voice of mind - by ルイランノキ


 一寸光陰11…『制御、解除』 ◆

 
よろめいて地面に片膝をついたルイにシドが回復薬を放り投げた。ルイはそれを受け取りながら結界を張り、デスペルタルからの氷属性攻撃から身を守った。
 
「まだいけるか?」
 と、シド。
「…………」
 ルイは小さく頷いて回復薬を飲み、空になった瓶をシドに投げ渡した。
「こんなもん崖下に投げ捨てろよ」
「ゴミはゴミ箱へ」
 ルイはそう答えながら立ち上がる。額から流れ落ちた汗を拭う。
 
再び放たれたデスペルタルの攻撃に結界が外れた。瞬時に個壁結界で身を守る。
 
「守るばかりで攻撃する余裕ねぇな」
 見守るしかないシドはもどかしそうに言った。
「えぇ……」
 隙を見つけて攻撃魔法を放っても、簡単に交わされたあげく素早い反撃に合う。
 
シドはルイの背後、崖の隅で結界を張り、腕を組んで立っている。
デスペルタルはどの属性魔法もまともに効かない無属性でありながら、すべての属性魔法を扱う。その威力も大きくとても厄介だった。
 
「お前が一番得意な属性魔法は?」
「風です」
「眠らせてそれでたたみかけるか」
 と、提案する。
「カイさんのようにすぐに眠ってくれると良いのですが」
 
ルイはタイミングを見計らってスイミンの魔法を放った。案の定、一発で効いてくれるなんてことはない。デスペルタルの雷攻撃に結界で対応する。
シドは小首を傾げた。無属性でありルイからの攻撃を軽々とかわす。攻撃魔法の威力はルイの結界を一度で壊す程度に安定している。繰り返し攻撃を繰り返して来る。隙がないように見えるが、隙を見せる瞬間が規則的であることに気づいた。
 
「なぁルイ、ここは質のいいVRCだと思え」
「え……?」
「あいつはおそらくお前の力を試してる。あまり頭を使わずに力を試す場所だと思っていろいろ試してみろ。ここはお前の力を引き出す訓練所だ。だから俺も呼ばれたんだろ」
「…………」
 ルイは自分の腕に嵌めてあるバングルを一瞥した。
「ここで死ぬこともねぇよ。お前はあいつを絶対に手に入れる。グロリアを守る光だろ? お前もここで覚醒する」
 憶測だが、自信はあった。
「──なにもおそれる必要はない、ということですね」
 ルイはロッドを持った右手と左手をデスペルタルに向けて翳した。
「攻撃魔法は苦手でしたが、試してみます!」
「俺を超えんなよ?」
 シドはそう言ってルイのバングルに刻まれたスペルを唱えた。
 
ルイの左腕にずっと嵌められていたバングルが赤い光を放ってガラスのように砕け散った。
 
以前一度だけ、バングルを外したことがあった。ログ街に向かう道中で瀕死状態だったジャックたちを救うために少しの間外したのだ。すぐにバングルをはめ直したことでルイの中で制御されている力のすべてが解放されることはなかった。
しかし今回はシドの判断とルイの意欲が結びついて、力を制御していたバングルは完全に取り外された。
ルイは血気が上昇していくのを感じた。心臓がバクバクと鼓動を速め、ロッドを構える手を震わせた。このままもっと力を引き上げれば一撃でデスペルタルを倒せるかもしれない。もっと、もっと……と、こみ上げてくるその力を欲した。その時だった。──バンッ!と突然ブレーカーが落ちたかのように視界が暗闇に覆われた。
 
暫くの間、ルイの意識は飛んでいた。五感も思考も失われた無の世界から、次第に手足の痺れを感じ、その次に身体の中を流れる血流に熱を感じた。
そして重力を感じていないことに気がついた。自分の身体が宙に浮いているような感覚がする。自分の存在は此処にあるのにそれがどこに存在しているのかがわからない。
 
  ルイ……
 
自分を呼ぶ女性の声が遠くの方で聞こえた。穏やかで心を優しくなでる声はルイの意識を優しく誘う。
  
  ルイ
 
その声は段々と近づいて来る。声の方へ手をやった。自分の体も見えない暗闇で、なにも掴めずに空振りをする。その声の持ち主を確かめたい。その一心で何度も手を伸ばした。
けれど、探れば探るほど声は遠ざかる。
 
  ルイ……
 
その声を掴もうとする手が生み出す小さな風が、声を遠くへと追いやっているようだった。冷やりと嫌な汗が滲む。
暗闇の中の一筋の光と思えた声が聞こえなくなった時、死を身近に感じる恐怖心が心を支配した。手の感覚が無くなり、足の感覚が無くなった。なにか見えやしないかとしきりに周囲を見渡していた目の感覚も失われ、ドクドクと命を燃やしていた心臓を覆う体の感覚も薄れ、意識だけが取り残された。
 
心臓の音はもう聞こえない。
ここまま闇の一部になって消えて行く、そんな気がした。
 

 
「すべてが終わったら、帰ります」
 
──!?
何もない闇に、そう言って微笑んだアールの姿が浮かんだ。
 
帰さなければ。彼女を、元の世界へ。彼女の未来がある世界へ。
ドクンと心臓が跳ねる。水面から顔を出すように息を吸い上げる。手足の感覚が少しずつ戻って来る。
 
戻らなければ。僕にはまだやるべきことがある。
体を壊してしまいそうなほど鼓動の速度が上がっていく。息苦しい。酸素が足りない。頭に激痛が走った。──だめだ。立て直せない……。
 
ドクン、ドクン、ドクンと心臓に合わせて体が脈を打った。
両手で頭を抱えながら必死に血路を探す。体が焼けるように熱かった。
──どうすればいい? どうすればここから抜け出せる?
 
 ルイ
 
消えて行った自分を呼ぶ声がまた遠くで聞こえた。もう手を伸ばすことはしない。ただ体中の痛みに耐えながら、その声に耳を傾けた。
 
 ルイ
 
──あなたはだれですか
 
 わたしたちはいつでもあなたの味方だから
 
──わたしたち……?
 
ルイはハッと顔を上げた。
 
「力に恐れないで。恐れなければ、あなたを守る力になる」
「お母さん……」
 
闇の中で立ち尽くすルイの前に、父と母の姿があった。
母はルイに似た淡いクリーム色の髪で、穏やかに微笑む目元もよく似ていた。
 
「お前はやればできる子だ」
 
父が手を差し出した。背が高く、目鼻立ちがくっきりとした父。幼い頃の思い出に残る父の姿にルイは目に涙を溜め、その手を握った。
 
「強く生きるんだ。ルイ」
 

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©Kamikawa
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