voice of mind - by ルイランノキ


 心声遺失8…『重厚な扉』

 
後ろを振り返れば一人、そしてまた振り返ればまた一人、仲間が死んでいるのではないか。
そんな不安が押し寄せて、アールの足を震わせた。
前方に現れた首なしの騎士デュラハンに斬りかかる。一撃で倒し、振り返らずに先に進む。背後から足音がついて来る。その足が仲間のものなのか、ゼフィル兵のものなのかわからない。前だけを見て突き進む。
時折聞こえる息遣いで仲間だと気づく。ついて来てくれていると安堵する。それでも後ろは振り返らない。助けを求める声がすれば振り返るけれど、ダメージを食らった悲鳴やうめき声には目を逸らした。
 
そうしなければ、前に進めなかった。
 
例え誰かがついて来ていないことを知っても、その理由を探ることもしないだろう。今にも足を止めてしまいそうな中で、重荷になるものは片っ端から排除するしかなかった。
多くの命が無くなった。多くの命が失われすぎた。ここで私が足を止めたら、もっと多くの命が無駄に消えてしまう。
走り続けなければ。
前だけを見て走り続けていれば、シュバルツの元へ行ける。シュバルツを倒してやっと私は振り返れる。そこに仲間が、大切な人がひとりもいなかったら……私は……
 
アールはあふれ出る涙を何度も拭った。
マミーという包帯を纏った魔物が現れる。首を刎ね、剣で体を引き裂いた。上空からガーゴイルが攻撃魔法を放ってきた。咄嗟に避け、攻撃魔法を返す。別方向から飛んで来たガーゴイルを銃弾が貫いた。それを横目に走り続ける。
息が上がる。走るスピードを少し下げ、体が回復するのを待った。私を追って来る足音が遠い。スピードを上げ過ぎたか、と思うも、振り返らない。絶対に振り返らない。
体力が戻り、再び走り出す。死霊城が近づいて来た。──そこに悠々と胡坐をかいて座っているシュバルツがいるのか、と怒りがこみあげてくる。おまえさえいなければ、この世界は平穏だったんだ。おまえさえいなければ、沢山の命が奪われることもなかったんだ。
 
おまえさえいなければ、私も存在しなかったんだ。
おまえさえいなければ、
おまえさえいなければ……
 
この痛みも苦しみも生まれなかったのに。
 
「はぁ……はぁ……」
 アールは上がった息を繰り返し、城の門に手をついた。
 
暴れる心臓に胸を押さえ、耳を澄ませる。──みんな、ついて来てる?
両手を門に添えて、体重を掛けた。重厚でなかなか動いてはくれない。足を踏ん張り、力任せに扉を押す。ギギギ…と少しずつ開く。
 
誰かの足音が真後ろに近づいた。
 
「手を貸します」
 と、ルイが扉に手を添える。
「もっと体重を掛けろ」
 と、ヴァイスが手を添えた。
「ブーメランぶっ放したほうが開くんじゃない?」
 と、カイの手も扉に添えられる。
「…………」
 アールはまたこみあげてくる涙を袖で拭った。
 
──よかった……みんないる。
 
頭の上になにかが飛び乗って来た。ボクもいるよ、とスーが自分の存在を知らせる。
 
「みんな、ありがとう……」
「お礼を言うのはまだ早いですよ」
 と、ルイ。
 
死霊城の扉が開いた。しんと静まり返っている。何階にいるだろうか。城内は広く、道に迷いそうだった。
 
「薄暗くて嫌な感じぃ……」
 と、カイが身を強張らせる。
「ミラーボールが回っていた方が嫌な感じですけどね」
 と、ルイが言った。
 
アールとカイはミラーボールが回っている部屋で楽しそうに踊っているシュバルツを想像して思わず笑った。
 
「一先ず上階へ進もう」
 とヴァイスが歩き出す。
 その直後、どたばたと城のドアが騒がしくなり、一向は警戒して武器を構えた。
「あ、遅くなってすみません……あと2名も追いつきそうです……」
 と、息を切らしたゼフィル兵だった。
「ありがとう」
 ここまでついて来てくれたことに、感謝する。
 
アールたちについて来れたゼフィル兵は3名だけ。そこにデリックの姿はない。「デリックは?」と誰も口にしなかった。無事でいてほしいと、ただそれだけを願う。
 
「どこかでマップ手に入らないかなぁ」
 と、カイが周囲を見回した。近くの部屋の戸を開けた。なにもない小部屋だが、その奥に宝箱があった。「見つけたかもー!」と駆け出す。
「警戒してください!」
 と、ルイが注意を促した。案の定、部屋の中央にグールが3体現れた。
 尻餅をついたカイにアールが駆け寄り、ルイとゼフィル兵がグールを請け負った。
「大丈夫?」
 と、手を差し出す。
「大丈夫……」
 と、カイはアールの手を取って立ち上がる。
 
一瞬の沈黙が、意識をシドの死へと引きずり込もうとする。
誰もがそれを恐れていた。
あの状況でデリックが嘘をつくはずもなく、嘘をつく理由もなく、真実であると理解しているけれど、どこかぼんやりとしているのは、その目で確かめたわけではないからだ。本当は生きているのではないかという期待は、絶望へと追いやるだけだとわかっている。それでも、デリックの勘違いだったとか、シドが息を吹き返したとか、そんな微かな期待を捨てきれずにいる。
シドのアーム玉が機能していても。
 
「あのさ……」
 と、カイ。
「うん」
「……ちゃんと謝るから。まだ、謝れないけど」
 と、カイは視線を落とした。やはりアールを責めたことを後悔していた。
「謝らなくていいよ」
 アールはカイを見据えて言った。カイは口を閉ざしたまま視線を合わせた。
「全部、私が受け止める」
「…………」
 本当は誰よりも辛いくせに。と、カイは顔を伏せた。
「シドを助けられたのは事実。判断を間違えたのも事実……」
「…………」
「カイはなにも間違ってないよ」
 
ルイとヴァイスは黙ってアールの言葉を聞いていた。
 
グールを討伐し、宝箱を開けた。薬草が入っていた。何のために、誰のために? と思う。きっと自分の元へ向かってくる敵をおもしろがっているに違いなかった。待ち遠しくしているに違いなかった。きっと見ているのだろう。高みの見物だ。辿り着く前にやられてしまってはおもしろくない。
ここまでこれた褒美か、お情けか、城の至る所に宝箱が隠されてあった。箱の中から魔物が現れることもあったが、ほとんど回復薬や武器や防具だ。
2階へ上がると通路をアンデッドがうろついていた。おそらくシュバルツは最上階にいるのだろう。何階まであるのかわからないが、上の階へ繋がる階段を探すだけでも時間を食われた。
 
「クソほど雑魚敵が多い」
 と、アールが誰かを真似てうんざりしたように呟く。
「シド? だったら討伐してくんない? ちゃっちゃとさぁ」
 と、カイが笑う。
 
勿論、心から楽しんで笑っているわけではない。それはアールも同じだ。そして、ここにシドはいる。そう感じているのも皆同じだ。
不安定な矛盾した感情が心を蠢いている。
 
「そうだよね」
 と、アールは武器を切り替えてタケルとシドの剣を握った。「好きだもんね、こういうの」
「アール、新しい剣使えるのぉ?」
「私が剣を扱うんじゃないよ。剣(シドとタケル)が私を扱うんだよ」
 
剣を構えて通路にいたゾンビに立ち向かったとき、ぞくりとした。剣から熱が伝わって来る。自分の意思とは別に勇み立ってくるのを感じた。暴れ出したくて仕方が無かったような、アールを叱咤するような感覚だ。
 
「シドだ……」
 と、カイは目を丸くした。
 
アールの武器の使い方がシドそのものだった。いつも見ていたからこそわかる、シドの癖が出ている。武器の構え方、捌き方、体の使い方、獲物を前にした鋭い目つき。アールが言ったように、シドがアールの体を使って暴れているようだった。
 
「しんどい……」
 と、アールは自分の愛用武器に戻した。「シドの動きに体がついていかない」
 
ぽつりとアールたちの心に悲しみの雫が落ちる。シドはもういない。けれど、体を失っても思いは今も自分達と共にある。だけどシドにはもう会えない。二度と言葉を交わすことはない。
シドは死んでしまったのだから。
 
ほんとうに……?
仲間の死を、上手く受け入れられずにいる。
 
通路の先からリッチが近づいて来る。ルイがロッドを構えて前に出た。
 
「ゼフィル兵のみんなは周辺の部屋を調べてもらえますか?」
 と、アール。「強い魔物が現れた時は身を守ることを優先して逃げてください」
「わかりました!」
 と、3人のゼフィル兵は探索に向かう。
「地下とかないのかなぁ」
 カイはリッチと戦っているルイを眺めながら呟いた。
「地下? あるんじゃない? 城に地下は付き物だと思う」
「俺、地下好きなんだよねー」
「一番ビビりなのに?」
「地下ってなんかわくわくしない!? 何かを隠すのにうってつけだからお宝が眠っている可能性大!」
「魔物がうじゃうじゃ住み着いてる可能性も大だよ……」
「隠しダンジョン的な?」
「それ! すっごい強い敵がいるの」
「んで、そいつを倒したらお宝が手に入る、と」
 お宝がある説を捨てきれないカイ。
「じゃあ行ってきなよ」
 と言ったあと、慌ててカイの腕を掴んだ。「やっぱダメ。行かないで……」
 カイは驚いて、不安げに見つめるアールを見て笑った。
「……行かないよ。俺がひとりで行くわけないじゃん」
 痛々しい笑顔だった。
 
もう誰も失いたくない。今は冗談も言えない。
 

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