voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり21…『残された意思』

 
アールに与えられた最後の日。
この世界に来て初めに通された部屋、かつてタケルもそこで過ごした部屋で、アールはベッドに腰かけて自分のノートを開いた。旅の記録が残されている。
 
トントン、と部屋をノックする音がした。
 
「はい」
「来ました」
 と、部屋の外にいたデリックがドアを開け、一人の兵士を部屋に通し、ドアを閉めた。
 
アールと二人きりになった兵士は、タケルに防護服を届け、タケルの携帯電話をアールに届けたことがあるボリスだった。
アールは開いていたノートを閉じて、ベッド脇のテーブルに置いて立ち上がる。
 
「あ……あの、わ、私にご用というのは……?」
 もじもじとドアの前で落ち着かない。
「これを渡したくて」
 と、アールは壁に立てかけていたシドの刀を手に取り、ボリスに差し出した。シドとタケルの武器は回収されており、昨日の内にアールの元に届けられていた。
「へっ!? なんで私に……あ、どこかへ持って行くんですね! どちらに持っていけばよろしいでしょうか!」
 と、ボリスはシドの刀を受け取った。
「それ、シドがあなたにって」
「……は?」
 ボリスの思考が停止する。「えっと……?」
「シドが、あなたに、刀を渡してほしいって」
「な、なんでですか……?」
 当然の疑問だった。
「手に刀剣のタコがあるって本当?」
 と、アールは尋ねながらズボンのポケットに入れていた四つ折りにした紙を取り出した。
「あ……あはは、そうですね。刀の使い方が下手で無駄にタコが出来るんです」
「無駄なタコじゃなくて、努力の証でしょ? シドからの遺言」
 と、紙を広げてボリスに見せた。
 
《俺の武器は雑用兵のボリスにやる
 俺もタコが出来るほど刀を握った
 不要なら売って金にしろ
 がんばれ》
 
「な……なんで……なんでっ……」
 ぼろぼろと涙が溢れた。「私なんか……名前すら知られていないとばかり……」
「シドは結構、人のこと見てたから」
「私はっ……なにをするにも足手まといで……親のコネで入隊しただけの……しがない雑用兵ですよ……」
 涙を袖で拭う。顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる。涙が止まらなかった。
「あなたが自分のことをどう思っていようと、シドはあなたに見込みがあると思ったんだよ。がんばれって、シドに応援されるなんてよっぽどだよ」
「こんな……こんな大切なもの私は受け取れません……」
「重けりゃ売ればいいんだから。貰ってあげてよ」
 と、アールはボリスの横に立ち、背中をさすった。
 
ボリスはより一層に子供のように泣きじゃくった。嬉しかった。名前を知っていてくれたことが。一目置いてくれていたことが。そして悲しかった。今はもういないことが。お礼さえも言えないことが。
刀を強く抱きしめて心ゆくまで泣いた。強く生きて行こうと思った。彼らが命懸けで守ったこの世界を、前を向いて高みを目指して生きて行こうと思った。自分にはまだ未来がある。まだ途絶えてなんかない。これからだ。
 
━━━━━━━━……
 
「それで、今後のご予定は?」
 と、ボリスがいなくなった部屋にデリックが顔を出す。アールはベッドに腰かけていた。
「案外、ないかも」
「? 仲間には会わないんすか?」
「……会いたいよ。でも、いいの」
「お嬢は良くても、あいつらはいい顔しないでしょう。特にカイは暴れてる。お嬢に会わせろって」
「…………」
「なんで会ってやらないんっすか」
「私をどうにかしようとするだろうから。元の世界に帰そうと、ルイのように」
「いいじゃないっすか、どうにかしようとさせてやっても」
「…………」
「ダメ元でも、やるのとやらないのでは大きく違う。やるだけのことをやってだめなら諦めもつくだろう」
「……そっか、自己中なんだ。私って」
 と、視線を落として苦笑した。
「なんでそうなる?」
 デリックは腕を組んでドアに寄りかかった。
「彼らに会うことに対してずっと否定的な感情があるの。あれこれ理由を考えつくけど結局、私は自分がこれ以上苦しむのが嫌なんだと思う。彼らが私のために必死になってくれればくれるほど、私は苦しくなる。申し訳ない気持ちにもなる。私はこれ以上苦しみたくないし、彼らが苦しむ顔も見たくない。湿っぽくなるのも嫌。だから会いたくない……」
「そんなもん、あいつらだって一緒だろ。このままなにもせずにいるのは自分が一番許せねぇから騒いでんだ」
「このまま、祭儀を迎えて終わらせたい。笑顔で」
 と、デリックを見上げる。
「かっこつけっすねー」
「あはは……そうだね」
「まぁ、この世界でお嬢の選択肢は少なすぎたんだ。最後くらい、わがままを突き通してもいいんじゃないっすか? と、思いました」
 と、デリックは組んでいた腕をほどいた。
「ありがとう。わかってくれて」
「じゃあなにします? 俺とデートでもします?」
 
アールはベッドから立ち上がり、シキンチャク袋や携帯電話をテーブルの上に置いた。
デリックに体を向けて深く頭を下げた。
 
「みんなのこと、よろしくお願いします」
「……荷が重いっすわ」
「あと、あの洞窟に残した私の私物は煮るなり焼くなりしてください」
「向こうの世界から持って来た私物っすか? 歴史博物館に納められるんじゃないっすか?」
「え……それはなんか恥ずかしい」
「回収はされるでしょうが、さすがに捨てないと思いますよ」
「じゃあ好きにしてください」
 と、半ば諦めて言う。
「あーそれ、女の子に言われたいセリフだ。『私のこと好きにしてください』」
「“私のこと”なんて言ってない……」
 と、呆れる。
「忙しくなるんだろうなぁ、これからいろいろと」
 デリックはズボンのポケットに手を入れた。
「デリックさんって、シドのこと嫌いでした?」
「なんすか急に」
「犬猿の仲だったから。嫌いじゃなかったでしょ? 似た者同士だし」
「嫌いでしたよ? 似てねぇし」
 と、さらりと言う。デリックらしさにアールは笑った。
「じゃあシドもデリックさんのことほんとに嫌いだったんでしょうね」
「好きだったら気持ち悪いだろ」
「……ありがとう。シドのこと」
「俺はなにもしてねぇよ」
「そんなことない」
 と、首を振った。
 
ふいに、涙が出そうになって堪えた。
 
「……シドに会いに行きます? タケルんとこにいますよ」
「いい。どうせ泣きじゃくってしまって『うるせぇからつまみ出せ』って言われる」
「ははは! だろうな」
「……ありがとうって、伝えといて」
「わかった」
「あと、みんなに大好きだって伝えといて」
「…………」
「ごめんねは……いいや。ごめんねは伝えなくていい」
「そうっすね」
「…………」
 アールは視線を落としたまま口を閉ざした。
「大丈夫っすか?」
「……大丈夫」
「泣いていいっすよ。いくらでも胸を貸しますよ。なんなら裸で。ベッドもあるわけですし」
「海に沈めますよ? ほんと」
 と、見上げる。
 デリックはニッと笑った。
「お嬢が言うとシャレにならない」
「人ひとり海に沈めるのなんて容易いなんですから」
「でもお嬢にはそれが出来ない」
 見透かしたデリックの目からアールは目を逸らした。
「……私がもっと強かったら、こんなに被害は出なかったのかな」
「お嬢がもっと強かったら、組織の連中がもっとアーム玉をシュバルツに捧げてたっすよ。お嬢の強さに比例して、シュバルツも力を増していた。だから結果は同じだ」
「じゃあもっと弱い方がよかった」
「弱けりゃ弱いで簡単に踏み潰されたでしょうよ。──もういいじゃないっすか。終わったんすから。これからのことは、生き残った俺らが立ち向かう問題だ」
「…………」
「もう抱えなさんな」
 と、デリックはアールの頭にポンと手を置いた。「終わったんだ」
「…………」
「お疲れさん」
 

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©Kamikawa
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