voice of mind - by ルイランノキ


 当機立断1…『ブレスレット』

 

 
──セイクウ街、宿。
 
「ルイの病気とか割愛されるんだろうなぁ」
 と、カイが晩御飯を食べ終えてすぐに床に寝転がった。
「割愛?」
 と、アールが訊き返す。アールはまだサラダが残っている。
「俺たちの紀伝だよ。俺たちにとってはどんな些細なことも大事な一部だったりするじゃん? こういうアールとの何気ない会話もさ、大事な時間なんだよ。でも俺たちの冒険を本にするときにはそういうの割愛されるんだろうなぁって。こういう些細なことは俺たちの記憶の中にしか残らないんだ」
「…………」
 ルイの病気を「些細なこと」に含めた言い方に、アールは少し嫌な気持ちになった。
「ところでアールさん、少年のことはどうなりました? その後は……」
 ルイはというと、自分の病気のことを話し終えるともうアールの心配に戻っていた。
「近くを通りかかったおばさんが倒れている私を見て不審に思ったのか声を掛けてくれて、少年は逃げて行ったの。おばさんは血まみれの私を見て慌てていたけど、その頃にはもう傷が塞がっていたから『大丈夫です!』って手を振って私も逃げた」
「なんでお前まで逃げるんだよ」
 シドも大盛りにしていた晩御飯を食べ終え、グラスの水を飲み干した。
「だって説明できないじゃない……。少年がハサミ持ってたの見えてたって思うし、血まみれなのに大丈夫なんて信じれないだろうし、とりあえず怪我はしていないことを証明してから逃げた。大騒ぎされると面倒だったし。逃げた先に小さい公園があったからトイレで着替えてかぼちゃ洗ったの」
 なにも知らないカイは頭が混乱する。
「え、なに、アール、少年にハサミで襲われておばさんから逃げて着替えてかぼちゃ洗ったの? なにそれ」
「かぼちゃを買ってきてくださいと僕が頼んだのですよ。その時まだカイさんも起きていたと思うのですが」
「あぁなんだ、そっかー。でもなにその少年。腹立つー」
「おばはんも今ごろ混乱してるだろうな」
 と、シド。
「その子の父親が組織の人間で、私のことを知っていたの」
 アールがそう言うと、ルイが代わりにアールから聞いた話をヴァイスとカイに聞かせた。
「アールってほんとトラブルメーカーだよねぇ」
「やめて。もうシドに言われた。てかカイに言われたくない」
 
一同が夕飯を終えると、アールは忘れないようにと買ったばかりのブレスレットを取り出してテーブルに並べて「じゃーん!」と言ったが、体を起こしてテーブルに近づいてきたのはカイだけだった。ルイはキッチンで食器を洗っている。シドは部屋の隅で腕立て伏せをしており、ヴァイスは窓の外を眺めていた。
 
「ちょっと。もっとみんな興味持ちなさいよ」
 アールが言うと、ヴァイスが振り返った。ルイも食器を洗う手を止めてこちらを覗き込む。
「新しいブレスレットですね」
 と、ルイは笑顔を向けた。
 
シンプルな革のブレスレットだ。細い3本の革生地を編み込んであり、両端は細かな模様が刻まれた金具で止められている。それぞれ着色されており、オレンジ、青、緑、赤、黒だ。
 
「俺オーレンジ!」
 と、オレンジ色のブレスレットを取ったカイ。早速腕につけてポーズを決めると、シキンチャク袋からカメラを取り出して自分を10枚ほど撮影した。
「ルイはグリーンでいい? 他の色にする?」
 一応、目の色に合わせて買ったのだが、強制ではない。
「アールさんが選んでくださった色でいいですよ」
「じゃ、グリーンだね」
 アールは緑色のブレスレットを持って、ルイの腕に付けてあげた。
「ありがとうございます」
 と、食器洗いに戻る。
「シドは青でいい?」
「デザインも革もいいのに青ってだけでダサくなるな」
「そんなことないよ! 青っていうか、ほら、ネイビーかな」
 と、シドの元へ持って行く。
「……前のよりはいい」
 シドは仕方なくこぶしを突き出した。アールは嬉しそうにその腕にお揃いのブレスレットを嵌める。
「じゃあ最後はヴァイスね」
 アールは黒と赤のブレスレットを持ってヴァイスの隣に立った。
「どっちがいい? 全部で7色あって、オレンジ、青、赤、緑、黒、白、グレーだったの。ヴァイスの目は赤いから赤にしたんだけど、グレーはいまいちだったし白は汚れが目立ちそうだったから黒にしたら黒も似合いそうだなと思って最後まで迷って」
 だから選んで?と、両手にひとつずつ持って差し出した。
「ピンクあればよかったのにねぇ」
 と、カイがテーブルに頬杖をついた。
「そう! 違うデザインのならピンクがあって可愛かったんだけど、3色しかなかったから断念した」
 
ヴァイスは自分の好みよりも、アールには黒よりも赤の方が女性らしく似合うと思い、黒を選んだ。
 
「じゃあ私は赤だね」
 
先にヴァイスの腕にブレスレットをつけると、アールのブレスレットはカイがここぞとばかりに立ち上がって「俺がつけてあげる!」と名乗り出た。
 
「これで全員揃ったね」
「おっそろー!!」
 カイは随分と嬉しそうにブレスレットを眺めた。
「あ、そういやこれやるわ」
 シドはシキンチャク袋からビーズのブレスレットを取り出してアールの方へと投げた。アールはキャッチし、その可愛いおもちゃのブレスレットを眺めた。ビーズはパステルカラーで星やハートの形がある。
「し、シドが女の子にプレゼントぉ?!」
 と、カイが一番驚く。
「いや、貰いもんだ」
「誰から貰ったの?」
 と、アール。
「どっかのガキ。『がんばって』ってよ」
 アールは少しの間それを眺めたあと、シドに差し出した。
「シドが貰ったんでしょ? 気持ちが込もってるものを他人にあげちゃだめだよ」
「そぉだよぉ、身につけちゃいなよぉ」
 と、カイは面白がる。
「こんなおもちゃ一日で切れそうだな」
 アールから返されたブレスレットをシキンチャク袋にしまおうとすると、食器洗いを終えたルイが手を差し出した。
「使われているゴムを丈夫なものに変えればそう簡単には切れないのでは?」
「付けろってのか」
「可愛いかも。ギャップ萌え」
 アールも身につけることに賛成した。絶対に断るだろうと思っていたが、シドはすんなりとブレスレットをルイに手渡した。
 
あれ? とアールは思う。
その子供といつどこで出会ってどういう流れでブレスレットを貰ったのか知らないけれど、シドにとってその出会いは特別なものだったのかもしれない。詳しく聞きたいが、シドのことだから面倒がって教えてはくれないだろう。
 
ルイはさっそくテーブルに裁縫セットを取り出した。先にノートにビーズの色の配置をメモしておく。それから中のゴムを切り、持っていた丈夫なゴムに取り替えた。
 

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©Kamikawa
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