voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身3…『ゾマー・リュバーフ』

 
「はぁ? 宿探すだぁ?」
 と、怒りをあらわにしたのは言うまでもなくシドだった。
 
ハヤテ町に訪れた一行。コンクリートで出来た建物が多くあり、あちらこちらに3Dアートが描かれている。足元に落ちている葉の中には、絵で描かれた葉が混ざり、窓から人が覗いているかと思えばそのすべてがリアルに描かれた絵だったり、色鮮やかで楽しい町に、カイの目がキラキラと輝く。アールも一瞬にしてこの町の虜になったが、こんなユニークな町を前にしても変わらないのがシドだ。
 
「ゾマーさんを捜さないといけないから」
「お前状況わかってんのか? なぁ!」
 と、シドは腕に嵌めているデータッタを見せた。
 
シュバルツのエネルギーを示すゲージも数値もMAXだ。
 
「……だよね」
「1時間だ。1時間の間にその男を見つけろ。見つからなかったら諦めろ」
「そんなぁ……」
「大体お前なんでヒヅキとかいう女のこと調べてんだよ。お前の世界から来た女がここにいたとしてそれがなんなんだよ。お前が何者かわかった以上、もう関係ねぇだろ!」
「そんな言い方しなくたって!」
「お前とタケルが別世界からこの世界に来た。他にもこの世界に来た人間がいる。気になるのはわかるが調べたからってどうなるんだ? シュバルツの弱点でもわかるのか? 世界を守る戦いに関係ねぇことに時間使うなっつってんだよ」
「関係ないかどうかはわらないじゃん! 私はすべてに意味があると思ってる。偶然私の世界の歌を口ずさんでいた女の子と出会う? 調べてみたら私の世界にいた陽月っていう歌手がこの世界に来てることがわかった。陽月は組織の人と繋がってた。そんな彼女がどうやってこの世界に来たのか気になるし、結局この世界に来ても恋人とは再会出来なかったみたいだし……。それを聞かされて『ああそうですか、残念でしたね』で終われるわけないじゃない! きっと意味がある!」
「女がよく言い出す“運命”ってやつか? バッカじゃねぇの」
 心底呆れたようにシドはそう言い放った。
「…………」
 アールはムッと口を尖らせたまま、視線を落とした。
 
嫌な空気だなぁと、カイは思う。ルイがいたら2人を宥めて丸く治めてくれそうなのに。
 
「とりあえずさぁ、時間無いんだから……今から1時間後にここに集合! じゃあ一時退散!!」
 と、カイが言ったため、シドはアールに背を向けて町の奥へと消えて行った。
「1時間で見つけるなんて……」
 アールは小さくため息をこぼした。
「俺も捜すからさ!」
 と、カイはアールの肩に手を置いた。
「ありがとう」
「じゃあまた後でねー。なにか手がかり見つかったら連絡するー」
 と、カイもその場を後にする。
 アールは後ろを振り返った。ヴァイスが立っている。
「……協力してくれる?」
「あぁ」
 彼の肩にいたスーも、拍手をして意思表示を示した。
「ありがとう」
 と、またアールの携帯電話が鳴る。
 
今度はクレオでもルイでもなくエイミーの名前が表示されている。
 
「はい」
 と、道の端に移動して、電話に出た。
『急にごめんなさい、今大丈夫ですか?』
「はい。ちょうどハヤテっていう町に着いたところで少しゆっくりするので」
 ゾマー・リュバーフ捜しでゆっくりする時間はなさそうだが。
『ほんと?! ちょうどよかった! 私も今からそっちに行くんです』
「え?」
『夕方からその町でチャリティライブがあって、私はスペシャルゲストとして参加するんです。シークレットゲストなのでまだ秘密なんですけど』
「そうなんですか?!」
 見たい。見たい見たい見たい!でもシドが許さない。シュバルツも許さないだろう。
『それで、電話したのはそのライブに、素人が参加できるコーナーがあって、アールさん、出ないかなと思って』
「え……なんでですか?」
『ライブの様子が生で全国放送されるんです。もしかしたら、祖母の……陽月の恋人が目にするかもしれないと思って。もしくは陽月を知っている人が』
「なるほど……」
『私がカメラの前で意味深なメッセージを送ったら、色々と騒がれてしまうから……』
 と、電話越しにでも苦笑したのがわかる。
「確かに……。でも素人が参加できるコーナーって、どんな内容ですか?」
『それが、歌わなきゃいけないんです』
「歌ですか……」
 歌自慢コンテストみたいな感じだろうか。
『参加するなら早いうちに手続きをしないといけないようなの。参加したい人の全員が出られるわけじゃなく、ちょっとしたオーディションになるみたいだから。オーディションは15時まで』
 
今の時刻はちょうどお昼を回ったところだ。
 
「検討してみます。ご連絡ありがとうございます」
 
アールはエイミーからオーディション会場の場所を聞いて電話を切った。隣で電話が終わるのを待ってくれていたヴァイスに相談する。
 
「参加するといい」
 ヴァイスは即答した。
「でもシドが……」
「1人では旅を再開出来ないからな」
「それってシドは無視しろってこと?」
「すべてに意味があるのだろう?」
「……そうでした。じゃあこれ」
 と、陽月とその恋人と思われる人物の似顔絵をヴァイスに託した。
 
アールはゾマー・リュバーフ捜しをカイとヴァイスに任せ、オーディション会場へ向かった。まずはオーディションに受からなければ話にならない。歌には自信は無いが、音痴ではない。カラオケが好きで久美とよく行っていた。最高得点は92点だ。しかし高得点を狙って簡単な童謡を丁寧に歌ってやっと出た90点台だ。他の歌で90点台を出したことはない。
 
オーディション会場は町の集会所だった。緊張気味に玄関に足を踏み入れると、《オーディション会場》と書かれた紙を持っているスーツ姿の若い男が立っていた。
 
「参加希望者ですか?」
「あ……はい」
 急に恥ずかしくなってきた。こういうのに参加するのは大抵、自分の歌に自信がある人だ。
「じゃあ靴はそちらに。スリッパに履き替えたら床の黄色い線を辿ってください」
「はい」
 
靴を脱いで靴箱にしまい、スリッパを履いた。クリーム色のカーペットの上に、黄色いテープで線が書いてある。広さは40畳ほど。人が多くいたが全員が参加者ではないようで、スタッフと書かれた青いブルゾンを着ている人が忙しそうに出入りしている。機材も部屋の一角に置かれていた。黄色い線はそのスタッフの邪魔にならないように参加者を誘導するものだ。
 
線に添って進んだ先に、参加者と思われる10代くらいの男女が3人並んでいた。その前には横長のテーブルが置かれ、審査員と思われるスタッフが4人、並んで座っている。
 
「じゃあ次の人、一歩前に出て」
 
一番前に並んでいた10代前半くらいの少年が言われたとおりにテーブルの前に立った。
 
「じゃあ歌って」
「はい」
 
え……? アカペラ?! しかもマイク無しでスタッフたちが忙しそうにしている中で歌うなんて! 恥ずかしすぎる!
アールは酷く緊張して意味もなく服のしわを伸ばした。
 
「ゴホン……。あした〜あなたに会いに行きます〜なにがあっても〜、僕の心はあなたで埋め尽くされて〜いるからぁ〜愛してるぅ〜」
 
まだ女性とお付き合い経験もなさそうな少年は、愛のバラードを歌ってみせた。ずば抜けて上手いとは言えないが、まだ声変わりをしていないのか中性的な声が透き通っていて綺麗だった。
 
「はい、もういいよ」
 審査員の一人がそう言って、「うーん」と唸った。オーディションは雑だけど、審査はしっかりとしているようだ。 
「保留でいいかな? 15時にまた来れる? そのときに結果を伝えるよ」
「あ、はい。ありがとうございました……」
 
少年は少し恥ずかしそうに会場を出て行った。
気がつかなかったが、いつの間には後ろに新しく参加者が立っている。その人も12、3才くらいで若い。若者に囲まれ、アールはますます肩身が狭い思いをした。
 

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©Kamikawa
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