野さんの担当なんですよね? 掃除の。仲良くなっていれば怒られないかなって」

恥ずかしい。勝手に舞い上がった自分が恥かしい。

「なるほど……」
 としか言えない。

いい女ならここでどんな反応をするんだろう。きっと『なぁんだ、てっきり私に気があるのかと思っちゃいましたよ』って笑って、『じゃあ私はこれで。階段、汚さないでくださいね?』って、余裕の笑顔で去る。それで相手に今度から異性として意識させて……って、私にはそんな高度なこと出来ない。
だからせっかくの出会いも台無しにしてきた。だから、未だにひとり。脈なしだと分かったらすぐに諦めていた。30の女に言い寄られても困るかなとか、30過ぎてアピールしまくるなんてみっともないかなとか、余計なことばかり考えてしまって。

「みたらし団子、食べてもいいですか?」
 と、彼。
「…………」
 どんだけ食いたいんだ。「どうぞ。汚さなければ」
「俺、帰っても居場所ないんですよ」
 本田さんはそう言ってみたらし団子のラップを剥がした。
「え、あ、実家暮らしですか?」
「いや、ひとり暮らし……というか居候がいて」
「居候?」
 それは女性……?
「同僚です。そいつ最近まで実家暮らしだったんだけど、親と色々あって実家を飛び出してきたんです。それでいいアパートが見つかるまで置いてくれって言われて」
「大変ですね……」
「まぁ最初は良かったんですよ、家賃は半分払ってくれるって言うし、自分の食費は自分で払うって言うし。働いてるんだから当たり前ですけど」
「そうですよね」
 と、笑った。
「ただ、最近あいつに彼女ができて」
「あらら」
「頻繁に彼女を呼ぶもんだから、俺はお邪魔虫ってわけなんです」
「でも……本田さんの部屋ですよね?」
「そう!」
 と、彼は強く言った。「俺の部屋だぞって言ったんですけど、ごめんごめんすぐに部屋探すからって」
「それで許したんですか? 優しすぎますよ!」

優しそうな人だとは思っていたけれど、まさか自分の部屋を乗っ取られて自分は会社のこんな薄暗い階段でみたらし団子を食べてるなんて……。

「ですかね」
 と、彼は困ったように笑った。
「彼女も彼女です。遠慮すべきなのに……」
「彼女さんはあいつの言葉にうまく乗せられてるんですよ、きっと」

優しすぎるのはどうかと思う。こんな調子じゃ、同居人はなかなか出て行かないだろうなと思った。

「ガツンと……言うべきですよ」
 遠慮がちにそう言って、イチゴミルクを飲み干した。「ご馳走様でした」

長居するのも悪いかなと、立ち上がる。

「遠野さん」
「はい」
「お時間があれば、もう少し話しませんか?」
「え……はい」
 願ったり叶ったりです!
「ここが嫌なら、どこか開いてる店にでも」

もしかしてこれは急展開というやつ? 違うか。彼はただ、一緒に時間を潰せる相手が欲しいだけ。私じゃなくてもいいんだと思う。もう変な期待はしない。

「ここでも構いませんよ」
 と、座りなおした。
「優しいんですね」
「──いえ、私もどうせ暇なので」
 一言、付け足せたらいいのに。本田さんと話すの楽しいので、とか。
「唐突ですけど、遠野さんは結婚願望とかないんですか?」

ほんと唐突だな! 牛乳を飲んでいたらきっと噴き出していたと思う。嫌な質問だった。そして嫌な恋愛話しになるだろうなと憂鬱になる。

「結婚してないって知ってる言い方ですね」
「あ、すみません……」
 と、彼は気まずそうに視線を落とした。
「結婚願望は、人並みにあります。ただ、縁がないんです」
「そうなんですか。モテそうなのに」
「…………」

適当に言わないでほしい。モテていたらこんなに苦労はしていないし、今頃結婚していたはず。子供もポンポン産んでいたかもしれない。

「私に魅力、感じます?」
 と、苦笑しながら訊いた。「私地味なんですよね。見た目も、性格も」

独身30代女は弱気になってはいけない。「どうせ私は」とか、そんなことを口にした途端に面倒くさくて重くて厄介な女だと思われる。「どうせおばさんですから」とか。聞かされる側は「そんなことないですよ」と言わざるおえなくなるし、気を遣うことになる。
モテる女は30を越えていても40を越えていてもどこか余裕があって、自信もあって、独身である自分に後ろめたさを感じず、毎日を楽しく生きている。
──とかなんとか、独身女性向けのエッセイに書いてあったけれど、実行できず。

「俺は派手な女性が苦手なんで」
「……そうなんですか?」

“苦手なんで”の続きが聞きたい。続きを言わないのは警戒してるからかな。変に期待を持たせちゃいけないとか、好意を持たれても困る、とか。相手のことが気になるから、あれこれ考えてしまってもどかしい。

「一緒にいて落ち着く人が一番ですよ」

彼はみたらし団子を串から一つ、口に入れた。甘いタレの匂いが漂う。そういえばまだ休憩室に残っていた石崎さん、下りてこないな。エレベーターを使ったのだろうか。清掃員は階段を使うように言われているのに。

「私もそう思います。自然体でいられる人がいいです」
 そう言って彼の横顔をそっと見遣ると、彼は膝の上に置いているみたらし団子に視線を落としながら柔らかな表情で笑った。

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©Kamikawa

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