voice of mind - by ルイランノキ


 当機立断17…『事実確認』

 
鍋の中でグツグツとポトフが煮込まれている。時折それをおたまでかき混ぜているのはカイだった。
 
「グッツーグッツー簡単お鍋ー♪ 『隠し味はなあに?』『隠し味? それはね?』あーいーじょうー♪」
 
男女のセリフ入りの自作曲を歌いながら料理をしているカイを、テーブルの上にいたスーは瞬きをしながら眺めている。
 
「よし、一品できた!」
 次は2品目に取り掛かる。
 
その頃アールは、休息所の外にいた。
 
「カイ、大丈夫かなぁ……急に俺が作るって言い出したけど」
 時刻は午後1時過ぎ。お昼はおにぎりで済ませる予定だったが、結界で囲まれている休息所が近くにあったため、急遽変更。この先歩き進めても休息所がないのだ。
「お前に楽さしてぇんだろ」
 前を歩くシドがそう言った。
「ありがたいけど」
「つか、ついて来んなよ」
「一本道なんだからしょうがないじゃん」
 
前方の森からモルモートが姿を現した。シドとアールは同時に武器を握った。
 
「ハイマトスみてぇに森の中ひょいひょい行ってこいよ。俺の獲物だ」
「あ、そうだった。私もひょいひょい行けるようになったんだった」
 
シドは魔物に向かって走り出した。アールは森に目を向ける。木々の上をひょいひょい行けるだろうか。──行けない。葉が生い茂っていて飛び乗っても折れない枝が見えない。それを考えるとヴァイスは一瞬で自分の体重を支える枝を見極めながらひょいひょい飛び乗って移動していると言える。神業だ。
仮に自分もひょいひょい行けたとして、戻ってこれるだろうか。覚醒した体は方向音痴には対応していないのだろうか。
 
「胃袋からシキンチャク袋出てきたぞ」
 と、シドはモルモートの腹を割いて、胃袋から出てきたシキンチャク袋を取り出した。
 
アールはシドに歩み寄って横から覗き込んだ。
 
「金目の物、入ってます?」
「お前変わったな」
 と、シキンチャク袋を逆さまにして中身を全て取り出した。
 
シキンチャク袋の中から出てきたのは、財布、携帯電話、保存食、短剣4つ、回復薬1つ、着替え。アールは携帯電話を取り、シドは財布を取って開いた。
 
「3万と520ミル。少ないな」
「頂くの? ケータイは電源が入らないや。充電シールも貼られてない」
「そりゃ頂くだろ。もったいねぇ」
「身分証明書は? 確か街にポストあるんだよね? こういうものを届ける専用の」
 シドはお金だけ抜き取ると、財布はアールに手渡した。お金は自分の財布にしまう。
「もう……」
 アールは一先ず携帯電話をポケットに入れてから財布を開いた。身分証明カードがある。
「シキンチャク袋ごと持ってったほうがよさそうだね……ってちょっと! しまうの手伝ってよ!」
 シドはスタスタと歩いて行く。
「もう!」
 
アールは仕方なく膝をついて、シキンチャク袋から取り出したものをすべてしまいはじめた。財布、携帯電話、保存食……と、そのときだった。
 
「手伝いましょうか」
 聞き慣れた声に手が止まる。
 背後から聞こえたその声に振り返ると、コテツが立っていた。
「コテツくん……」
 先を歩いていたシドもコテツに気づき、駆け戻った。アールの前に立ち塞がって剣先をコテツに向ける。
「なにしに来やがった……」
「確かめに、です」
 コテツはそう言って、大きい眼鏡を掛けなおした。
「…………」
 アールはシキンチャク袋を置いて立ち上がると、鞘から剣を抜いた。
「本当に、生きていたんですね、アールさん」
「それを確かめに?」
「はい」
「…………」
 
居心地の悪い空気が漂う。コテツは武器を持っていない。戦う気はないのかもしれないが、どうやってここに来たのかわからない以上、油断できない。組織の人間は好きな場所に自由にゲートを開けるのだろうか。組織も歩行地図を持っている可能性も考える。だとしたらいつどこで仲間が現れるかわからない。
 
「聞きましたよ。覚醒されたんだとか」
「……いまいちその覚醒した体を使いこなせてないけどね」
「不老不死……そんな人間が存在するとは」
「不老不死の時点でもう人間じゃねぇけどな」
 と、シド。
 アールはムッとする。
「それも、確かめたいのですが」
 コテツがそういうと、アールも剣先をコテツに向けた。
「僕を殺す気ですか?」
「そっちがその気ならな」
 と、シド。
「僕は死ぬんですよ? でも、アールさんは死なない。死なないなら、いいじゃないですか。殺させてくれても」
「……確かに」
 と、アールは武器を下ろした。
「おい! なに納得してんだよ!」
「だってフェアじゃないなと思って……」
「戦いにフェアもなにもねぇだろが! 大体、不老不死かどうか確かめるために殺されてやるっておかしいだろうが! 死ぬかどうかは別にして!」
「……確かに。」
「バカは変わんねぇな!」
「ひど! そんな言い方なくない?!」
「バカにバカって言ってなにが悪い」
「出たよ筋肉バカ」
 と、蔑んだ目を向ける。
「んだとこのやろうッ!」
 と、コテツに向けていた剣先をアールに向けた。
「筋肉バカに筋肉バカって言ってなにが悪いの?」
 と、剣でシドの刀を払う。
「脳無しに言われたくねんだよッ!」
「こっちも筋肉に言われたくない!」
 
二人が言い争っているのを、蚊帳の外で見ているコテツ。──世界を救う光と言われている人物がバカと言い争っているなんて……。ましてやシュバルツ様と対等に戦う力を持っているグロリアが、不老不死を手に入れたグロリアが、敵を前にして仲間同士で言い争っているなんて。
 
「相変わらすですね、アールさんは」
 眼鏡を掛けなおし、ため息交じりに微笑した。
「え……?」
「自覚がないのかあるのか……。そのようでは、軍を率いて戦うことなど出来ないのでは?」
「…………」
「いずれ、大勢の人が死ぬことになる。あなたのその変わらなさは、自覚がないのか、余裕があるのか、どちらでしょう。僕はあなたが笑っていられる理由がわかりません」
「……実感がないだけ」
 と、アールは控えめに答えた。
「まだ、実感がないと?」
「街に行けば、みんな笑ってるの。外でなにが起きているのか、世界の危機が迫っていることも知らずに笑って、くだらないことで喧嘩して。そういうの目の当たりにすると、本当にこの世界に終わりが近づいているのかなって思ってしまう」
「でも、確実に終わりは近づいている」
 コテツはそう言って、視線を落とした。
「コテツくんは今も、私が世界を壊すと思ってるの?」
「…………」
「そんな相手に、一人で会いに来たの?」
「…………」
「自覚が無いのは、あなたも同じ」
「僕は、あなたのことを知っていますから。あなたのことを、見てきましたから。その壊れやすい心に寄り添って」
「でも結局、私は戻ってきた。想定外だったんじゃないの?」
「……そうですね。完全に壊したと思っていたのですが」
 と、苦笑する。
「こいつ単純だからな。壊れるのも修復も早い」
「それ褒めてんの?」
「貶してんだよ」
「けなすな!」
「修復してもまたすぐ壊れるからな」
「不良品みたいなこと言わないでよ」
「事実だろ」
「事実だけど!」
「──“だから”世界を壊すのでは?」
 コテツはアールの目を見据えて言った。そして続けてこう言った。
「あなたがまた自分をコントロールできなくなったとき、世界を滅ぼす力を使ってしまうのでは?」
「…………」
「あなたは世界を壊すんじゃない。“壊してしまう”のでは?」
 
ドクンと心臓が脈うち、嫌な汗が滲んだ。
シドはアールが動揺しているのを見て、呆れたように笑った。
 
「なんのために俺等がいると思ってんだよ」
「そうでしたね。あなた方は、彼女のお世話係でしたね」
 と、コテツは笑った。
 

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