voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり18…『誓約』

 
世界を救った選ばれし者、アール・イウビーレが、エテルネルライトの中で眠り、その力を世界の再生に使うと誓約を結んだ、という情報が全国を流れた。その祭儀の日は翌々日の朝7時だという。
街の人々は安堵したような後ろめたさを感じているようなどっちつかずな表情で放送に耳を傾けながら、自分が生活していく環境を取り戻すことに時間を強いられた。街のほとんどが崩壊していたため、今後の世界がどうなってゆくのか不安を抱きながらも、目の前にある問題をひとつずつ片付けていくしかない。
 
なにがあっても、どんなことがあっても、時間は止まらずに流れ続け、命の砂時計も落ち続けている。
大切なものを失った人々の悲しみは、太陽の光を浴びても消えはしない。
 
モーメルは家を出て外の空気を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。不思議と懐かしく思うのはなぜだろう。
ゲートが開く魔力を感じた。意識をそちらに向け、訪問者が誰なのか耳を澄ませた。
 
「モーメル」
 と、モーメル宅を訪れたのは、ヴァイスだった。
「元気そうでよかったよ」
 そう言いながらも、様子を見に来ただけではないことは声の調子でわかった。
「どこまでのシナリオを知ってる?」
 と、ヴァイスはモーメルに詰め寄った。
「……なんのことだい」
「人づてにギップスが国王に眠り薬を届けたと聞いた。アールをエテルネルライトに眠らせるためのものだろう。ギルトから受け取ったシナリオに含まれていたのか? アールはどうなる。どこまで知っている? ギルトはどこまでの未来を見た? アールは想定していたのか?」
「そう質問攻めにしないでおくれよ……」
 と、モーメルは小さくため息をついた。
「眠り薬に関しては、アタシの知らないところで起きたことさ……」
 モーメルはそう言って視線を落とした。
「アールはどうなる」
「それは、アールが決めることさ」
「…………」
 ヴァイスは険しい表情で視線を落とし、
「私はまた、なにも出来ずに大切なものを失うのだな……」
 と、消え入りそうな声で呟いた。
 
モーメル宅のドアが開き、中からテトラが様子を見に顔を出した。その気配を感じ取ったモーメルが黙ってテトラに手のひらを向け、二人きりにしてほしいと伝える。テトラは黙ってドアを閉めた。
 
「お前の人生だ。これからは好きに生きたらいい」
「…………」
「1時間ほど前に、ギップスが慌てた様子で電話してきてね、まさか、アールをエテルネルライトの中で眠らせるためのものだとは知らなかったと、嘆いていたよ」
「…………」
 
モーメルはヴァイスに背を向け、家のドアに手を掛けた。
 
「確か、2つ届けたと、言っていたね……」
「…………」
 ヴァイスは俯いていた顔を上げる。
「老人の独り言さ」
 と、モーメルは家に戻り、ドアを閉めた。
 
ヴァイスは足早にゲートへ向かう。行先は再びゼフィル城。国王ゼンダに会いに行く。
 
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カイはゼフィル兵のために用意された部屋の一室にあるベッドに座り込んでいた。頭を下げ、床の一点を見つめている。アールに会わせてほしいと大暴れし、半ば強引にこの部屋に閉じ込められたのだ。部屋のドアの前には見張りが2人いる。中と外に一人ずつだ。
 
「イライラする……」
 と、カイは膝の上で拳を握っていた。
「…………」
 室内にいる見張りの兵士は黙ったまま、複雑そうにカイを見遣った。
「なんだよっ……『ちゃんと見届けて』って。こんな未来、見たくなかった!」
 カイはベッドに横になり、体を小さく折り曲げた。
「みんな勝手だ……みんな……」
 涙が溢れ、鼻を啜った。
 
少しの沈黙があってから、黙っていた見張りの兵士が口を開いた。
 
「少なくとも私は、感謝しています」
「…………」
 カイはベッドでうずくまったまま返事をしなかった。
「これから厳しい時代に入って行くでしょうが、未来永劫、幸せは各々がこれから見つけていくものです」
「アールの幸せは?」
「…………」
「アールを差し置いて俺だけ幸せになるなんてできないよ」
「……アールさんがお決めになられたことです」
「違うでしょ。アールは帰りたがってたんだ。なのに、世界がアールを引き止めた。アールの選択肢を世界が、俺たちが奪ったんだ。この世界にとどまるように仕向けたんだ!」
「…………」
 兵士は口をつぐんだ。
「一番がんばってたのに。可哀想だよ」
 
私たちの物語はまだ終わってない。そう言ったアールの言葉が脳裏に浮かんだ。これ以上悲しみが続くのなら、もう終わらせてしまいたいと思った。楽しかった旅の思い出が掠れていく。すべてが悲しい結末を迎えるためのフラグに思えて、胸が苦しくなった。このままこの苦しみに殺されてしまいそうだった。泣いてもなにも変わらないのに、どうしようもなく溢れてしまう。
 
俺の世界は、もっと色鮮やかで楽しいはずだった。
シドはもういない。アールもいなくなる。ヴァイスも俺を置いてどこかに行ちゃった。ルイも一人で戦って、今にも命が消えてしまいそうだ。
 
みんないなくなるんだ。俺の世界から。
 

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©Kamikawa
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