ル イ ラ ン ノ キ


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受け取りながら、写真を見た。そこには去年の私が写っていた。不意に撮られたのを思い出す。全然可愛く写っていなくて恥ずかしい。寒さで鼻が赤くなっているし、レンズを向けられて驚いて硬直していたから変な顔だ。

「ここで人が死んだの、知ってるか?」

突然の話にドクンと心臓が鈍く鳴る。

「ここ……じゃなくて、もっと向こうでなら」
 と、私は来た道の先を指差した。

数年前、この海で女の人が死んだ。
海での事故や事件は小さいものも含めれば毎年のようにある。だけど彼が言っているのはおそらくあの事故だろう。全国ニュースで取り上げられた事故。車を運転していた女の人がそのまま車ごと海に落ちて亡くなった。自殺か事故かわからず両面で調べを進められていたけれど、結局事故として処理された。ネット上では絶対に自殺だという人のほうが多かった。

「そうだな、死んだのはもっと向こうだ」
 悲しげに笑う彼を見て、亡くなった彼女のことを知っているのだと察した。

彼は再び海に視線を送ると、カメラを構えてシャッターを切った。
そういえばあの事故があったのは数年前の、ちょうど今頃だった。

「俺の女だった」
「え……」
「ここで、別れ話をして、別れた。それから数時間後に、彼女は死んだ」
「自殺……ですか?」
「わからない。けど」

ファインダー越しに見えるのは、彼女の悲しみを含んだ冷たい海。決して温まる事のない突き刺すほどに冷たい冬の海。

「毎年ここに来ては、時間が戻ってくれねぇかなって思ってる」
 短くなったタバコを、携帯灰皿で消した。
「だめです、そんなの……」
「ん?」
「巻き戻したらまた、彼女が死んでしまう」
「…………」

希望のない失礼なことを言ってしまったと、すぐに後悔した。

「あぁ、映画なんかでもそうだな」
 と彼は笑う。「彼女を助けたくて過去に戻るのに結局彼女は死ぬんだ。何度も、何度も」
「すみません……」

なんの映画だったかな、と、彼は堤防に寄り掛かり、ズボンのポケットから新しいタバコを取り出した。

「皮肉だよな、大切な人を失った場所で可愛い女の子とまた出会っちゃうなんてな」
「…………」
「笑おうぜ、そこは」
「好きなんですか……? まだ」
「さぁな、死んだからそう思うのかもしれない。多分、助けたくて戻ってもまた彼女を振るんだろうと思う」

タバコをくわえてライターで火をつけようとするものの、車が通る度に風が吹いてなかなかつかない。私は彼の目の前に立ち、両手をタバコに近づけて風を防いだ。

「おー、サンキュー」
 カチカチとライターを鳴らして、火がついた。タバコに移し、吸い込む。
「いいキャバ嬢になれるぞ」
 私に煙りがかからないように、上を向いてふぅーっと吐き出した。
「キャバ嬢になんかなりません!」
 少しムッとする。
「冗談だって。でもキャバ嬢“なんか”という言い方は失礼だ」
 と、悪戯げに笑う。
「冗談ばかり言ってると信じてもらえなくなりますよ?」
「そうか?」
「そうです」
「俺が君に惚れたって言っても?」
「──!?」

カッと顔が熱くなる。全速力で走ったあとのようにバクバクと鼓動が速くなる。

「信じたな」
 と、また悪戯っ子のように笑われた。

最低だ。それなのに彼の調子にのまれる。まるで海に溺れるように、簡単に流されて抵抗できずに落ちてゆく。深い深い海の底へ。

「信じますよ……ずっと気になっていたから」

彼は私をじっと見ながらふぅとタバコを吐いた。

「それは──」
「私は冗談言いません。ホントです」
「訳あり物件だぞ、俺」
「関係ないです」

ははっと笑って彼はまた海を眺めた。その視線を自分だけに向けたくて胸ぐらを掴んだ。

「おっ!?」
「ちゃんと話、聞いてくださいっ」
「聞いてるって」
 困り顔で笑う。
「名刺くださいっ」
「唐突だな!」

ぶはっと笑って、「降参」と両手を上げた。──なにが降参なの?
私もちょっと勢いで言ってしまった言動に、慌ててブレーキをかけた。

彼はお尻のポケットから携帯電話を取り出しながら言った。

「いま名刺持っててないんだ、アドレスでいいか?」
「もも、もちろんです!」
「桃食いてぇなぁ」

くわえタバコに目を細めながら、アドレスを教えてもらった。登録すると同時に互いの名前を知る。

「あの、お仕事なにしてるんですか?」
「しがないカメラマン」
「ほんとですか?」
「ほんとです。帰ったら俺の名前で検索してみ。写真集も出してるから、買って」
 語尾にハートをつけるかのように可愛く言われた。
「……プレゼントしてくださいよ」
 と、口を尖らせる。
「なにかしてくれるなら」
 顔を近づけてニッと笑う。

キス……は出来ない。

「忘れさせます」
「…………」
「全力で」
「……いいね。期待してる」

冷え切った私の頬に彼の手が触れた。
 
私たちはまだ、始まったばかり。
凍えるほど冷たい真冬の海の前で。流れに乗って始まった恋に身を委ねた。
 

end - Thank you

お粗末さまでした。140124
編集:230101

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