voice of mind - by ルイランノキ


 一寸光陰4…『苦心惨憺』

 
「おかえりっ!!」
 
アールはルイの目の前で急ブレーキをかけるように立ち止まると、そわそわしながら「ハグしてもいい?」と訊いた。
ルイは優しく微笑んで、「もちろんです」と頷く。
 
「おかえり!」
 アールは改めてそう言ってルイを抱き締めた。 
「遅くなりました」
 と、ルイはロッドを持っていない右手でアールの背中にそっと触れた。
 
そこに特別な感情はなく、ルイの体調が戻ったこと、そしてまた肩を並べて旅が出来る喜びに浸る。
それを指をくわえながら羨ましそうに見ているのは結界の中のカイだ。
 
「どうやって来たんだ?」
 と、シドが歩み寄る。
 おかえりも言わずにただただルイの戻りをあっさりと受け入れたのは彼なりの歓迎の仕方だ。
「ゼンダさんから連絡が来ていたので、電話をかけました。その際に居場所を知り、ゲートを開けてくださいました」
 と答え、アールに目を向けた。「魔導書は渡されたのですか?」
「あ……うん。悩んだけど、私が持っていてもしょうがないし」
 そう答えながら、ルイはゼンダからどこまで聞いたのだろう?と思う。
「ジェイさんが取りに来たのですよね? いつ頃、渡されたのですか?」
「1時間くらい前だけど……ルイはいつゼンダさんと電話したの?」
「30分ほど前です。ジェイさんが魔導書を受け取りに行ってまだ戻っていないとのことでしたので、まだアールさんたちと一緒にいらっしゃるのかと思ったのですが……」
 と、ルイから笑顔が消える。
「終わったな」
 シドがそう言って乾いた笑いをこぼした。
「まだわかんないよ……」
 不安を振り払うようにアールが呟く。
「どういうことです?」
「シドが……もしかしたらジェイさんは組織の人間かもって」
「まさか。彼に限ってそんなことは……」
 ないとは言い切れずに口を閉ざした。
「深刻な話をしているときに申し訳ないんですけど結界を外していただけませんでしょうかー」
 と、カイが言った。
 
「すみません!」と謝りながらルイが結界を外すと、結界から出たカイはアールの真似をしてルイに抱き着き「上書き保存!」と言った。
 
「光が揃ったな」
 そう言ったのはヴァイスだった。スーが肩の上で拍手をする。
 
仲間が揃った喜びの一方で、揃ったことで組織が活発的に動き出すのではという不安も押し寄せてくる。
 
「もう一度ゼンダさんに連絡を入れてみましょうか。ジェイさんのことが気になります」
 ルイはポケットから携帯電話を取り出したちょうどその時、ゼンダから着信が入った。「──はい」と、すぐに電話に出る。
 
ルイがゼンダと話をしている最中、カイは自分の携帯電話を開き、メールや着信が来ていないことを確認してアールに目を向けた。
 
「アール、訊きたくないんだけどルイから連絡来てる?」
「え?」
 すぐには質問の意図がわからなかったが、カイがケータイを見せてきたのでルイが戻る前に彼から連絡はあったのか、という問いかけだと察した。アールもポケットから携帯電電話を出して確かめる。
「あ、来てた」
 気が付かなかった。
「俺には連絡せずにアールには連絡したんだぁ?」
 と、カイはふくれっ面を見せる。「俺の方が沢山メールしたと思うのに!」
 
受信時間を確認すると、30分ほど前に【ご心配をおかけしました。先ほど無事に退院いたしました。誕生日メッセージまでありがとうございます。嬉しいです。すっかり忘れておりました。今どちらですか?】とメールが届いていた。その画面をカイに見せる。
 
「皆さん」
 と、電話を終えたルイがケータイをポケットにしまいながら言った。「悪い予感は的中です」
「組織の人間だったの……?」
 と、アール。
「はい。緊急招集命令が出されました。一度城に戻り、情報の整理と今後について話し合いたいとのことです。すぐにゲートが開きます。戻りましょう」
「…………」
 誰も文句は言わなかった。
 
アールは息が詰まる思いでため息をこぼした。自己判断でジェイに魔導書を渡してしまったことをひどく後悔したが、もう遅い。
 
「ごめん……」
 と、アールは顔を伏せた。
「大丈夫です。きっと、いい方向へ解決に向かいますよ」
 ルイは穏やかな表情でそう言った。
 
もちろん、その場しのぎの言葉であることはわかっていた。
ルイが帰ってきて仲間たちとの会話を楽しむ余地もなく問題とストレスがのしかかる。ルイの体調を気に掛ける暇もない。
 
ゼフィル城へ直通の緊急ゲートが開かれた。一行はクロコの残骸を残してその場を後にする。
アールたちがいなくなった森の木々に身を潜めていた人影が揺れた。その身を覆う黒いコートから携帯電話を取り出して耳に当てる男。その手の甲には属印がある。
 
「──光が揃った。悠長にしている暇はない」
 
男が携帯電話を持っていない側の手の平を前に翳すと、その先に転がっていたクロコの残骸が風のように消えていった。
 
「漸くだ。度々の苦心惨憺とした日々が終わり、歴史の改正が始まり、時代が変わる」
 
運命の岐路を前に、一刻の猶予もないと感じているのは組織も異ならない。
男は空を見上げ、目を閉じた。脳内で鳥の囀りが聞こえてくる。子供たちの笑い声が聞こえてくる。野生のうさぎが足元を飛び跳ね、季節の香りが鼻をくすぐる。
 
歴史を作るのはいつだって人だ。
平和も、願うことしか出来ない人々の代わりに我々が率先して築いていかなければならない。
神に選ばれたシュバルツ様と共に。
 

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