ル イ ラ ン ノ キ


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昨日から預かっている柴犬と、ついさっき出会った男性と、土手道を歩く。左手にはキラキラと水面を輝かせる川、前方には大きな橋。右手には細い道、その向こうは住宅街。
男性とこうして肩を並べて歩いたのはどのくらいぶりだろう。ちょっとした刺激。

「みおりさんはなんのお仕事を?」
「私はアパレル関係の仕事を」
「洋服ですか、かっこいいですね」
 と言った彼の視線が一瞬私の服に向いた気がしてハッとする。

よりにもよってヨレヨレのTシャツに毛玉のついたスウェット!こんな場所で素敵な人と出会うなんて思っていなかったし散歩したらすぐに帰宅する予定だったからお洒落なんてしてなかった!
私は急に恥ずかしくなり、一歩下がって歩いた。

「き、今日は変な格好ですけど普段はもうちょっとまともな格好をしています……」
 いい訳。家の中はいつもこんな格好なのに。
「あはは、それが普通ですよ。普段着までお洒落だと、窮屈では?」
「で、ですよね!」
 よかった。本当に。

遠くに見えていた橋が段々と近づいてくる。橋までたどり着いたらUターン。私と彼が話せるのはUターンして二人が出会った場所に戻るまで。
それまでになにが出来るだろう。仕事以外で自分から男性に連絡先とか訊いたことが無い。自然に訊けない。年齢も邪魔をする。いい年して逆ナン?みたいな。
最近彼氏が出来た友人が言っていた。

『いい年だからこそ当たって砕けろ精神で突っ走るしかないんじゃん。ダメなら次! いい年だからこそ、もう待ってるだけじゃダメなんだよ。年齢を重ねるごとにお誘いも減って、受身のままおばあさんになるのが目に見えてる。そう思ったから私は一歩踏み出せたの。まさかというところに出会いが会ったりするから諦めちゃだめだよ。私は社内の階段で出会ったんだから』

ごもっとも。ごもっともだけど……。

ちらりと彼の顔を盗み見た。やっぱりモテそうな顔。少ししか話していないけれど、性格も良さそうだし、彼女、いるよね。

「ヒロキさん、こっちに来るとき彼女いなかったんですか?」
 勇気を出して、そう訊いた。「いたなら遠距離になっちゃったのかなって……」
「よかったのか悪かったのか、いなかったので誰にも止められずに帰ってきましたよ」
 と、爽やかに笑う。「まぁ友達や仕事仲間は送別会してくれましたけど」
「そうなんですか、モテそうなのに」
「そんなこと無いですよ。それを言うならみおりさんだって」
「え」

──だめだ。お世辞と分かっていても……わかっていても

「モテそうじゃないですか」

──嬉しいッ!!

「そ、そんなこと全然っ、全然ないですよ! モテてたら今頃結婚して子供を産んで……いました……よ」

嗚呼……へこむ。

「え、おいくつなんですか?」
「え……30代です」
「もっとお若いのかと思いました」

悪かったなおばさんで。と、ここで本気ででも冗談で明るくででも言ってしまう女は終わる。

「ほんとですかぁ? じゃあもっと若く見られるようにがんばろっと」
 なんて、可愛く言ってみる。こんなときにやってはいけないのは、自分を客観的に見て“いい年してなにしてんだ”と思ってしまわないこと。友達が教えてくれた。
「十分若いですよ」
「あはは、ありがとうございます」

笑顔、笑顔。
こんなやり取り、何度あったことか。定番のやり取りだ。特別でもなんでもない。この年で独身だとよくある会話だ。それでもいちいち舞い上がる。本気で綺麗ですねとか、かわいいねとか、言ってくれる人が少なくなったのを自覚しているから、お世辞でもありがたく頂きたくなる。実際、若い頃には本気で言ってくれる人がいたのかどうかもわからないけれど、そこはスルーしたいところ。
若いというだけで可愛いと言ってくれる人は沢山いたのは事実。

「出会いとかないんですか?」

橋に着いた。体の向きを変えて、ここからは“帰り道”になる。
出会い? これは出会いじゃないのかな、なんて口が裂けても言えないわけで。

「なかなかないですね」
 曖昧に答える。「ヒロキさんは?」
「俺もです。でも今はいいかな。実家の手伝いや新しい仕事に慣れるのに大変だから」

遠まわしに、あなたとはありえないですよ、だから誘わないでくださいね、と言われているように受け取ってしまうのは年齢のせいなのかな。自分に自信が無いせいなのかな。それとも、本当にそういう意味が込められていて、これまでの経験から敏感に感じ取るようになってしまったのかな。

だって、ほんの少しでも私との出会いを意識してくれていたら、一歩でも歩み寄れる隙くらい見せてくれると思うから。
例えば、『それでもいい出会いがあれば関係ないのかもしれないけど』と言ってくれる、とか。

「そうなんですね……」
 少しだけ、寂しそうに言ってしまう。
「ポコンタ、でしたっけ」
「え?」
「名前です」
「あ、はい」

──終わった。完全に彼にとって私は意識の対象となってないんだと思う。

「大人しいですね」
「気に入ったんだと思います。ヒロキさんのこと。私が散歩すると落ち着かないので」
「なんでだろう。あ、いつまで預かるんですか?」
「明後日までです。友人が明後日の夜に旅行から帰ってくるので」
「明後日かぁ」

──あれ? もしかして……。

彼はポコンタの前でしゃがみ込み、頭を撫でながら言った。

「また会えるかなぁ」

その言葉が私に向けられた言葉ならどんなに嬉しかったことだろう。一目ぼれなんかしない。相手の中身も知った上でないと好きにはなれない。昔はそうだった。でも互いを知る悠長な時間がなくなったからかな、恋に落ちやすくなってしまったのかもしれない。

「……今日は仕事休みだったんですけど、明日と明後日は朝は5時、夜は9時くらいなら散歩してますよ」
「ほんとですか?!」
 と、輝く目をして振り返られた。
「はい」

まぁ、いいや。笑顔ではいと答えた。もう一回、チャンスをもらえたと思えば十分。本来なら二度と会うことはなかったかもしれないし。ポコンタにも感謝しなきゃだ。

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©Kamikawa

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