ル イ ラ ン ノ キ


 PASE: (2/2)

 
10代の細くて可愛い女の子が、かなり目立つド派手な衣装で確実にパンツが見えるミニスカートを履いてモンスターと戦っているアニメを見ると鼻で笑ってしまう。あんなに細くて若い子供にモンスターを倒す力があるわけがない。それにあんなに露出しちゃって傷だらけになるに決まってる。
モンスターと戦っている暇があれば大人になるために勉強をしなさい。大人になれば友達を作りづらくなるのだから今のうちに沢山友達を作っておきなさい。そして女の子なら、恋をしなさい。──と、思う。
 
「いらっしゃいませー。お、浜田さん今日は何にします?」
 
八百屋のご主人がいつもの営業スマイルで声をかけてきた。ハエのように手を擦り合わせながら、「どれにいたしましょう?」と買わせる気満々だ。
 
「そうねぇ、おネギと、お大根をいただくわ」
 
本当は野菜を買う予定などなかった。家を出てくる前にチラシの裏に書いたメモには、豚肉とウスターソースとマヨネーズ、それからエビだけ。野菜は先日農業をやっている実家から大量に届いたばかりだった。
 
「まいど! おネギと大根ですね!」
 
でもまぁ、この八百屋にはいつもお世話になっているし、ネギと大根くらいなら買ってやろうと思った。
 
「あ、エリンギあるじゃない。それもお願い」
 ついでにエリンギも買った。女ってどうして“ついで買い”をしてしまうのだろう。
 
そういえば昼間のテレビで何か言っていたような。男性の視野よりも女性の視野のほうが広い、と。
 
「今日も安くしとくよ。浜田さんいつもうちに来てくれるからね!」
「あらそう? 悪いわねぇ」
 私は安くしてもらった代金を支払い、レジ袋に入れられた野菜を受けとった。
 
若いうちの恋愛経験はとても大事だ。いい年をして出会った男がクソだったら本当に時間を無駄にする。早いうちにある程度男性を知って、見極める目と、いい男に選ばれる女になるための努力は必要と思う。
かくいう私もかつては旦那に恋をしていた。今は恋とはなんだったのか思い出せない。夫としてはよく働いてくれるしお小遣い制に文句ひとつ言わないし、金のかかる趣味もないし、休みの日はお願いすれば旅行に連れてってくれる自慢の夫だが、男としては終わってる。ときめくことは一切ない。旦那も太った私にときめくことはないだろうけれど。
 
私は魚屋に向かいながら思い返していた。夫と結婚したのはもうかれこれ20年前かしら。あの頃の夫は数々の女にモテていて、人目を引いていた。それは私も同じ。自分で言うのもなんだけど、ボディラインは出ているところは出ていて、引き締まっているところは引き締まっていたし、顔だってまぁそこそこだったんじゃないかしら。
今の夫を見て、詐欺だと思ったわ。ハゲ散らかしているし、メタボだし、鼻毛なんて毎日顔を出している。会社の若い女の子から全く見向きもされなくて、夫自身、女の子に興味がなくなったのね。女の子と遊ぶのが趣味だったくせに、今や映画のDVDを観たり、本を読んだりとかなり落ち着いて、ハラハラドキドキなんて全くない。
長年連れ添うにはいいのかもしれないけれど、女はいつまでも女なのよ。お世辞でも「奥さん綺麗ですね」なんて言われたら頬を桜色に染めるし、若いイケメンに声を掛けられたらちょっと声のトーンを上げて仕草とか女性らしく意識してしまうし。その時はお腹が出ていてお尻の大きなおばちゃんだっていうことなど忘れているのよね。2割増しくらいの容姿だと思い込むのよ。
要するに、たまにはドキドキしたいわけ。だから夫には夫としての不満はないけれど、男としての不満はあるというわけ。
 
「いらっしゃい」
「海老をいただける? あら、さんまが安いじゃない。さんまもいただくわ」
「ありがとうございます!」
 
あなた男としてどうなわけ? と言えないのは、私も人のことを言っていられないからだ。結婚してからぶくぶくと太ってしまった。老化で髪が薄くなってきたから美容室……じゃなくて安い床屋でパーマをかけてもらうようになったの。もう典型的な“おばちゃん”よね。“おばちゃん”というより“おばはん”かしら。響き的にね。ネギがよく似合うというかさ。
でも気にしないわ。周りもみんな似たような感じだから。都会に住んでいたなら、お洒落で若々しい奥さんだらけで、私も危機を感じれたかもしれないけど、田舎に住んでいるとね、化粧をしている人と言えばスナックで働いてそうな厚化粧なおばちゃんばかりだし、8割小肥りだし、鞄の中には飴玉やタッパに入れた漬物が入っているのよ。
そんな場所で若々しさを保つ必要なんてなかったの。だから私は時の流れに身を任せるままに、成長したと言えるわ。
 
「さて、と。あとはなんだったかしら」
 ぱっつんぱっつんのジーンズからメモを取り出した。ウスターソースと書いてある。
「あら、そういえば八百屋さんにウスターソースも置いてたわね」
 と、すっかり独り言も増えてしまった。
 
世の奥様方には誰しも夫に秘密にしていることがある。例えばへそくり。それから浮気。そしてブランド物や美容にかけるお金、とかね。
私にだって秘密はある。それは──
 
「誰か助けてくれーッ!!」
 
商店街の奥から男性の叫ぶ声がしたかと思うと、女性や子供達の悲鳴が響き渡った。黒い影が揺れながら商店街に入り込んで来た。
 
「来たわね」
 
私は首から服の中に手を突っ込んで無駄に大きい胸の谷間からコンパクトを取り出し、鏡に自分の顔を映した。
 
「さあ、これは夢でもアニメでもないわ。現実は小娘なんか役に立たない。バーゲンセールの服の取り合いや子供を抱っこしながら掃除や料理をして身に付いた効率の良さと体力、むかつく姑や面倒くさいご近所さんとの付き合いで手に入れた忍耐力など沢山色んな経験をした図太いパワーを持ったおばさんこそ、誰よりもなによりも強いのよ!」
 
鏡に向かってウインクをすると、私の体は光に包まれ、肉々しいボディラインにぴったりフィットのレオタード姿に変身した。
こういう衣装が一番動きやすくて現実的なのよね。まぁ若い子は知らないだろうけど、80年代に人気だったキャッツアイという漫画に出てくる女怪盗の衣装を参考にしたのよ。わかりやすく言えば首から下の全身タイツ。
 
「何してんだよ、はやく戦えよ」
 そう言ってきたのはタマネギに手足が生えた生き物だった。小さい目玉が10個ある。
「相変わらず気持ち悪いわね」
「うるせえ」
 
言っておきたいことはまだある。アニメなんかではちっこくて可愛い生き物が戦いの援護をしてくれるけれど、現実なんてね、別の星からやってきた生き物は非常に気持ち悪いのよ。可愛い語尾なんかつけやしない。例えば『はやく戦ってほしいまる! 急ぐまる!』みたいな。
 
「急かされなくてもあんなの朝飯前よ」
 レジ袋からネギを取り出して天高く突き上げると、ネギが武器に姿を変えた。
 
商店街の地面を蹴って黒い影を目掛けて走り出す。
 
「退きなさい! 邪魔よ!」
 
通行人があっけに取られている中、高らかにジャンプをした私は黒い影にネギソードを振り下ろした。影は中央から真っ二つに割れて、煙となって空気中に消えた。
 
「さすが私ね」
 
ただの全身タイツじゃない。タマネギ星人の星に存在する特殊な生地で作られていて、重くなった体も身軽になるの。ただし誰もが着れるわけじゃない。選ばれし者だけが着ることを許され、この力を使うことができるの。
 
「あら、私の出番はないんかいな」
 と、背後から声を掛けてきたのは同じく全身タイツの大山さん、43歳。10年以上前に大阪からこの田舎に引っ越してきた、豹の顔がプリントされた服がよく似合うケバめのおばさん。
「大山さんは遅いのよ、いつも」
「しょうがないじゃない、ドラマ見てたんだから」
「そんなの時間を戻してからでいいじゃないの」
「いいところで中断するのがいややわぁ」
 
これでも共に戦う仲間なのよ。仲良くしたいけど合わないのよね。
そうこうしている内にタマネギ星人が影のモンスターが現れる前に時間を巻き戻したものだから、目の前にいたはずの大山さんは自宅のテレビの前に戻され、私は「あら、そういえば八百屋さんにウスターソースも置いてたわね」と呟いた直後に戻されてしまった。
 
だけどあのモンスターはもう現れない。やっつけることでそのものの存在自体を根っこから消し去ったからだ。例えば私がモンスターの立場だとしたら、やっつけられた瞬間にこの世に私という人間が生まれてきたこと自体なかったことのなるわけだから、いくら時間を巻き戻してもどこにも“私”はいないのだ。誰の記憶の中にも。
 
「……えっと、あ、そうそう、ウスターソース!」
 
私は何事もなかったように買い忘れたものを買いにいった。商店街はいつも通り平和だ。特別なことなどなにも起きていないかのように。
モンスターなど架空の生き物だと思っている人々の中で、限られた人物……各地にいる“おばちゃん”たちだけが現実に存在すると知っていて、我々が世界の平和を守っているのだ。
 

end - Thank you

お粗末さまでした。131116
編集:230101

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