voice of mind - by ルイランノキ


 当機立断23…『タケルを襲った魔物』

 
真夜中の1時過ぎ。
林道の端に迷彩柄のテントが張られている。バニファという魔物がテントに近づき、においを嗅いだがそのまま森の奥へと去って行った。しばらく止んでいた雨がまたぽつりぽつりと降りはじめる。
 
テント内ではカイとシドが眠っている。仕切りのカーテンを挟んだ向こう側にはアールの布団が敷かれているが、アールはまた起きていた。布団の上に座り、そのすぐ横にローテーブルを出してランプを置き、レシピ本を見ている。明日の朝は何を作ろうか。残っている材料をメモした紙と交互に見遣り、節約レシピを考える。
 
しんと静まり返っている中、テントのファスナーが開く音がした。アールが仕切りのカーテンを開けると、ヴァイスだった。
 
「めずらしいね」
「雨が降ってきた」
 と、その場に座り込む。胸元からスーが飛び出すと、寝ているカイの上に飛び乗って解けたアイスのように伸びきった。
「雨宿りできそうなとこなかったんだね。布団出す?」
「いや、いい。お前はまだ寝ないのか」
 ヴァイスは侍のように座って眠ることが多い。
「明日のレシピを考えてからね。──たまにはテントで布団敷いてゆっくり眠ればいいのに」
「うるさいからな」
 と、ヴァイスがカイを見遣ると、カイが寝返りを打った。
「んー……値上がりやばすぎクッキーも買えない……」
 寝言だ。なにか値上がりしている夢を見ているらしい。
「確かにね。カイの寝言とシドのいびきは慣れるまでうるさい」
 と、笑う。「ルイは静かなんだけどね」
「煎餅も買えない……マシュマロも……」
「…………」
「ラムネも買えなぁーいっ!!」
「うっせぇなバカクズ野郎ッ!!!!」
 と、シドが起きた。
 枕をカイの顔面に投げるも、一瞬顔をゆがめただけで起きなかった。
「確かに今のはうるさかった」
 アールはシドに同情した。
 シドはアールとヴァイスを見遣った。
「コーヒーねぇのかよ」
 と、頭を掻き毟る。
「あ、飲む? ルイほど美味しくは入れられないけど」
「ブラック」
「オッケー。ヴァイスも飲む?」
「頂こう」
 
アール仕切りのカーテンを大きく開いてから、レシピ本をテーブルの下に置いてルイのシキンチャク袋から三人分のマグカップとインスタントコーヒーを取り出した。熱を持つ魔法の布巾の上にポットを置いて水を沸騰させる。
 
「そういえばカイ、寝言でタケルのこと言わなくなった」
「…………」
「私に話してから、私の世界に関することも呟かなくなった気がする」
「…………」
 
コーヒーを人数分カップに入れると、ヴァイスはテーブルに近づいたがシドは布団の上で眠そうに座っている。仕方なくアールはシドのコーヒーを持って立ち、手渡してから布団に戻った。
シドはアールが入れたホットコーヒーを啜りながら飲んだ。
 
「そういや、タケルを殺した魔物、見ねぇな」
「…………」
 アールはシドの話を聞きながら、自分のコーヒーにはミルクを多めに入れた。
「大体、あの場所にサイクロプスが現れたのもおかしいんだよ」
「サイクロプス……? おかしいって?」
「あんな場所にいるのは珍しいってことだよ。たまたまかもしんねぇが」
「たまたまかもしれないし、誰かの仕業かもしれないってこと?」
 険しい表情で訊き、コーヒーを啜った。
 ヴァイスもブラックコーヒーを飲みながら、黙って聞いている。
「可能性はある。けど俺は人影なんか見てない。暗かったしタケルと魔物しか目に入ってなかったから周囲に誰かがいても気がつかなかった可能性もあるけどな」
「カイとルイは……後から来たんだったよね? 人影見てたらなにか言ってるよね」
「あぁ」
 
アールは首に掛けている武器を取り外し、小さいまま手の平に乗せて見遣った。
 
「タケルは見なかったのかな……怪しい人影」
「…………」
 シドとヴァイスもアールの手の平に乗せられた武器を見遣った。タケルのアーム玉がはめ込まれている武器だ。
「誰かの仕業だったなら……放ってはおけねぇよな」
「うん。でも、タケルを殺す必要なんて……」
「あの時、既に組織の人間が近くにいたとして、タケルをグロリアだと知っていたら有り得るかもな」
「……タケル、人影、見た?」
 アールが問いかけてみたが、反応はない。
「ま、意外なところに意外な魔物がいることはよくあるけどな」
 シドはコーヒーを飲み干すと、立ち上がってカップをテーブルに置いた。
「シド、ルイから返事来た?」
「俺からは送ってねぇよ」
 と、布団に入る。
「……結核の治療って、なにするの? 知ってる?」
 アールはヴァイスを見遣った。
「主に薬による治療だ。内服する薬や量によっては副作用もある。高熱が続いているならメールを返すのもキツイだろ」
「そっか……」
 
相手の状況がまったくわからないのは、不安だった。ルイのことだから多少高熱が続いたくらいでメールの返事を返さないという選択はしない。心配させまいと無理をしてでも返事を返すだろう。けれども今回はまったく返事が来ない。よほどの事だ。
 
「携帯電話を取り上げられた可能性もあるが」
 と、見兼ねたヴァイスが言った。
「え? ……そっか。病院の先生が安静にしていなさいって携帯電話の使用を禁止したとかもあるよね。そうだよね。ルイもこっちのこと心配してるかも。信じて待つしかないよね。きっと大丈夫。絶対大丈夫」
 
大丈夫。
アールは再びレシピ本を開き、明日の朝食を考えながら残りのコーヒーを飲み干した。
 

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©Kamikawa
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