voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身14…『フォルカーと陽月の物語』

 
アールはフォルカーの話に夢中になって、周囲で魔物が暴れているのをヴァイスとカイに任せっきりだった。
いつの間にか戻って来ていたシドも事情を聞いて、というよりも聞かされて、般若のような顔で集まって来る魔物を撃退。
騒がしいなと思ったアールはケータイを当てていない方の耳を完全に片手で塞いで、フォルカーの話を聞き入った。
 
フォルカーの話によると、シュバルツのアーム玉の欠片を捜しに向かった異世界、アールと陽月がいた世界でなんの手がかりも無く欠片も見つけられずに途方に暮れているうちに、元の世界へ帰るルートを失ったのだという。
欠片も見つけられず帰ることも出来なくなったフォルカーは、その場しのぎでなんとか生き延びていた。この世界で魔法が使えないと気づいたときは絶望しかけたが、食べられそうな雑草にかぶりついたこともあれば、ゴミ置き場からカラスを追い払って残飯を貪りながらいつか必ず迎えが来ると信じて命を繋いだ。運がいいときは山の中で猪を見つけ、短剣で捌いてその肉を腹いっぱいに平らげることもあった。
 
そんなある日の夜、フォルカーは美しい歌声に導かれて浜辺にたどり着いた。
海に向かって歌を口ずさんでいたのが陽月だった。
 
『痩せこけた小汚い男がフラフラと近づいて来たんじゃ。彼女は酷く警戒していたよ』
 と、思い出しながらフォルカーは笑った。
『あまりに警戒するもんだから、彼女に近づくのをやめて、数歩後ずさってからお願いしたんじゃ。もう一度、歌を聴かせてほしいと。──戸惑いながらも歌ってくれた。見ず知らずの、怪しい男のために、歌ってくれたんじゃ』
 
アールの脳内で、陽月の歌が流れた。透き通る優しい声。あの声を目の前で聴けるなんて、正直羨ましい。
 
『気づいたら大人げなく泣いておった。帰りたくて帰りたくて子供のように泣いたんじゃ』
「…………」
 てっきり、陽月の歌声に感動して泣いたのかと思っていたが違ったようだ。
 
でも、我慢していたものが、張りつめていた感情が、彼女の歌声で溶かされたのだと思う。
陽月はフォルカーを放ってはおけず、自分の別荘に招いて食事を与えたという。
フォルカーはどうにか彼女の警戒心を取ろうとおどけてみせ、短剣を腰から外して床に置くと、彼女の方に蹴って両手を上げた。あなたに危害を加える気はまったくないと、そう言って。
 
「魔法が使えたらもっと楽しませてあげられるんだが……なんでか使えない」
 白を基調とした部屋の中央に置かれている大きなテーブルの椅子にちょこんと座るフォルカーはそう言いながら自分の手のひらを眺めた。
「まほう? あなた魔法が使えるの?」
 と、陽月はテーブルを挟んだ向かい側に座っている。
「あぁ。子供の頃からな」
「マジックじゃなくて?」
「マジック?」
「手品じゃなくて?」
「手品? いやいや、魔法だよ。物を浮かせたり火を起こしたり」
「手品じゃなくて?」
 と、また同じ質問をした陽月だったが、その顔はどこか楽しそうだった。
「……そんなに俺は魔法が使えない奴に見えるか?」
「ふふ、おもしろい人ね」
 と、笑った顔はとても可愛らしく、フォルカーの胸をくすぶった。「どんな魔法が使えるの?」
「そう改めて訊かれると自慢出来るほど強力な魔法は使えないが……でもまぁ、異世界に飛べる体は持ってるのは間違いない。なかなか魔力が充満した空間を泳いで来れる奴はいないらしい」
「なんだかよくわからないけど、お風呂に入った方が良さそう。においが酷いわ」
 と、苦笑する。
「いや、あ……すまない。今すぐ出て行く。そこまで世話になるわけにはいかない」
 と、立ち上がる。
「でも、ここを出て行ってどうするの? ろくに食事も摂れていないしお風呂にも入れていないみたいだけど、行く宛あるの?」
「これまでどうにかしてきたんだ。これからもどうにかなる」
 と、笑う。
「あんなに泣きじゃくっていたのに?」
「!? あ、あれは……」
 と、フォルカーは恥ずかしそうに俯いた。
「警察に通報されるのも時間の問題だと思うけど」
 と、フォルカーの身なりを今一度見遣った。
「ケーサツ?」
「どう見ても怪しいから。ねぇ、犯罪者とかじゃないわよね?」
「違う違う!」
 慌てて否定するも、彼女にとってどこから犯罪でどこまで許容範囲なんだ? と気になった。窃盗や脅しをしたことはあるが、お尋ね者にはなっていない。
「それならいいけど……もし逃亡犯だったりしたらすぐに警察に連絡するから」
「ケーサツってのは……?」
 この世界のスィッタだろうか。
「警察は警察よ。まだあなたのこと信用しているわけじゃないから家には泊めてあげられないけど……庭なら貸してあげられるわ。テント付きで」
 と、移動を始めたのでフォルカーは距離を取りながら後ろをついて歩いた。
「本当か!? それは助かる……。眠る場所だけでもあるのは本当に……有難い。ありがとう」
「ここがお風呂」
 陽月は風呂場の電気をつけた。
「風呂までいいのか……?」
「ずっとじゃないから。仕事もしてないんでしょ? 仕事を見つけて、住む場所を見つけるまで。その代わり、誰にも言わないで。私の事」
「? あぁ……わかった」
 まぁ、変な男を庭に泊めているなど誰にも知られたくはないだろうなとフォルカーは思った。
「そういえば名前はなんていうの? 私は……陽月」
「俺はフォルカー。フォルカー・コリントだ」
「待って、外国人さんだったの? 確かに彫りが深いとは思っていたけど流暢に日本語を話すからてっきり……」
「外国人? まぁ……いや、異世界人か? にほんご……? 語? にほん語? にほんとはなんだ? 国の名前か?」
「…………」
 
開いた口が塞がらないとはまさにこういうことをいうのだというお手本のように、陽月はポカンと口を開けた。
 
「あなたはどこから来たの……?」
「ゼフィール国だ。世界が違う」
「世界が違うってなに……?」
「別世界から来た」
「なにを言ってるの?」
 と、苦笑い。「冗談はもういいから、本当のことを教えて?」
「俺は嘘つかない。……いや、時にはつくが、良くしてもらった人には嘘はつかない。この世界のことを教えてほしい」
「…………」
「この世界の名前はなんと言う? 国の名前は? 魔法はどこまで進歩している?」
「……あ、これ、ドッキリ?」
 
『──彼女は「ドッキリ?」と言った。そのときはなんのことだかわからなかったが、後々聞けばテレビ番組にどっきりというものがあるらしくてな、それではないかと思ったようじゃった』
「……そうでしょうね」
 と、アールは思い出すように言った。
 
私もそうだった。初めてこの世界に来た時、一般人をターゲットにしたドッキリかと思ったくらいだ。一般人でもそう思うのだから、有名人である彼女はもっとそう思ったに違いないし、部屋の中を見回して隠しカメラを探したんじゃないかと思う。
 
『それからは毎朝、早くに庭を出て当てもなくぶらついて、仕事も一応探したが身分証もない奴は働かせられないと門前払いされ、アーム玉の欠片も手当たり次第に探して見つかるわけもなく、手ぶらで夜に庭に戻るとテントの前にラップで包んだご飯が置いてあった。“残り物なのでどうぞ”と置かれた紙に書いてあったが、いつも残り物にしてはしっかりとどんぶり一杯分の米とおかずが用意されておった』
「それは……好きになりますね」
 と、アールはくすりと笑う。
『惹かれない男はおらんじゃろう』
 と、フォルカーは否定せずに言った。
『彼女が日頃なにをしているのかまでは知らんかったが、忙しそうにしてるのはわかった。だから彼女から話しかけてこない限り、わしから声を掛けることはせんかった』
「そんなフォルカーさんに、陽月さんも心を開いていったんですね」
『──ある日の夜、テントで眠るわしに彼女が声をかけてきた。「起きてますか?」と。わしは慌てて起き上がって、髪を手ぐしで整えてテントから顔を出した』
「…………」
 想像すると、可愛らしかった。
『泣きはらしたような目をしておった……。どうしたのか尋ねると、歌詞が書けないと言った。そこで初めて彼女の仕事を知った』
「それで……フォルカーさんはどうしたんですか?」
『かける言葉が見つからず……頭を撫でることしかできんかった』
「わお! 女子がキュンとするやつだ!」
 と、アール。ドラマでもよく見る。
 
ただ、世の男性に注意喚起したいのは、興味のない男性から急に頭を撫でられたらドン引きする女性も少なくはないということ。
フォルカーの話によればその日を境に二人の仲は急接近したとのことだから、きっと陽月の中にも彼に対する特別な感情が芽生えていたのだろうとアールは思う。
 
「お付き合いをはじめたのに、どうして急にいなくなったりしたんですか……?」
 アールの問いに、フォルカーは電話の向こうで俯いた。
『迎えが来た。急じゃった』
「そんな……」
『魔法のない世界で突然魔力を感じた。迎えが来たのだとすぐにわかった。隣で寝ている陽月を気に掛けながら、気が付けば家を出ていた。どこかに元の世界へ戻る扉が開いているのならば、急ぐ必要があった。長く開いてはおけないからじゃ』
「なにも言わずに帰ったんですか? 元の世界に……」
『魔力を感じる場所へ向かいながら、その足を止めて陽月の元へ戻ろうかと何度も迷った。じゃが、ひとつの不安が、彼女の元へ戻る自分を許さなかった。魔法が存在しない世界に、わしという魔力を持った異物がとどまることでこの世界に歪みが生じるかもしれない。そう思った』
「でも……魔法は使えなくなっていたんですよね?」
『それが永遠だという保証はどこにもない』
「…………」
『わしは、魔法の無い世界がとても美しく思えた。美しい世界で生きる陽月を、守りたかった。……言い訳かもしれんがな』
 
勝手だ。でも、人は大事な時にミスをする。落ち着いて考えれば出せた最善の選択も、他者目線で見れば簡単に出せる最善の答えも、その日その時その当事者になれば、冷静に判断ができなくなる。
 
『伝えておけばよかった……』
 苦しそうにフォルカーは言った。
「なにをですか?」
『なにもかもじゃよ……』
『…………』
 
事態の説明も、帰らなければならないことも、君と離れたくないことも、君を愛していることも、なにもかもすべて。
本当は叩き起こしてでも伝えるべきだったんだ。
 
『──この世界に戻って来た後、わしの魔力はなぜか一部しか戻らんかった。魔法の無いあの世界での影響を受けたのかもしれん』
「それが原因でもうあっちには行けなくなったんですか?」
『それも原因のひとつじゃが、あの世界には探していた欠片は無かったんじゃ』
「行く前にはわからなかったことなんですか?」
『わかっておったら行かん』
 と、悲しげに笑う。『当時は今ほど明確ではなく、不確かな情報ばかりじゃった』
「じゃあもうあっちの世界とここを繋ぐ扉が開くことはなかったんですか?」
『……いや、試験的にもう一度扉を開いたことがあった。その時わしはその場にいなかったが、代わりに扉を潜る予定だった男が「ゴミが入り込んで中止になった」と言っていた。それが人であったことは後に知らされたが、死んでいたからそのまま放置して立ち去ったという話だ。女性かどうかも聞いておらん』
「それが陽月さんだったんじゃないですか……?」
『そんな出来過ぎた話があると思うかね。わしでさえ別世界を行き来するのに身を削る思いをしたんじゃ。普通の人間が生きているとは思えん……』
 
タケルのことを思い出す。彼は命を絶ち、この世界にやってきた。肉体と魂が別々に。
陽月も自ら命を絶ったと聞いた。一度肉体と魂が離れると、異世界への扉を通りやすくなるのだろうか。
 
「……現実は小説より奇なり。愛の力、ですかね。愛の力は奇跡を起こすと言うじゃないですか」
 と、アールはそうであってほしいと願いながら口に出す。
『そうだとするならば、その力でもう一度出会いたかった』
「……そうですよね。でも、陽月さんが異世界への扉を通ってこっちの世界にやって来たのは確かです。もしかしたら私、まだエイミーさんから聞かされていないことがあるのかもしれません。それはあなたになら話せることかもしれません」
 
自殺したときのことを、詳しくは聞いていない。どこで、どうやって自殺をした?
そこになにか、もっと繋がりがあるような気がした。
 
『連絡先を……教えてくれ』
 フォルカーはそう言った。
 
アールはフォルカーにエイミーの連絡先を教えた。いきなり知らない番号からかかっても電話に出ないかもしれないからと、一度自分から連絡を入れておくことを伝えた。
 
「あの、答えられる範囲でいいんですけど、組織の中に別世界への扉を開ける人物がいるってことですよね。それも頻繁に……」
『あぁ』
 と、短く答える。
「それって誰なんですか?」
『……その名は口に出せん』
「…………」
『じゃが、ムスタージュ組織の総帥じゃ』
「そうすい……? 一番えらい人?」
『そうじゃな』
「シュバルツのアーム玉の欠片は全部集まったんですか?」
『小さな欠片も合わせて全部で120』
「そんなに……」
『欠片が隠された場所の特定は済んでいる。一月ほど前に得た情報じゃと、残りはあと5つ』
「…………」
 アールはごくりと唾を飲み込んだ。
 
これまで散々時間がないと急かされてきたが、今が一番焦りを感じる。
 
『もう、直に集まる』
「……足を洗ったのに、その情報はどこから得たんですか?」
『古い友人がまだ組織に身を置いておる』
「その人は大丈夫なんですか? そんな情報、部外者に話して」
『どう生きようがそいつの勝手じゃ。人の心配をしている場合じゃなかろう』
「あの、私のことはどこまで知っているんですか?」
『君は時間の使い方が下手なようじゃな』
「え……」
『知ってどうなるわけでもないことに時間を使うでない。さぁ、行きなさい』
「……はい。お電話ありがとうございました。情報も」
『わしからも礼を言う。もう一度、陽月と繋げてくれて、ありがとう』
「いえ……」
『アール、敵は決して大きくはない』
「え?」
『どんなに強大な力を持っていても、どんなに視界を塞ごうと、元は人の子。人は皆未熟で、時に過ちをおかす』
「…………」
『そこにあるのは人と人。相手に恐れることはない。恐れるべきはいつでも未熟な己自身じゃ。冷静で強くありなさい。さすれば必ず道は切り拓かれる』
 

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