voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり6…『黒い根』

 
父が残していったモノは、使いづらいモノばかりだった。
厳格な父の元で奴隷のような日々を過ごしていた者達は、奴隷からの解放による安堵感よりも私への不信感と混乱の方が大きかったように思う。そのため、国王と言っても名ばかりの頃は私に対する当てつけか、態度が悪い者ばかり目についた。
それでも尻尾を巻かず、垂らしもせず、ぴんと背筋を伸ばして歩き続けた。父が積み上げたモノをたった数日で我が物に出来るなどと端から思ってはいない。バラバラだった足並みは、私が大きく足音を鳴らし続けることでいずれ揃っていくだろうと信じた。動かない者がいるならば、私が代って動いて見せた。玉座にふんぞり返る時間など自分には与えなかった。それを継続し続けたことで、次第に私を中心とした輪と流れが生まれ、定着していった。
 
ゼフィール国の中心部にある山の一画に、城の一部のような真新しい塔が建っている。その周囲では城で働く多くの者が国王の指示に従って、その時を迎える準備を進めていた。
塔を囲むように地に描いていた魔法円から泉が溢れ出す。塔へと続く白い橋が掛けられた。この場所を彩る花が次々と咲き始める。
それを邪魔するように上空から魔物の大群がやって来たが、待機していたゼフィル兵が落ち着いた様子で地上から攻撃を仕掛け、一匹残らず追い払ってゆく。
 
全国民から支持を得ることは難しい。ひとりひとりの声に応えることはできないのだから、不平不満が聞こえてくるのも当然だ。
時にその声は一世一代の決断さえも鈍らせる。だがそこで流されてしまえば、信じてついて来ている者たちを不安に陥れることになる。
リーダーシップを取り、先頭を歩く者が道に迷えば、後をついて来る者たちの足も止まる。
起きている問題をすべて一度に解決する方法は存在しない。解決に向けての最短ルートは、ひとつひとつ丁寧に捌いていくことだ。
けれどすべてが順調にいくわけではない。時に過ちを犯すこともある。思わぬトラブルが牙を向くこともある。
 
国を変える力を持っていても、中身は年々心身の衰えを感じている老人であり、いつだって孤独を抱えている。
 
「あなたがいないと、迷子が増えるわ」
 ゼフィル城の書斎の窓から外を眺めているのはゼンダの妻であるシルビアだった。
 
返答がなく、振り返る。書斎の椅子に腰かけ、背中を丸めて俯いているゼンダの姿があった。髪も衣服も乱れ、国王らしからぬくたびれた背中。シルビアは歩み寄って「よしよし」と子供をあやすように背中を摩り、優しく抱きしめてやった。
 
「私の前では、弱音を吐いてもよいのですよ」
 シルビアの言葉に、ゼンダは静かに涙を流した。
 
コンコン、と書斎をノックする音がした。ゼンダはシルビアをそっと押しやり、濡れた顔を袖で拭いた。
 
「ゼンダ様、お客様です」
「客……?」
 と、書斎のドアを開ける。頭を下げているゼフィル兵が目に入る。
「第一客間に通しております」
 
黙って書斎を出て行くゼンダを、シルビアは静かに見送った。
ゲートを使って客間に移動すると、ソファに座っていた見知らぬ若い男と老婆が立ち上がった。
 
「よほどの用なのだろうな」
 と、ゼンダは客に歩み寄る。
「私は国家魔術師モーメルさんの下で働いているギップスと申します」
 と、若い男の方はギップスであった。
「用件はなんだ」
「こちらを届けに参りました」
 と、手に握っていた小さな2つの小瓶に入っている眠り薬を差し出す。この混乱状況の中で届けるのは一苦労だった。
「……そうか、漸くか」
 ゼンダはそれを少しのあいだ眺め、ウペポに目を遣った。
「私はラニ島の魔女だよ。アールを過去に連れて行ったことがある。今回もまた、その役目を請け負いに来た」
「過去……」
「第三形態に変化したシュバルツを見たかい? あれはもう、過去から変えるしか手立てはないよ」
 ゼンダは頭が回らないのか、考え込んでいる。
「国王だろう? しっかりしとくれ」
 と、ウペポは国王を相手にもへりくだる様子はない。「私を死霊島にいるアールの元へ送っとくれ。それを頼みに来たんだ」
 
━━━━━━━━━━━
 
──死霊島。
第三形態となって暴れているシュバルツの攻撃を交わしながら、カイが真っ先に付近にゲートの魔法円が浮かび上がったことに気が付いた。
 
「なんか来る!」
 敵か味方かまではわからない。警戒を促した。
 
ゲートを使ってアールたちの前に現れたのはウペポだった。アールは黒い根を剣で払ってウペポに走り寄る。
ウペポの首に魔物を弾くペンダントが身に付けられている。その範囲内に逃げ込むようにカイもウペポに走り寄った。
 
「ウペポさん……どうしてここに……」
「あんたをシュバルツの過去に連れて行くためさ」
「シュバルツの過去……?」
 遅れてヴァイスが歩み寄った。
「過去を変えても現代に変化はないと聞いたが」
「今は過去を変えた未来だからね。その未来を、ギルトという男は見たはずさ」
「……頭が混乱する」
 と言ったのはカイだった。
「きっとすべてうまくいくということさ」
「誰の記憶を辿るんですか?」
 以前、アールはルイの記憶を辿って過去へ行った。
「私の記憶を辿って行けばいい」
 ウペポはそう言って、シキンチャク袋から過去へ向かうための道具、2つの腕時計を取り出した。
「シュバルツが生きていたのは私が生まれる前のこと。長く生きている者の過去を辿った方が早い」
「うまく行くでしょうか……」
「さっきも言ったろう? きっとすべてうまくいくさ」
「……術者本人の記憶を辿ることに支障はないのか?」
 と、ヴァイスが訊く。
「何度も同じことを言わせないでおくれよ」
 ウペポはそう言って、笑った。
 
アールの両腕に一つずつ、腕時計を嵌めた。アールを寝かせ、ウペポも隣で横になった。
 
「国王から預かった魔物を寄せ付けないペンダントだけどね、効果がいつ切れるかわからないから、周囲のことは頼んだよ」
 と、カイとヴァイスに目を向けた。
「守るよ、アールもばあちゃんも」
 と、カイ。ヴァイスも隣で頷いた。
「頼りになるじゃないか。──さぁ、行こう。なにも心配はいらんよ。私がついているからね」
 アールの不安を取り除くようにウペポは穏やかな口調でそう言った。
「はい」
 アールは小さく返事を返し、目を閉じた。
 
ウペポはアールの手を取り、はっきりと残っている幼い頃の記憶を辿りながら過去の夢へと誘う呪文を唱えた。
アールはすぐに襲ってきた睡魔に身を委ねる。深い地中へと沈んでいく感覚に陥った。
 
今から数十年前。青い空に虹がかかっていた。
アールはどこかの町にある建物の屋上からそれを眺めていた。なぜだか胸が熱くなって涙が出そうになったのを堪える。
 
 アール
 
突然ウペポの声がして振り返る。だけどうウペポの姿はどこにもない。
 
 もう腕時計の使い方を忘れたのかい
 
「あっ!」
 慌てて腕時計を見遣った。針の位置を確認する。現代に戻るときは、この場所に戻って針の位置も戻さなければならない。
「ウペポさん、私が見えるの?」
 
 そこは私の過去であり、今私が見ている夢でもあるからね
 
「ここは……?」
 
 そこはアズキ町といってね、私が生まれ育った町さ  
 今あんたは町の集会所の屋上にいる
 今から言う場所へ行くんだ
 
アールはウペポに言われた通りに、集会所の屋上から階段を使って下り、町の奥へ向かった。小さな町だった。昭和初期のような古びた町並みに少し懐かしい気持ちになる。
 
ウペポがアールを向かわせたのは、自分の家だった。木造建てで歪んでいるように見えるが、周囲の住宅と比べて立派な造りだった。
 
 そこに ユーアという女性がいる
 事情を説明して、過去の記憶を提供してもらうんだ
 
「ウペポさんの知り合い?」
 
 私の母だよ
 
──と、その時だった。玄関の引き戸がガタガタと音を立てて開いた。ウペポより若い、20代半ばの女性が顔を出した。玄関の正面に立っているアールを見て、驚いたように目を丸くした。
 
「あ、あの……突然すみません。えっと、時の……旅人です」
 我ながら、クサイ言い方をしてしまったなと思う。
「時の旅人?」
 ユーアという女性はアールを不審がる様子はなく、楽しそうに訊き返した。
「信じていただけないと思いますが、未来から来ました。もっと過去へ行く必要があるんです。人の記憶を辿って……」
「…………」
 ユーアはアールの手首に嵌められている古びた腕時計を見遣った。
「あ、これはその、過去へ行くための道具です」
「知ってるわ。──そっか、本当に作ったんだ」
 と、笑う。
「えっと……?」
「私の夫がそれを作っているところなのよ。過去へ未来へ飛んでいける、そんな夢みたいなことを言って、毎日部屋に閉じこもって魔法の研究をしているわ」
「旦那さんが……」
 ということは、ウペポさんのお父さんだ。
「あなたはどのくらい先から来たの? それは夫から貰ったの?」
「私は──」
 なにも考えずに答えようとしたが、「まってまって!」とユーアは両手を振って阻止をした。
「やっぱいい! 先のことはわからない方が楽しいに決まってるもの」
「……そうですね」
 と、笑顔を向ける。
 
未来でなにが起きているのか、知っていながらそれを黙って笑顔を作るのは難しかった。だからうまく笑えたかはわからない。
 
「どうやったらあなたをもっと過去へ連れて行けるの? いつくらいの過去に戻りたいの?」
「一緒に寝て手を繋いで、鮮明に覚えている過去を思い浮かべてくれたら私がその過去へ飛ぶことが出来ます」
 
ウペポが「事情を説明して過去の記憶を提供してもらうんだ」と言った言葉を思い返す。
 
「シュバルツが生きていた過去まで戻りたいんです」
 少しだけその名前を出すべきか迷ったが、事情の説明に欠かせないと思い、言葉にした。
 
ユーアはシュバルツの名前を聞いて眉間に浅いシワをつくって視線を落とした。
察したのかもしれない、とアールは思ったが、それ以上の説明はせずに返答を待った。
 
「ついて来て」
 と、ユーアは玄関の戸を閉めて走り出した。
 

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