voice of mind - by ルイランノキ


 心声遺失11…『救いを求める声』

 
「数年前、ある男が私の前に現れた」
 静かに、ノワルは記憶を辿る。
 ゼンダは警戒を緩めずに口を閉ざしたまま耳を傾けた。
「たった一言だけ告げて去って行った」
「それは誰だ」
 と先を促す。
「ギルト・デル・リオ」
「…………」
 兄の前にも姿を見せていたのか、と驚く。
「彼はこう言った。『お前は大地の目から逃れることはできない。必ず大地にひれ伏せるだろう』とね」
「大地の目」
 そう呟いたゼンダの脳裏にアールのブラウン色の瞳が浮かんだ。
「なんのことだかさっぱりわからなかったが、父に話すと『その男は私に会いに来たが門前払いをした』と言った」
「なんの用があって父に会いに来たのだ?」
 訊かずともわかるが、確かめずにはいられなかった。
「ギルトという男は、子供の頃から未来が見えた、と言ったそうだ。魔力に溺れたシュバルツが再び目覚め、この世界を呑み込み、自身を主体とする世界を新たに創造する姿を見たと。その恐怖から逃れる道を探し続け、一筋の光を見つけた。それがグロリアだ。禁忌であるとわかっていながら他に方法は無いとその光をこの世界に呼び寄せる黒魔術を習得し、ここにやって来た。──と、大声で熱弁していたそうだ」
 
ゼンダは王を受け継いだ自分の元に現れたギルトの姿を思い出していた。随分と憔悴しきった顔で、世界の危機を訴えていた。淡々と話す様子は熱弁というよりも、諦めが含まれていたようでもあった。
自身の命をもって証明して見せると言った。兄や父の名は一切出さず、「どうか信じてください」と壊れた人形のように繰り返し、「私はもう、楽になりたいのです……」とかすれた声で呟いた。
 
ギルトは幼い頃からいつか訪れる災いに怯え続け、光を見つけ出し、その助かる唯一のルートを信じ、たったひとりで王に相談を持ち掛けたが門前払いを受けた。それでも世界を闇から救い出すための歯車となる人物に会いに行き、皆に運命と使命を伝える旅を終え、ゼフィル城に再び戻って来た。最後の綱だったに違いない。
処刑の日、これが自分が生まれて来た理由と役目であると自分の運命を受け入れていた。
彼が見た未来はただの夢か、起こり得る現実か、どちらにせよ、彼は時代を動かしたまぎれもなく初めの歯車であったと言える。
 
「弟よ。今こそ、時代を変える時だと思わないか? シュバルツはもう古い。正義をふりかざして逆らう者をイタチごっこのように叩き潰し続けるのも、もう古いのだよ」
「いいのか? 属印が火を噴くぞ」
 ノワルの発言に釘を刺したが、ノワルは鼻で笑った。
「私に属印はない。組織の連中に属印を刻んだのは私だからな。その管理を託していたのはブランだが」
「それでもシュバルツの監視下だろう」
「奴もバカではない。私には利用価値がある。それに奴は私など見ておらんだろう。グロリアが足元に迫っているからな」
「随分な自信だな」
「ゼンダ、時代に合わない教えを踏襲するのは終わりにしよう。──私が新たに世界を造る。その力を手に入れる。お前は私に従えばいい。お前にも野望があるのだろうが、賢い選択とは言えない」
 
ノワルは空を見上げた。死霊城を中心に広がる乱雲は遠くの方で途絶えている。ここはまだ微かに星が見えた。
 
「今は常に未来への分岐点だ。ギルトが見た未来も存在し、シュバルツが我々に見せた未来も存在する」
 と、ノワルは呟くように言った。「そして私が夢を見る未来も、お前が見ている今はお前の頭の中にしか存在しない未来もだ」
「どの道を辿るかは誰にもわかるまい」
「だから信じたいものを信じる。皆そうだ。だから、人はひとつにはなれず争いが生まれる」
「…………」
「お前に平和は造れん」
 ノワルはスペルを唱え、杖で地面をさした。魔法円が広がり、4体の魔物を召喚した。
「私が造るのではない。人々が創り上げるのだ。私はその道しるべとなる」
「素直に従う子供ばかりではなかろう。根気強く正すのか?大人はどうする。また新たにシュバルツの模倣犯が生まれ、その度に誰かが未来を見、その先で見つける光に縋るのか? いつまでそんなことを続けるつもりだ? その間にも星は命を削り続ける。失敗だったと気づいたときには手遅れだ。世界は崩壊する」
「そうはさせん」
「具体的な案もなく、夢を語るのは国王失格だな」
 
ノワルが召喚した魔物が咆哮を上げた。
 
「ゼンダ。世界の平和には絶対的支配者が必要なのだ。支配者を前に人々が自分の無力さを思い知るほどに、完全無欠の力を“私”が手に入れる。誰も私に歯向かう者はいなくなる。武器を持った大人を前に、何も持たずに生まれた赤ん坊がただ泣くことしか出来ないようにな」
「シュバルツとどう違う」
「最大の武器を何に使うか、だ。私は決して人が苦しむ姿を見たいわけではない。多くの人々が私を恐れ、憎むだろうが、人々を間引いて浄化された世界を、私はただ静かに眺めたい。それだけだ。憎悪を抜けた先に、静かな世界が待っている。それこそ平和だ。間引けぬお前には到底見ることの出来ない世界だ」
「…………」
「ゼフィール国の王になにが出来る? 私たちの力とは比べ物にならん。お前が今、私にやろうとしていることは、」
「…………」
 ゼンダはノワルに杖を構え、攻撃魔法のスペルを唱えた。
「ただの兄弟喧嘩だ」
 
ゼンダの攻撃魔法にノワルが召喚した魔物が迎え撃つ。衝撃波が大地を揺らした。
 
「お前も父のようにここで死ぬがいい。間引きはもう始まっているのだ」
 
ノワルは思い返していた。ここで父の命を奪った日のことを。
母の死をきっかけに、父は変わってしまった。人々は「国王が改心された」と言ったが、自分の目には威厳を失い弱ったようにしか見えなかった。
極めつけは私ではなく弟のゼンダを後継者にしたいと言い出した。私は落胆し、父に失望した。
母はいつもゼンダばかりを可愛がり、私には怯えるような哀れむような目を向けていた。だから病で死んだとき、心底私は清せいせいした。視界に入る不快なものは消えて無くなればいい。私の世界を豊かにするためには必要なことなのだ。
父もまた、母と同じように私に背を向けた。だから殺したまで。
  
自分の世界は自分で創り上げていくものだ。
ゴミのない世界は、さぞ美しいことだろう。
   
━━━━━━━━━━━
 
「カイ危ないっ!」
 アールの声が死霊城の通路に響いた。
 
ルイがロッドを振って床に膝をついていたカイを結界で囲んだ。結界に覆いかぶさるようによだれを垂らしながら唸り吠えるのはケルベロスだ。  
カイは結界の中からケルベロスを見上げた。嫌な汗が滲む。3つの頭がある恐怖よりも、シドとの思い出が蘇って動揺を隠せない。あの時はシドが隣にいた。トロッコで降りた洞窟の下にいたケルベロス。あの時は大変だったよねと、今はもう、思い出話に花を咲かせることもできない。胸の奥がまた鈍く痛んだ。
 
ヴァイスが背後から獣の気配を感じ取り、振り向きながら銃口を向けた。2体目のケルベロスだ。通路を挟み撃ちにされ、倒さなければ前には進めない。
アールは背後のケルベロスはヴァイスに任せ、カイの結界を破ろうとしているケルベロスに向かって剣を振るった。よく見れば、ケルベロスの足や腹部の皮膚が爛れている。目も白く濁り、アンデッドであることがわかる。いつもの武器を一振りして聖剣に切り替えて首を狙う。アンデッド系は闇属性であるため、聖属性の聖剣に切り替えただけでも与えるダメージに大きな変化がある。使い慣れている剣で叩き続けるのもいいが、シェラが届けに来てくれた剣も何度か使っているうちにすぐに手に馴染んだ。
 
ケルベロスのひとつの頭が胴体から切り離される。通路の奥に別の魔物、ゲルクが現れる。アールたちを目で捉えるとすぐに向かってきた。
 
「ルイ結界外して!」
 と、カイがブーメランを構えた。
 
ルイは結界を外し、背後に目を向けた。ヴァイスの銃口から放たれた複数の銃弾がケルベロスの体を貫き、いつの間にかその奥に出現していた吸血コウモリも捕らえた。
立ち往生していると次から次へと魔物が湧き出て来る。
 
カイのブーメランを受けたゲルクは体を壁に打ち付けた。唸りながらすぐに立ち上がる。一方でアールは頭をひとつ無くしても機敏に動き回るケルベロスと未だバトル中だ。
ルイは仲間の動きを見ながら、進む方向へロッドを向けた。道をひらいておこうと思ったからだ。
魔物の咆哮とアールたちの息遣いが交ざり合う。アンデッドはしぶといがいくら体を貫いても血が流れないため床を汚した血で足が滑るなんてことはない。
 
「──おい、お前ら急げッ!!」
 と、突然シドの声がして一同はハッと息を呑んだ。空耳だろうか。それにしてはハッキリと聞こえた。
「今……」
 と、耳をすませたカイに、もう一体のゲルクが襲い掛かる。右腕に噛みついたが、アールが剣を振るうと逃げるようにカイから後ずさった。
「シドの声がした……」
 と、カイは腕をさすり、ブーメランを盾のように構え直す。
「私も聞こえた」
 アールは答えながら、通路の先にいたルイに走り寄る。
「僕も確かに、通路の奥から聞こえました……」
 動揺で心臓が落ち着かない。
「だがシドのにおいはない」
 と、アールたちを落ち着かせるようにヴァイスが言った。
「でもっ……絶対にシドの声だった!」
 と、カイが叫ぶ。シドかもしれない。そんな期待がカイの感情を揺るがす。「シドの剣を持ってるアールの方からじゃないよ! 向こうから聞こえたんだ!」
「……確かめましょう」
 と、ルイが通路にいた6体のゾンビに攻撃魔法を放ち、ゾンビが怯んだ隙に足を速めた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -