voice of mind - by ルイランノキ


 当機立断9…『昼食』

 
シドの腕に嵌めてあったデータッタがアーム玉の在り処を示しながら音を鳴らした。
林道を外れるため、少し待ってろと言ってひとりで森の中へ入って行ったシド。カイはソワソワしながらアールの腕にしがみ付いた。
 
「なに?」
「こういう時ってさ、ルイが結界で囲んでくれるじゃん? テント出してほしい」
「ダメ。カイ眠るでしょ」
「寝ないから出して!」
「大丈夫だよ魔物の気配ないから。ね?」
 と、ヴァイスを見遣る。
「あぁ」
「そ、そう? じゃあ我慢する」
「ルイがいなくて一番困ってるのはカイだね」
「そんなことはないよ! それより昼食のことが心配だよぉ」
「それは大丈夫」
「なに作るの?」
「まだ決めてない」
「心配だなぁ……デリック呼ぶ?」
「大丈夫だってば。食材見てないからなに作れるかまだわかんないけど。てかなんでデリックさん?」
「デリックは料理が上手なんだ」
「うっそ。意外……」
 あの部屋が汚いデリックがねぇ……と虚空を見遣る。
 
その頃、ひとりで森へ足を踏み入れたシドは、データッタに映し出されている地図を見ながらその場所へと向かった。途中、魔物に出くわしたが、一撃で倒すことが出来た。そして、アーム玉の在り処を見つけた。そこにはすっかり骨になっている人の遺体があった。骨も一部しか残っていない。着ていた服と思われる布切れも広範囲に散っている。時折なんでこんな場所に?と思う場所で遺体を見つけたりする。死体は喋ることができないため、真相は闇の中だ。屍のすぐ脇にアーム玉が転がっていた。拾い上げ、さっさと立ち去ろうとしたときだった。
 
「うっそ信じられない」
 と、突如人の声が聞こえた。
 
森の奥を見遣ると、10代半ばくらいの女が誰かと話している。だが、相手が見えない。木に隠れているのだろうか。それにしてもこんなところで何やってんだ……?
 
「おいお前」
 と歩み寄ろうとして足元に埋まっていた石に躓いた。
「おっと……ん?」
 すぐに体勢を立て直して女のところへ向かおうとしたが、女の姿はなかった。
 
見間違いか?そんなはずはないと、女が立っていた場所まで移動したが、人がいた気配すらなかった。
 
「どうなってんだ……」
 
仲間の元へ戻りながら、首を傾げる。確かに声がしたし、人が立っていた。でも“外”にいる割には平然としていたし武器らしき物も持っていなければ外の世界に慣れている風貌でもなかった。
 
「あ、戻ってきた」
 戻ってたシドに真っ先に気がついたのはアールだった。
「アーム玉なかったの?」
 と、浮かない表情で戻ってきたシドを見て訊く。
「いや。あった」
「じゃあどうしたの? なんかあった?」
「女を見た」
「美人?!」
 と、カイ。
「さぁな。消えた」
 と、歩き出す。
「消えた? 見間違い?」
「何と人を見間違うんだよ。それに声もした。けど一瞬目を離した隙にいなくなった」
「こわ! 幽霊?!」
 カイがそう言った言葉に、アールは部屋で見た少女を思い出す。
「あー…幽霊かもな」
「シドって幽霊信じるの? 意外……」
 と、アール。
「信じるってなんだよ」
「え、だから……え? この世界じゃ幽霊の存在当たり前なの?」
「人型が存在するかどうかって話か」
「人型……?」
 アールはカイを見遣った。
「あのねぇ、霊が見える人と見えない人がいるんだ。見える人の中には人型を見たって人と霊魂……オーブっていう光の玉を見たって人や、煙のようなのを見たって人とか色々でね、人型を見たことがない人は生きていた頃のそのままの姿で現れるわけないじゃーんって言うんだ」
「霊が見えない人は? 見えないけど幽霊信じてるの?」
「霊を見たことがなくてもお墓参りに行く人はほとんどだよ。そこにいる、こっちの声が聞こえてる、自分たちが会いにきたことをわかってくれてるって信じてるから。いるいないじゃなくて、“見えるものじゃない”って思ってる人は多いけどね。見たって人を信じないんだ」
「あぁ、なるほど……」
「まぁほんのごく一部には死んだら“無”になるだけだって思い込んでる人がいるけどね。そういう人はお墓参りには行かないよ。テレビ番組で自分の子供を事故で亡くしたおばさんが取り上げられていたんだけど、子供のお葬式もしなければお墓も作らなくて批判されてたなぁ」
「え……そんな極端な……」
「子供が亡くなってなんとも思わないわけじゃないんだ。悲しくて悲しくて仕事どころじゃなくなってしまってしばらく寝込んでたって。だから霊の存在は信じていないけど、大切な人を失った悲しみは同じなんだ」
「でもそういう人って、大切な人が亡くなったあと、その人の写真とか見ながら言葉を掛けたりとか一切しないのかな……。なんかもう完全にいないものとして葬られるのって……寂しいね」
「だよねぇ。信じてない人はアーム玉のことも胡散臭いと思ってるんだ」
「あ、そっか。胡散臭いものだったらなんで命がけで集めてるんだって話だよね」
「そうそう!」
 
先頭を歩いていたシドは前方に現れた魔物を見て刀を抜いた。
 
「肉体だけでなく魂がこの世から消えても、想いが残ることもあるしな」
 と、魔物に斬りかかった。
「解説を」
 アールはカイに解説を求める。
「まず、死んじゃったら肉体は壊れるけど魂は生きています。肉体と魂が別々になるわけです」
「はい」
「火葬なりして肉体がこの世から無くなっても魂は残ります」
「はい」
「魂もいつか天に誘われます。何かしらの理由があっていつまでも現世に残っている魂もいるけどね。で、天に召されると、魂もこの世からいなくなるわけです。でも、“想い”はまた別なんだ。例えば誰かがアールにネックレスをプレゼントしたとしよう。アールの幸せを願って作った手作りものだったとしようよ。その思いは体と魂を失っても物には宿り続けることもあるってことだよ」
「なるほど……」
「人から貰ったプレゼントをなかなか捨てられない人っているじゃん? 大抵、込められている“想い”が残っていることを敏感に感じ取れる人なんだと思うなぁ。“思い”って時に怖くてさぁ、そのときの思いだけが一人歩きすることがあるんだ」
「どういうこと?」
「生き霊って知ってる? あれなんて典型的なそれだよ。例えばピーマンさんがじゃがいもさんに対して恨みがあって生き霊を飛ばしたとするでしょ? 月日が経ってピーマンさんはじゃがいもさんに対してもうなんとも思ってないとしても、当時の強い恨みはそのまま生霊として残っててじゃがいもさんを苦しめ続けるってことなんだ」
「なにそれ怖い……。じゃがいも可哀想」
「生き物の神秘だよねぇ」
「神秘なの? それ……」
 
一行は戦闘を繰り返しながら距離を稼いだ。戦闘のほとんどをシドが請け負っていた。それはシドが率先して立ち向かっていく姿を見て、アールが自粛していたからだ。やる気が漲っている彼の邪魔はしたくない。
 
午後1時頃、休息所を見つけて少し遅い昼食をとることにした。
アールがテントを出すとカイがそそくさと入り込んで寝転がった。ルイがいない旅は気が気ではないため、常に緊張状態で疲れてしまったのだろう。
 
アールはルイのシキンチャク袋からいつものテーブルをテントの前に出した。小さなシキンチャク袋から大きなテーブルが出てくるのは手品のようであり、ドラ〇もんの四次元ポケットのようでもあった。
 
「誰かいたみてぇだな」
 と、シド。休息所に真新しいゴミが落ちていた。スナック菓子の袋だ。
「鉢合わせにならなくてよかったね。めんどくさい人だったら大変だった。ルイいないし」
「まぁな。──で、なに作るんだよ」
「今から調べる」
「遅くても1時間以内には作り終えろよ。外回ってくる」
 と、時間つぶしに休息所を出て行ったシド。
「制限時間あったら余計に焦っちゃうじゃん!」
 
一先ず食材用のシキンチャク袋から食材を取り出してみた。ルイが前以てタッパに入れて用意してくれていたおかずもある。
 
「あ、コロッケある。じゃあお昼はルイが作ってくれたコロッケと、あとはー…」
 自分のシキンチャク袋からレシピ本を取り出した。
 
ヴァイスは黙ったままテーブルの椅子に座った。
 
「珍しいね。いつもどっか行くのに。……心配しなくても大丈夫だから!」
 ヴァイスまでも手作り料理の心配をしているのかと不機嫌になる。
「なにも言っていないが」
「顔に書いてあるよ。あ、スーちゃんお水いる? あ、でもめんどくさいから泉にでも浸かってて」
 
スーは出来れば冷たい水に浸かりたかったなと思いながら、ルイがいないのだから仕方が無いと、聖なる泉に浸かってぷかぷかと浮かんだ。常温である。
 
「コロッケは揚げ物だから、さっぱりしたものがいいよね? もやし炒めにしようかな。材料はー…もやしとニラとハム……ニラはー…ないな。代わりにほうれん草でいいや。色的に。味付けは塩コショウでいいかなぁ」
「…………」
「よーし」
 と、レシピ本をテーブルに広げたまま置き、必要のない材料はシキンチャク袋にしまった。
 

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