voice of mind - by ルイランノキ


 当機立断21…『ジェイの過去』

 
玉座の間の重厚なドアをノックしたのはリアだった。しばらくして中からドアを開けて顔を出したのはゼンダではなく、ジェイだった。
 
「ジェイさん……父は?」
「書斎におられます」
「そう……。あなたはここでなにを?」
「留守を頼まれまして。すぐに戻られるとのことで」
「信用されているのね」
 と、リアはため息をこぼす。
「私もカウンセラーの少年のように裏切ると?」
「そうじゃないの。ごめんなさい……色々あったものだから。あなたのことは私も信用しているわ。あなたのお父様のことも、父からよく聞かされていたし。オルセさんは父が幼い頃から面倒を見てくれていて、父にとっては……オルセさんこそが自分を育ててくれた父親だって言っていたくらいよ」
「そう言っていただけると、亡き父も喜ぶでしょう」
 
ジェイの父親──オルセは、ゼンダがこの世に誕生してから長い間、一番近くでゼンダの成長を見守ってきた。その期間60年以上である。身の回りの世話から遊び相手まで、手が回らない親に代わって全てのことを請け負った。しかしゼンダの成長と共に彼も年老い、4年ほど前に病気で亡くなった。享年85歳。その跡を受け継いだのがオルセの息子であるジェイだった。
 
「私とあなたも幼い頃、遊んだことがあったの覚えてる? お爺様が生きていた頃はオルセさんを使用人としてしか見ていなくて、私とあなたを遊ばせることにいい顔はしなかったから滅多に会えなかったけれど」
「もちろん覚えております。ゼフィル図書館にて、本を朗読したことを」
「そう! 絵本に出てくるセリフをキャラクターになりきって読むのが楽しかった。私にとってあなたは初めてできたお友達だった」
 懐かしむようにそう言って、こう続けた。
「オルセさんのこともそうだけれど、今は私も父も、あなたの事を大切な家族だと思っているのよ?」
「ありがとうございます」
 と、ジェイは深く頭を下げた。
「お母様はお元気?」
「えぇ」
「いつかまたお会いしたいわ。いろいろと落ち着いたら、お食事会でも開きましょう。それじゃあ私は書籍を覗いてみるわね」
 リアはそう言って、その場を後にした。
 
ジェイはリアが廊下を曲がったのを確認してから、玉座の間のドアを閉めた。
幼い頃を思い出す。自分よりも年下の女の子が、自分よりも大切に扱われていた記憶。庭で遊んでいたこともある。近くには必ず誰かが付き添っていて、リアと手を繋いで歩いていたとき、彼女が躓くと世話係が飛んできた。
 
「…………」
 
世話係はジェイを突き飛ばし、リアに怪我がなかったかそればかりを気にしていた。それは使用人だけでなく、父であるオルセもそうだった。
 
「リア様に怪我をさせるとはどういうことだ!」
 
容赦なく平手が飛んできて、なにを言っても聞いてもらえず一方的に責められた。だから、リアと遊んだ記憶の中で楽しいと思えた記憶は一切無い。いつも彼女の周囲にいる人々の目に怯えていた。
 
 父にとっては……オルセさんこそが自分を育ててくれた父親だって言っていたくらいよ
 
「父親……」
 
ジェイは力なくその場に座り込んだ。
──父親? 血の繋がった自分に対して父親らしいことなど一つもしてくれたことがなかった。父と遊びたいと思っても父は仕事で忙しいと母からいつも言い聞かせられて、母と食事会に呼ばれたときは父の仕事っぷりを見れると喜んだが、目の当たりにしたのは自分には見せたことがない笑顔でゼンダを我が子のように接している父の姿だった。子供だった自分の心に嫉妬心が生まれなかったわけがない。母の顔を盗み見たとき、悲しそうに笑っていたのを今でも覚えている。二度と忘れることはないだろう。
 
ジェイの母はまだ若かった。国王のために自分の時間のすべてを捧げると決めたオルセは一生独身を貫くつもりだったが、彼が50を過ぎた頃、ゼンダが彼のためにと一人の女性を紹介し、仲を取り持った。女性の年はまだ23で、肌もみずみずしく容姿端麗。女性とは無縁に生きてきたオルセにとって、笑顔にまだあどけなさが残る女性との出会いに、迷うことなく恋に落ちた。
オルセは決して妻子をないがしろにしていたわけではない。家族を持てたことでより一層、国王に対して頭が上がらなくなり、いつかこの身が尽きるまで国王の側で働き続けることを誓った。それが唯一自分に出来る恩返しだったのだ。
しかしそれをまだ幼かったジェイに理解できるわけもなく、父は自分と母を捨てて向こうを選んだのだと思わせた。
ジェイの母親も同じ思いだった。まだ若く、その体は常に愛を必要としていたけれど、夫であるオルセは子を一人授かったことで満足し、それ以降彼女を抱くことはしなかった。
 
そんな親子の前に現れた一人の男がいた。彼はジェイとジェイの母親の人生を変えた。
 
「ノワル様……」
 
ノワルという男である。
 
━━━━━━━
 
「お父様」
 
城内には書斎が何室かあるが、ゼンダが愛用している書斎は決まって玉座の間から一番近い第一書斎と決まっている。引き戸をノックすると、戸に魔法円が浮かび上がり、鍵が解除される。
リアが部屋に顔を出すと、ゼンダは書斎のテーブルの椅子に腰を下ろし、分厚い本に目を通していた。
 
「なんだ」
「キースくんのことでお話が」
 
ゼンダは顔を上げ、ずり落ちていた眼鏡を掛けなおした。
第一書斎は12畳としかなく、こじんまりとしている。本はテーブルの後ろにある木製の棚に並んであるが、棚には広狭魔法が掛けられているため、この部屋には入りきれないほどの本が収納されている。
 
「どうした」
「彼の体調次第では、城内で働かせてみるのもいいと思うんです。彼、ほしい物があっても遠慮しているみたいだし、仕事を与えればその遠慮も少しはなくなるのかなって」
「うむ」
 と、髭を擦る。
「それと、彼には学校も必要かもしれない」
「それは私も考えておる。この時代で生きていくにはこの時代を知る必要があるからな」
「ではキースくんに訊いてみて彼にその気があれば──」
「全て終わってからだ。この世界の問題を解決することが先決だ。奴が目覚めれば学校どころではないだろう」
「……そうよね」
「学校へ通わせるのは後回しになるが、それまでは学びの場を作ってやろうと思ってな、ジェイに任せてある」
「学びの場?」
「彼のために図書室の一室を教室にする予定だ。幸い、歴史について詳しいものは多くいる。勉強をするための本も揃ってある」
「そうね。──あ、それと彼、自分の部屋を望んでいたわ。一人にさせるのは心配だけど、見張りを部屋の前に立たせれば心配もないんじゃないかしら」
「うむ」
「…………」
 
リアはアールのことを切り出そうかと悩んだ。ジェイが言っていたことが本当だとして、ここでそれを認めたとして、はっきりと反対の意を見せたとして、なにか変わるだろうか。いくら娘とはいえ、国王である父の考えを変えることなど……。
 
「まだなにか用があるのか?」
 ゼンダは閉じていた本を開いた。
「キースくんのご両親について、なにかわかりましたか」
「歴史に名を残した者たちの名簿に名前は存在しなかった。200年ほど前にエテルネルライトを使った魔術に成功した人物ともあれば、それなりの功績を残しているだろうと思ったんだがな。国家魔術師に情報提供を呼びかけてはいるが、進展は無い」
「そう……。お父様のソーマは今どちらに?」
「迷宮の森でエテルネルライトの研究に立ち会っている」
 
ソーマ。ダブル顕現魔法で自身の分身を作った際、本体のことをソーマと言う。リアもまた、ここにいるのはソーマではなく分身の方だ。
 
「アールちゃんのことだけど」
 話の流れで切り出してみたが、ゼンダは本のページをめくった。真面目な話をする空気ではない。
「……アールちゃんたちのことですが、今後また用があって城に戻ってくるようなことがあれば、彼女たちにもゆっくりひと休み出来る部屋があるといいと思うんです」
 と、本当に訊きたかったことは伏せた。
「そうだな」
 ゼンダはリアを見ずにそう答えた。
 

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